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 まずあいさつに立ったヴァリニャーノ師は一同に集会の謝辞を述べた後、

「我われは日本という国での福音宣教という大きな使命を抱きながらも、多くの困難を共有しています。ただ、逆に今の日本だからこそやりやすい仕組みを『天主デウス様』はご用意くださっています。まずは今日本がまとまった一つの国ではなく、小さな諸侯が領土を分割し、相争っているという状態で、統一王朝の国であって統一王朝の国ではないという、我われエウローパの感覚では少しわかりにくい状況になっています。だが、案外このことが福音宣教には有利に働いたことは皆さんもご存じでしょう」

 何人かは確かにとうなずいていた。だが、ふと気になって見てみると、案の定コエリョ師だけは腕を組んで目を閉じ、苦い顔をしている。

「それに、日本の国民は実に霊性が高い。霊的な格が周辺の国々とは比べものにならないくらいに進んでいます。この教養の高さ、礼儀正しさ、清潔さはその霊性の高さをそのまま物語っているでしょう。そこで、我われがそのような日本人、特に日本人信徒クリスタンや修道士と接するときの接し方についてです」

 ヴァリニャーノ師はそれから何人かの司祭を指名して、それぞれの経験によって感じ取った日本人との接し方について確認した。

「皆さんの感じたことは、たいてい一致しています。日本人は感情を表に出さない。そして非常に礼儀正しい。町も建物も清潔であるというようなことですね。ですから我われもそれに合わせないといけない」

 ヴァリニャーノ師の言い分だと、日本人を我われに合わせさせるのではなく、我われの方から日本人の習慣、考え方、行動に合わせるようにしないと福音宣教はうまくいかないという。

「私がゴアでの福音宣教の様子を聞いてその惨状に驚いたのですが、考えてみればゴアでもマラッカでもマカオでも、我われの方が現地の人の生活に合わせるという考え方は全くなかった。だから、現地の人への宣教はほとんど伸びていなかった。でも、ゴアやマカオはそれでもまだよかったのです。ゴアは完全にポルトガル領、マカオもポルトガル人の居住権が認められています。でも、日本はわけが違う。我われは全く異教徒の中で生活し、異教徒の真っただ中で福音宣教という使命を成し遂げなければならない。都や安土で、私はそれを実感しました。皆さんもそうでしょう?」

 何人かの司祭が、大きくうなずいた。

「だから、日本人の信徒の扱い方が大切なのです。そしてそれは往々にして大きな失敗を招きやすいものなのです」

 それから延々とヴァリニャーノ師は、日本人との接し方について語った。まずは何よりも日本人に自分たちが親しみを感じてもらわないといけない、そのためには日本人の生活習慣、考え方、行動をよく理解し、自分たちもそれに沿った生活をすることだという内容だった。それをかなり細かく、実際にどう接するべきか、どうしたら失敗するのかなどを長時間にわたって話していた。

「とにかく彼らから我われが見下げられたり、馬鹿にされるようなことがあったら、誰が我われの説くこの崇高な教えに耳を傾けましょうか。エウローパの考え方や行動は、ここでは通用しないのです。それを押し通そうとすると、必ず反発を招きます。この点を誤るともう取り返しのつかない事態となり、ザビエル神父パードレ・ザビエル以来の先人たちの努力がすべて水泡に帰すのです」

 それを聞きながら私は、あのカブラル師がいたらまた反発するだろうかとぼんやりと考えていた。

 そして、そのカブラル師に近い位置にいた(と私は思っている)コエリョ師はどうしているかと彼の方をちらりと見たら、相変わらず彼は眼を閉じて聞いているのか聞いていないのか分からないような様子だった。

 司祭の間から質問が出た。自分たちの食事や衣服、日本人の礼儀作法、来客の対応に関することなどであったが、その一つ一つに事細かにヴァリニャーノ師は回答していた。それらはすでに安土での協議会でも懸案事項で話し合われたからだ。

 食事に関しては、我われはもうすべて日本の食べ物を食することが暗黙の了承となっていた。今後、それをきちんと制度化するという話にまで発展していった。マカオではほとんどエウローパと同じものを食していたがチーナ人の食文化はエウローパと似たところが若干あって、同じように肉食する。だから、マカオで問題にならなかったことがこの日本では問題となるのだそうだ。

 たとえばわれわれが牛や豚の肉を食べるのを、日本人は極度に嫌がる。だから、日本では慎まなければならないのだという。確かにその通りだと、私は思った。

 そういったことで話が続いて、一日目はそれで終わった。


 翌日はフランシスコ会などの他の修道会を日本には来させない方がよいことや、日本への司教の着座はまだ時期尚早であることなど、すでに安土までの協議会で話されたことの確認と、新たな意見の聴取という形だった。

