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 そうして我われは、天守閣の真下まで来た。天守閣は大坂の城の中でも最も高い石垣に囲まれた中央の一画の、その北東の隅にある形になる。

 ここから見上げると本当にそれは天を突く塔のようで、その巨大さには息をのむ思いだった。あの安土城の比ではない。そして壁といい瓦というふんだんに黄金が使われ、それも金一色というわけではなくてさまざまな文様が側面には描かれていた。

 天守閣へは石垣の上の建物から至るなだらかな石段があるが、それは外から入る場合であって、我われが歩いてきた屋敷の建物は側面の石垣とつながり、そこには黒い鉄の扉があって、別の秘密の入り口というような感があった。

 そこはまだ工事中のようで足場が組まれて、作業をする人夫が多数いたが、そこに関白殿下が一人の尼僧のような女性とともに現れ、人夫たちに足場を取るよう命じていた。

 そして関白殿下は巨大な黄金の鍵でその鉄の扉を開けた。

 入る前に、ジュストやジョアキムは、その輿につけていた刀をはずし、控えていた武士サムライに預けさせられていた。

 中は薄暗かったが、すぐにかがり火がたかれ、関白殿下が自ら我われを先導して急な木の階段を上った。それはほとんど梯子といってもよかった。

 上がりきったところが天守閣の一階のようで、すべての窓があけ放たれていたので急に室内は明るくなった。

 その絢爛さに圧倒されてかコエリョ師はほとんど声もはあすることなくきょろきょろして歩き、我われもまた同様で誰も会話をなすものはいなかった。

 私とオルガンティーノ師、ロレンソ兄が前に来た時は、この天守閣すらまだなかった時なのだ。

「さ、皆さん、足元にお気をつけて」

 関白殿下だけが気さくに時々は振り返って我われに話しかけてくれたりしていた。

 天守閣の中の部屋も、総ての部屋が黄金と朱色、そして極彩色の絵画で装飾されていた。

 さらには家具が素晴らしかった。黒く光る素材に金が埋められ、それもまた高価なものであった。

 さらには、前に来た時にも見て驚いたが、この天守閣の中にもエウローパのものとほとんど同じ形のいくつものレット(ベッド)が並べられていた、その上のきらびやかな布団は絹のようで、それは完全の我われの文化のものだった。

 日本人は寝る時にはレット(ベッド)は使わないはずだが、この城ではいち早く我われの文化を取り入れているのには驚いた。

 関白殿下の前には髪を短く切った幼女がその刀を掲げて歩き、時々関白殿下はその幼女に話しかけたりしていた。本当にここは男子禁制で、働いているのは女性ばかりである。

 本来天守閣というのは戦争の時の見張りの砦のようなもののはずなのに、ここでは全く平和と権力の象徴だった。

 三階まで登った時に、関白殿下は歩みを止めて我われに笑って言った。

「茶などを進ぜますよゆえ、少し休みましょう」

 確かに急な階段を上り続けてきたので、呼吸が荒くなっていた。私などはまだいいが、コエリョ師もフロイス師もオルガンティーノ師も年配であるために、きつそうだった。ましてや老いている上に盲目で白い杖が頼りのロレンソ兄にとっては、同宿の少年が手を引いてはいるとはいえかなりきつそうだった。だから、関白殿下の気配りはありがたかった。

 従来がこのような気配りのできる人で、それが人心をつかんだのかもしれない。信長殿に可愛がられていたという理由の一つでもあったような気がする。

 我われが座って休み、茶を頂戴している部屋の隣はやはり黄金の壁の部屋だったが、休憩が終わって立ち上がり、その部屋の前を通過した時に、大きなやはり金色の箱が置かれているのが目に入った。

「あれは組み立て式の茶室でござるよ」

 歩みを止めて、関白殿下が説明してくれた。

「組み立てればすべてが黄金でできた茶室となるのだが、普段はこうして解体して箱に収容しておりましてな。どこにも持ち運びできて便利だ」

 関白殿下は、ひとしきり得意そうに笑った。

「今年の正月には都に運んで、御所で帝にもご覧いただいた。実は昨日まで組み立ててあったのだが、もう一日そのままにしておけばよかった」

「いえいえ関白殿下」

 ここでフロイス師が一歩前に出た。

「我われはすべてのことをつぶさに記録して、本国に書き送らねばなりません、どうか特別に組み立てて見せては頂けないでしょうか」

「いやあ、それは」

 笑いながら関白殿下は、ジュストを見た。

「その黄金の茶室をここで組み立ててお見せしたら、ここにる右近がほしがって困るじゃろうて、また次の機会に」

 そう言って関白殿下は、さらに大笑いをした。ジュストもまた照れたように笑っていた。

 それからまた、我われは関白殿下直々の案内で、上の階へとのぼって行った。ただひたすら上へ上るのではなく、各階も皆案内してくれて、それぞれの部屋の鍵を関白殿下が自分でいちいち開けて我われに中を見せてくれた。

