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そうこうするうち、昼下がりには高槻に到着できた。
今度は教会に近い北の門から城内へ入った。その門を入ったところで、ジュストはフルラネッティ師とともに我われを出迎えてくれていた。我われはそこで馬から降りた。
「いやあ、バテレン様方。お待ちしていました。約束を違えずにおいで頂いたこと、光栄です」
前にもまして、にこにこと笑っている。こちらも一応愛想で笑みを浮かべてはいたが、あのようなことがあったばかりだからヴァリニャーノ師も心底笑ってはいないように私には感じられた。
教会の前にはすでに
教会の前の道にもきらびやかなじゅうたんが長く敷かれていた。
我われはそのまま司祭館の方でもてなしの用意ができていて、ジュストも同席するとのことだった。
一度荷物を下ろし、ほんの少しくつろいでから、我われは食堂へと向かった。上席にヴァリニャーノ師とジュストが並んで座り、フルラネッティ師も同じ席にいた。まずは
最初は我われが安土で見聞きしたこと、安土城の異様に驚いたことや、信長殿との会見のことなので話は弾んでいた。
そしてその話も一段落した頃、ヴァリニャーノ師は遠慮がちに今日の出来事をポルトガル語でジュストに告げた。ジュストの顔色はみるみる変わった。そして一度立ち上がってヴァリニャーノ師の前に出て、ヴァリニャーノ師の方に向かって座り直したジュストは、床に頭をつけた。
「真に、真に申し訳ない。我が家中だったものがバテレン様方に対してとんだ御無礼を。どうか、どうかお許しください」
この城の城主でもあり、この地域の領主でもある殿が我われの前で平身低頭しているのだから、我われの方もかえって恐縮してしまった。
「まあ、頭を上げてください。どうぞ、元の席へ」
ヴァリニャーノ師に促されてかろうじてジュストはその通りにしたが、もうさっきの笑みは消えていた。
「私たちはそんな謝罪ではなく、少し話を聞きたいと思っているだけなのですよ」
ヴァリニャーノ師の方が、かえってわざと笑みを浮かべていた。
「
ジュストはしばらく無言のままうつむいていたが、やがて顔を上げた。
「申し訳ございません。実はその口実を考えたのは私でして、オルガンティーノ様は安土に着いてから初めて、若者たちがそのように言われて安土に来たのだということを知ったのです。私はそのことでオルガンティーノ様から後で少し咎められましたが、若者たちは全員そのまま
「親御さんへの説得は」
「はい。私がしました。親たちの気持ちも分からないでもなかったのです。なぜなら私自身、将来の高山家を負って立つであろう若者たちが、異教徒の言い方で言えば出家したようなものですから、ほんの少し残念な気もしたというのが正直なところです。しかしすべて『
「それであなたは、その親御さんを追放したのですね」
「はい」
という返事までには、少し間があいた。
「その親が憎くてとか怒りにまかせてとかいうことではありません。キリシタンの教えがまだまだ入ったばかりの我が国にとって、今はその土台の
そこまでヴァリニャーノ師は黙って聞いていた。そしてジュストはさらに同じこともう一度、総て自らポルトガル語で繰り返した。やがてヴァリニャーノ師は、その顔に笑みを取り戻した。
「状況はよく分かりました。やはりいろいろと難しい問題があるのですね」
この席でのこの話は、ヴァリニャーノ師のそのひと言で一応終わった。いくら一城の城主でこの地の領主とはいえども、ジュストはやはりまだ若いというのが率直な感想だった。
だがそうはいっても、まだ私の心の中にはもやもやとしたものが残っていた。あの我われを襲った夫婦の敵愾心に燃えた目は忘れられない。
この国に来て臼杵の殿のドン・フランシスコの元妻のジェザベル、田原シモンの実の父の柳原大納言に続き、私に憎悪に満ちた苦情を訴えてきた人はこれで三人目だ。その一人ひとりの言葉は、今でも私の脳裏に焼き付いている。
親子の情、家族の情というのは、どこの国に行っても変わらない。その情でキリスト教団に敵愾心を燃やすからといって、それをすべて悪魔の仕業だで片付けてしまうのも乱暴なような気がする。やはり、まだまだ異教徒の国であるこの日本にキリストの教えを根付かせるのほど遠いと感じた。
翌日の木曜日が、
まずは朝のミサが執り行われ、そのミサの中の説教で司式のヴァリニャーノ師からキリストの御血と御体である御聖体についての話があった。
「イエズス様がミサのたびに行っている御聖体を制定されたのは、十字架にかかる前の晩の最後の晩餐の時です。実はその時の言葉はミサのたびに再現されるのですが、ミサ自体はすべてラテン語ですし、このただのパンとぶどう酒がイエズス様の御体と御血に変わる儀式は声を出さずに頭の中で唱えますので、背後の皆さんから見ればただ黙っているうち突然白いパンを高く掲げているように見えるでしょう。今日は特別に、その時どういうふうに頭の中で唱えているのか教えましょう」
その話を、いつものフロイス師に代わって私がそれを会衆には日本語に通訳して伝えた。話はまだ続く。
「イエズス様は敵に渡される前の晩の食卓でパンをとり、弟子に与えて仰せになりました。『みんな、これをとって食べなさい。これはあなた方のために渡される私の体である』と。そして次にぶどう酒の入った
引き続き、本来なら復活祭で行われるのが常だが、この年はこの日まで引き延ばされていた入門・改宗式が行われ、この日洗礼を受けた人の数は幼児洗礼を含めて千五百人に達した。洗礼式だけで相当な時間を費やし、いよいよ昼近くになってから
まず先頭は大きな十字架である。それに続いて
その後ろを全員が祭服を着た我われ司祭団や修道士、そして一般信徒がそれに続く。
復活祭の時の行進も空前絶後の大規模な人数だったが、今回もそれにはまさるとも劣らない規模であった。行列は花が敷き詰められた道をゆっくりと進む。行列自体もかなり長く、またその沿道で見物する人の数はおびただしものがあった。
その聖歌は、いつまでも高槻の空にこだまし、行列は高槻城下の町を三時間ほどかけて行進した。
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