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 すぐに船は出港した。

 帆いっぱいに風を受け、そして櫓を漕ぐ人たちの声も響いた。漕いでいるのは全部日本人だ。だがどうもそれは、信徒クリスティアーノの日本人が我われのために奉仕しているというような姿には見えなかった。彼らを監視するひとりのポルトガル人の男がいて、手に鞭を持ってそれが船の床に音を響かせて脅しながら漕がせているのである。

 狭い海峡を抜け、外海に出た。海峡の入り口まで続いていた瀬戸内の海の穏やかさに比べ、海峡の出口の向こうは玄界灘で、かなり波が荒れている様子だった。それでもこの船は日本の船ほどは揺れずに、驚くべき速さで進んでいた。

 夕暮れまでにはある入江の港に入っていった。日本の船と同様に、夜は停泊するようだ。だが、上陸はせず、船の中に寝室もあるので我われは船で寝た。

 そして翌日はまたかなり進んで、緑の島のような陸地の小さな港に着いた。今度は上陸だ。そこに司祭館レジデンツァがあるという。しかもその港には、ポルトガルのナウ船が停泊していた。

「ここはどこです?」

 私はフロイス師に聞いた。

「平戸だよ」

「ああ」

 何度となくその地名は聞いている。司祭館レジデンツァもあって信徒クリスティアーニも多いはずだ。司祭館レジデンツァに着くと、出迎えてくれたのはバルテサール・ロペス師とアイレス・サンチェス師だった。

 ロペス師は口之津に同姓同名の司祭がいたのでそちらが大ロペス師、この平戸のロペス師は小ロペス師と呼んで皆は区別していた。大ロペス師は口之津で会ったことがあるが、この小ロペス師はあのヴァリニャーノ師の長崎での協議会の時に顔を見た程度であまり話したことはなかった。

 それよりも、サンチェス師とは十分に再会を喜んだ。なにしろマカオでともに叙階を受けて同じ船で日本に来た同期である。以前は長崎の教会にいた。私よりもかなり年長で、フロイス師と同じくらいだろう。あの同期の中では、アルメイダ師の次に年長だった。

カリオン神父パードレ・カリオンは元気ですか?」

 サンチェス師は私が都布教区にいることを知っているから、しきりにそう尋ねていた。無理もない。私にとっても日本にいる同期は都のカリオン師、このサンチェス師、そして臼杵のラグーナ師の三人しかいない。ミゲル・ヴァス師とアルメイダ師はすでに帰天している。二人も欠けたのだから、サンチェス師もその同期の安否が気になるのだろう。

 そんな平戸にも一晩泊まっただけで、翌日には出港だった。

 翌朝、出港前に結構活気のある港の周りを見回してみると、驚いたことに平戸にはスパーニャの商館があった。街には歩いているスパーニャ人の姿も多い。スパーニャとポルトガルの同君連合の知らせが来る前には、考えられない光景だった。

「昔はここに最初のポルトガル商館があったのだけどね、この地の松浦殿や仏教徒たちともめごとがあってね、それで長崎に移ったんだよ。その後に来たイスパニアがポルトガルの商館だった建物を使っている」

 聞きもしないのにフロイス師が得意そうにそう教えてくれた。

 さらに聞くと、去年の定期便でマカオから来たポルトガルのカピタン・モールも、ずっと平戸にいるという。

 そうなのだ。今や実質上はポルトガルとスパーニャは一つの国だから、そういった現象が起きてもおかしくないのである。道理で、ポルトガルのナウ船がこの港に停泊していたわけだ。

 ただ、他に気になることもあった。スパーニャはすでに日本に商館を持っており、しかもコエリョ師は今回この平戸で足を止めていて関白殿下の出陣に間に合わなかったという。

 どうもコエリョ師はポルトガル商人だけでなく盛んにスパーニャの商人と接触しているようで、現にフスタ船をスパーニャから購入している。交流しているのが商人だけならいいが、マニラのスパーニャ総督と直でつながっている可能性大だ。彼は以前にも総督と交信していた事実がある。

 どうもよくない方向に、日本のイエズス会は向かいつつあるようだが、まだ私の憶測の域を出ないからはっきりとはいえない。

 ほかにもチーナの商人の姿も多く、国際交易が盛んな港のようだった。

 そしてその日のうちに長崎の港に入る湾を船は走行していた。

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