 そこには絢爛さを誇る宝物ばかりではなく、ぎっしりと銃や弓、槍、そして刀などの武器が詰めこまれていた。その数のおびただしさに、我われは皆唖然としていた。関白殿下は口に出してこそ言わないが、まるでこの城にはこれだけの武器があるのだということを我われに誇示しているかのようであった。

 コエリョ師は何も言葉を発することもなく険しい表情で、時々眉を動かしながらそれを見ていた。

 やがて、最上階に着いた。最上階の床面積は当然どの階よりも狭かった。ここにはちょっとした座敷があって、やはり畳が敷かれていた。柱も壁も黒い漆塗りで、黄金の装飾が随所にあり、また彩色の絵画も描かれていた。壁の中央は四方とも外廊への出口となっていて、どちらの方角も今は開け放たれていて、五月のさわやかな風が吹きこんでいた。

「さ、どうぞこちらへ」

 関白殿下がその外廊に出るので、我われも従った。安土城だとこの場所に当たる最上階の壁はすべて黄金だったが、ここでは柱だけ黄金で、壁は黒く漆が塗られ、扉をはさむ形に巨大な二羽の鳥の絵が黄金で描かれていた。まるでエウローパの伝説の鳥のフェニーツェ(フェニックス)のようであった。

 外廊のすぐ下は下の階の破風ハフという装飾的な三角の屋根の頂上があり、そこにも巨大な黄金の魚の彫刻が据えられていた。頭を下に体を反らせて尾をはね上げさせており、その背の部分をこちらに向けていた。

 遠くを見渡すと、大坂の平野が一望であった。もしかしたら都よりも広い平らな土地である。山に囲まれてはいるが、その山は遥か遠くにかすんでいた。

 ちょうど真下が我われが渡ってきた屋根付きの極楽橋なので、目で辿っていけば教会は分かる。大坂の城は二重の堀に囲まれているが、その北側にはさらに雄大な淀川が横たわっている。二つの川が合流するかなりの川幅のところにはおびただしい数の帆船が浮かび、まるで水鳥のように見えた。

 やはり習性で、ついつい自分たちの教会を探してしまう。教会から間近に今我われが立っている大坂城の天守が見えるのだから、ここからも教会は見えるはずである。

 横側の手間の高台を目で追うと、教会はすぐに分かった。屋根の上の十字架が陽光を受けて、きらりと輝いていたからだ。

「あそこがこの大坂の教会です」

 オルガンティーノ師がコエリョ師に示していた。コエリョ師はまだ堺に来てから、一度も大坂の教会には来ていない。今日の関白殿下訪問の後に、初めて大坂の教会に来る予定になっている。

 考えてみればフロイス師でさえ、大坂の教会は初めてのはずだ。

 我われが教会を指差しそんなことを話しているそばに関白殿下が来て、言葉が分からないまでも、教会のことを話しているのはすぐに分かったようだ。

「そう、あそこがバテレン様方の南蛮寺ですよ。ついこの間お邪魔しましたな」

 そう言って、関白殿下は笑った。

 そしてそのまま目を西の方へ向けると、そこ方角だけすぐに大地は途切れて海が広がっていた。

「どうです。ここから見渡せるこの広い土地だけではないのですぞ。あの山の向こうの向こうも、あの海の向こうの向こうも、この秀吉のものだ」

 秀吉とは、関白殿下の実の名前である。

 その言葉をフロイス師の通訳で聞いたコエリョ師は、また眉動かした。

「海の向こうの西には、長崎があります。長崎は我われ教会のものです」

 その言葉をフロイス師が日本語にして関白殿下に伝える前に、オルガンティーノ師が日本語で話に割って入った。

「今、九州はまだ大友殿や薩摩の島津殿が領有していますね」

 関白殿下は高らかに笑った。

「確かに九州の地はこれからも毛利と、大友と、島津で分けて統治するがいいと考えている。でも、基本はわしの土地だ。彼らの領地はこれからだいぶ少なくなろうな」

 そうして関白殿下はまた歩きはじめた。南の方は目下に大坂城の奥屋敷が広がっている。まだまだ工事中で、大勢の人足はせわしくなく動き回っているのが見える。

 そして、そのうちの何人かが、関白殿下とともに我われが天守の最上階の外廊にいるのを見つけてこちらを指差して示し合い、何人かが固まってこちらを見上げるようになった。その数はどんどん増えている。彼らは何かをささやき合っているように見える。

 もちろん顔の表情はここからは全く分からないが、かなり驚いているようだ。

「やつらめ。 わしとともにバテレン様方が天守の上にいるので、かなり驚いているな」

 関白殿下は大笑いしながら懐から赤い扇子を出し、それを広げて払うように人足たちに扇子を振って見せた。人びとの間で歓声が上がった。

「さ、中に入りましょう」

 中の座敷に戻ると、そこには先ほどのような少女たちによって、今度は茶ではなく酒が用意されていた。

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