 さらには、信徒の拡大と信徒になった者の育成にどちらに重点を置くべきかという、これも臼杵や安土でも話し合われたことをここでも再確認したが、やはり皆新たな信徒獲得の方が優先という意見が大半だった。

 私はここでも、すでに信徒になったものの育成こそ大事であると発言したが、その意見はあまり取り上げられなかった。

 こうして協議会は数日続き、その間に神学校セミナリヨ修練院ノビシャド学院コレジオの設置について以前の協議会の内容を報告したうえで審議がなされた。

 都に学院コレジオをというヴァリニャーノ師の意見には、誰も異存はないようであった。

 続いて日本人のイエズス会入会についてや、会の財政、長崎や茂木の運営についてなどが議題となり、長崎については先日の事件を踏まえ、頭人中がすべて信徒となって町の運営の二元化という局面が少し解消されたことなどが紹介された。

 私はさすがに疲れがたまっていて会議の途中で何度か睡魔に襲われたが、その都度隣でメシア師が笑いながら突っついてくれた。

 協議会が始まってから五日後、途中に日曜が入ったので主日のミサのため休みになったのを差し引くと四日目の会議が締めとなる予定だった。そこで、いよいよ重大事項が協議される。

 まずは人事である。

 カブラル師が辞任してから空席となっていた日本総布教長はコエリョ師にお願いすると、ヴァリニャーノ師から申し渡された。コエリョ師はまるでそれが当然というように表情一つ変えず、立ち上がって、

「承知しました」

 と、だけ言った。

「そして引き続き、下布教区の布教区長も兼任してもらいます」

「了解」

 これも言葉少なげにコエリョ師は言った。もしかしたらすべてを彼は予測していたのかもしれない。いや、そうだろう。情況的に考えて、それは容易な予測であった。

「次に、これから日本をゴア管区から独立させ、マカオ教区からも切り離して一つの管区として独立させようという話があるのですが、これまでの協議会では大方賛成でした。皆さんは?」

 そう言いながらもヴァリニャーノ師はコエリョ師を見たので、

「ま、私はあの有馬での予備会談のときにも言いましたが、賛成ですよ」

 と、そっけなく言った。ヴァリニャーノ師は立ってターボロ(テーブル)に両手をつき、少し前かがみになって、

メシア神父パードレ・メシアも賛成でしたね」

 と、言った。メシア師は大きくうなずいた。

 ほかの司祭たちもざわついてはいたが、大方賛成のようであった。

「しかし、安土での協議会では、反対の意見も強くありました」

 ヴァリニャーノ師がそう言うと、ミゲル・ヴァス師も手を挙げた。

「私も反対です。まだ、このような状況では無理です」

 理由はかつて安土で反対したオルガンティーノ師と同じようだ。

「そうですね。管区はまだ早すぎるという気もします」

 そこで、ヴァリニャーノ師は間を置いて息を飲んだ。そして会議参加者の一同を見渡した。

「ここでもこのように反対意見が出ました。そこで私は考えたのですが、まだ管区にするのは早いので、とりあえずは準管区ということでいかがでしょうか」

 人々はその妙案に拍手喝采だった。

「そうなるとコエリョ神父パードレ・コエリョ、あなたが準管区長ビセブロビンシャルですよ」

 これにはさすがにコエリョ師も少し驚いた顔をしたが、すぐに真顔に戻った。司祭たちはそのコエリョ師の準管区長就任にさらに拍手を浴びせた。この件は巡察師に一任されていた以上、

「それでは日本はゴア管区から切り離した準管区とし、準管区長にコエリョ神父パードレ・コエリョを任命します」

 というひと言で、この時、この時間に日本は準管区ということになった。

 ほかの人事に関しては、かつて豊後布教長だったフロイス師がヴァリニャーノ師に同行して都に行っている間、総布教長を辞職したカブラル師に臨時で豊後布教区長代行をしてもらっていたが、後任が見つかるまで続けてもらうことになったことの報告があった。

 それまでの布教区長だったフロイス師は、今こうしてシモに来ていてこの協議会にも出ている。そのフロイス師だが、シモは準管区長が布教区長を兼任することになったので、フロイス師がシモ布教区長補佐に任じることも発表があった。

「あ、でもしかし」

 それを聞いたフロイス師が不服そうに手を挙げたが、

「前に言っていた宣教記録の執筆に専念したいとのことですね。下布教区長補佐後任がマカオから来るまでの間ですよ」

 と、ヴァリニャーノ師に丸め込まれていた。

 こうして長崎での協議会を終えた。

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