Episodio 3 北政所(Ohzaka)

1

 それが、案の定である。

 翌日の月曜日の午前、城の方から関白殿下の使いとして関白殿下の秘書である信徒クリスティアーノのドン・シモンが教会にやってきた。応対に出たオルガンティーノ師と私、そしてセスペデス師は、彼の機嫌があまり良くないのをすぐに察していた。

 案の定、司祭館の広間で対座した彼は、開口一番に切り出した。

「昨日の準管区長様の言葉ですが」

 言いかけて、ドン・シモンは周りを見渡した。

「その、コエリョ様はまだおられるのですか」

「いえ、もう昨日のうちに堺に戻りました」

 オルガンティーノ師の言葉に、ドン・シモンは少しため息をついた。

「そうですか。実は関白殿下ははっきりとは仰せにはなりませんが、少々不快に思われたようですよ、あのバテレン様のお言葉には」

「あの件ですな」

 ドン・シモンが言う前から、オルガンティーノ師はすでに察しているようだった。いや、オルガンティーノ師でなくても、私もセスペデス師もすぐに見当がついていた。

「私もまずいと思って止めようとしたのですけれど、できませんでした。申し訳ないと思います」

 オルガンティーノ師はそう言って頭を下げた。

「私も関白殿下がからりのお志をお持ちだと知って驚いたのですが、もしそれが本当だとしたら諸大名も動揺するは必定」

 それは分かる。昨日の夜も、我われはそれについて話し合っていた。

 かつてカリオン師と信長殿との会見で、スパーニャによるアステカやインカ侵攻のコンキスタドーレスの話をしたことが昨夜も我われの間で話題になった。

 実はカリオン師がというよりも、カブラル師やフロイス師がすでに信長殿にそのようなことを吹き込んでいたようだ。

 だから信長殿は野望を持った。だが、そのことをいち早く察した明智日向殿が、身内同然の長宗我部殿と信長殿とのいざこざに加えて、信長殿のチーナ侵攻の野望を阻止するという意図で信長殿を殺した可能性は高いことはもうかねがね感じていた。

 そうなると、関白殿下が同じような野望を持てば、第二の明智日向が出る可能性は十分にある。

 我われの修道会の会則にもあり、ヴァリニャーノ師が厳に戒めたこの国への内政干渉を準管区長自ら破ろうとしているのではないかと、そんな話をオルガンティーノ師やセスペデス師と私は昨夜していたのだ。ましてや特定の殿への武器提供も、ヴァリニャーノ師は固く禁じていたはずだ。

 私がそんなことを思い出している間にも、ドン・シモンは話を続けた。

「バテレン様の方から関白殿下に武力を提供して協力するなどという申し出は、関白殿下のそのようなお心に油を注ぐようなもの。いや、困る、それは本当に困る」

 確かにその通りだ。

「でも、関白殿下はなぜご不快に?」

 セスペデス師が口をはさんだ。たしかにコエリョ師の申し出で関白殿下がシーナを攻略しようという野心を固めたのならば、武器の提供は関白殿下にとってむしろ好都合ではないかともいえる。

「関白殿下としては、あなた方が提供できるようなかなりの武力をお持ちであることを誇示しようとしたと受け取られた可能性もあります。唐入りに協力できるほどの武力、すなわち裏を返せば関白殿下に、いえ、この日本の国に対して対抗し得る武力が自分たちにはあるということを誇示しようとしたのではないかと、関白殿下がお考えになったとて不思議ではありません」

 本当に関白殿下はそこまで考えただろうか……それよりも我われにとって恐ろしいのは、もしかしてコエリョ師に本当にそのような意図があったのではないかということである。

 昨今のコエリョ師とフィリピーネのスパーニャ総督府との癒着のことを考えたら、十分にあり得る。その後どうなったかは分からないが、いずれにせよコエリョ師とフロイス師は何かを企んでいるようだ。

「実は昨日、関白殿下はバテレン様方を天守閣にも案内し、武器庫をも見せましたよね」

「はい」

「あれは実は当初の予定にはなかったのです。関白殿下は女中は別としてごく側近の心知れた人以外はあの天守閣に決してお入れにならない。それを外国人とつくにびとであるバテレン様方をその最上層までお入れ申した。これは異例なことです。だから下から普請の人足たちも見上げて驚いていたでしょう。それはバテレン様の武力の誇示に対抗してのことだと、十分に考えられるのです」

 つまり、関白殿下の方も自らの軍事力を我われに見せつけたということか。

「これはまずい状況です」

 オルガンティーノ師は私とセスペデス師に対して、ポルトガル語で言った。

「せっかくの関白殿下と我われの良好な関係がこれで悪化したら、福音宣教にも支障をきたす」

 そしてオルガンティーノ師は私を見た。そして今度はイタリア語で言った。

「申し訳ないが、今すぐにまたお城にいって関白殿下に会ってきてくれませんか。あくまで昨日の会見の御礼ということで、今の件には触れなくてよろしいから関白殿下の機嫌をも見てきてください」

 そして、オルガンティーノ師はドン・シモンを見た。

「昨日の御礼にバテレンをあなたに同行させたいのですが、関白殿下にお会いすることはできますか?」

 ドン・シモンは少し考えていた。

「今日でしたならば大丈夫でしょう、殿下も特にご予定はおありにならない」

 こうして私はドン・シモンが城に帰るのに同行して、ロレンソ兄とともにまた大坂城に登ることになった。

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