Episodio 5 第三回司祭協議会(Nagasaki)

1

 次の十二月三日の日曜日、すなわち十二月になって最初の日曜日は待降節アッヴェント第一主日で、司式司祭の祭服も祭壇の布も紫となった。

 もうヴァリニャーノ師とメシア師、トスカネロ兄はずっと長崎にいた。そしてその次の日からシモ布教区の司祭たちが次々に長崎に集結しはじめた。

 まずは近場の有馬からフロイス師とモーラ師、有家のゴンサレス師、口之津のバルタザール・ロペス師が最初に到着した。彼らは有馬の殿のドン・プロタジオが手配した船でやって来た。

 すぐ後に天草勢、つまりアルメイダ師をはじめとしてピアーニ師、アントニオ・ロペス師、ゴメス師、カルヴァリヤール師、マリン師などの面々で、私にとって懐かしい顔もいたが、全く初対面の司祭も多かった。

 ところが次に大村の方面からの司祭が到着するときは、ちょっとした騒ぎになった。彼らは陸路で訪れたが、何人もの供の兵士を連れたある殿トノが彼らと馬を並べてやってきたのである。

 その到着は事前に知らされていたから、すでに長崎にいる司祭全員で教会の庭に並んでその殿を迎えた。ともに馬で到着したのはルセナ師、そして私が初めて長崎に来た時に町を案内してくれたあのレオン師だった。

 その二人の司祭が馬から降り、続いて兵士に囲まれる中でやはり馬から降りた殿の胸には十字架がかかっていた。少しお歳は召しているようだが、凛々りりしい顔つきに機敏な動作だった。

 私は初めて見る顔だが、ヴァリニャーノ師とはもう旧知の仲のようで再会を喜び合っているように見えた。大村領であるこの長崎にほかの殿がこんなにも堂々と入っては来られまい。しかし、入ってきたのはその領主たる大村殿、すなわち大村のドン・バルトロメウその人に他ならなかった。

 すぐにドン・バルトロメウは教会の御聖堂で到着の祈りを捧げたあとで、司祭館の広間でヴァリニャーノ師と対面した。

 信徒クリスティアーノの殿には自分が下座に座ることはよくある話だが、ここは大村殿の領国とはいえどもイエズス会の知行地である。イエズス会が「殿」なのだから当然としてドン・バルトロメウが下座に座り、手をついてあいさつの言上を述べ始めた。

 私は意外だった。あの有馬の殿ドン・プロタジオの叔父でもあるし、なにしろ日本で最初に殿で信徒クリスティアーノになった人というから、相当年配の人を想像していた。

 だが、実際はたしかに若くはないがまだ老人とは呼べない年齢で、五十歳には達していないだろう。コエリョ師やフロイス師よりは若そうだ。

 考えてみればドン・プロタジオの叔父といっても、ドン・プロタジオがあのようにまだまだ少年だから、その叔父でこれくらいの年齢というのは不自然ではない。

「懐かしかこつでございますたい」

 頭を下げながら、ドン・バルトロメウは言った。

「この長崎を寄進申し上げたから初めて来ましたばってん、こぎゃんよく発展しようと知って驚きましたとですたい」

「お元気で、なによりです」

 ヴァリニャーノ師もそう言葉をかけ、有馬から来たばかりのフロイス師が久しぶりに通訳だった。

「そろそろお国にお帰りになられると聞いて、ごあいさつに参上しました」

「これは、かたじけない。いずれ私どもの方から大村を訪ねて行こうと思っておりました」

 この後しばらくヴァリニャーの師とドン・バルトロメウは募る話をしていたが、ヴァリニャーノ師は例の聖堂事件と神宮寺の焼き打ちについては全く話題にもしなかった。そして話の最後で、おそらくこれがドン・バルトロメウの来意の核心であろうことを、ドン・バルトロメウは語った。

「まもなくナタル(クリスマス)ですばってん、どぎゃんですか、皆さん全員で今年の御降誕はご一緒に大村で過ごしませんか」

 同席していた私も、これには賛成だと心の中で思っていた。これまで話にはいろいろと聞いているが、その大村の地を訪れるのは私にとって初めてなのである。あとはヴァリニャーノ師のお心ひとつだ。もし「君は留守番」と言われたら、それに従うしかない。

「そうですね。ぜひそうさせてもらいます。この長崎のバテレンは、全員連れて行きます」

 ヴァリニャーノ師のその言葉に顔を輝かせたのは、ドン・バルトロメウばかりではなかった。私もである。

 そのあと、ヴァリニャーノ師は有馬のドン・プロタジオに話したのと同様、都や安土で見たこと、高槻のジュストやそこの信徒たちクリスティアーニのこと、そして信長殿のことなどを延々と話していた。 

 ドン・バルトロメウはその晩司祭館で一泊して、翌日には大村へと帰って行った。

 

 ナターレ(クリスマス)を大村で過ごすということになれば、それまでには協議会を終わらせねばならぬこととなり、まずは一刻も早い開催が待たれた。

 そうしているうちに最後の、平戸からのゴンサルヴェス師とバルタザール・ロペス師が到着した。バルタザール・ロペス師は口之津の司祭と全く同姓同名で、区別するために体格の大きい口之津のロペス師を大ロペス師、小柄な平戸のロペス師は小ロペス師と呼んでいるそうだ。

 こうして十二月の上旬には長崎における協議会が司祭館の広間で行われた。この広間も畳の部屋だが、この日は畳の上に赤い絨毯が敷かれ、椅子とターボロ《(テーブル)》が準備された。

 そして、七日の木曜日、祈りとともに協議会は開始された。

 有馬での予備会談を皮切りに、豊後の臼杵、安土と続いた正式な協議会としてはこれで三回目だった。考えてみれば、ヴァリニャーノ師とメシア師以外の司祭で、最初はオッセルバトーレ(オブザーバー)であったにせよこれまでの全協議会に参加しているのは私だけであった。

 フロイス師はその頃は豊後にいたため、最初の予備会談には参加していない。私にとって最初の予備会談と豊後の臼杵での協議会はまだ日本に来て日が浅く、よく分からない状況での参加だったが、安土では幾分様子が分かりかけてきた。

 そして今回の長崎協議会までには、実にいろんなことがあった。それはヴァリニャーノ師とて同じであろう。ヴァリニャーノ師は私よりも一年早く日本に来ておられるが、都や安土へは私と同様に初めてであったはずだ。だから今回の協議会は、ヴァリニャーノ師にとっても様々な体験を経た上での締めくくりの協議会なのである。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る