2
我われは
復活徹夜祭も終わった後、束の間の休息であった。
「去年の今頃は」
と、ふとヴァリニャーノ師が言った。
「ちょうど有馬の殿と竜造寺との戦争の最中で、そんな中での
それを聞いて、私はもっと感慨深かった。去年の今頃、私はまだマカオにいた。あの聖香油事件で大騒ぎをし、そして『
私がそんな感傷にふけっている間に、司祭団の話題はジュストのことになっていた。ジュストをよく知っているオルガンティーノ師やフロイス師が特に今回彼と初対面だった我われに話してくれたことによると、ジュストは教会でたびたび「
「彼は領民に、領主としての権限で
と、オルガンティーノ師が語ってくれた。自ら教えを実践し、その姿で人びとを導き、今日の信徒総数一万五千人という数字になったのだろう。
「すべて彼の教えを実践する姿と、領民の間に入って共に生きる生き方、そういったものが人びとを導いた。我われ司祭はこの国では宣教師でもあるはずですけれども、彼の方がはるかに優秀な宣教師です」
たしかにそうなると、我われの方が恥ずかしくなる。
「これこそ、後ろ姿で導くということでしょうね」
オルガンティーノ師はいつもの笑顔に戻り、
「本当に、ジュストは今すぐ叙階して司祭になってもらってもいいくらいですな」
と言って高らかに笑った。
復活祭の主日のミサは、早朝の日出よりも二時間も前から始められた。次から次へと信徒は押し寄せ、教会堂は満員の状態だった。またもや聖体拝領には莫大な時間を費やした。
この日の
すでに教会前の城内の広場にはおびただしい群衆が押し寄せており、その顔は喜びに満ち溢れ、手にはいろいろな絵が描かれた
そして十字架を先頭に、白い祭服のヴァリニャーノ師と我われ司祭団が動き出すと、群衆もそれについてゆっくりと動きだした。北の門から場外へ出て、市内をゆっくりと回り、南の門から再び城内へ入って教会へ戻る。このおびただし数の行列は、先頭が北の門を出てから最後尾が出るまでにかなりの時間を要した。
ざっと二万人近くはいそうで、この町の信徒の数を上回っている。恐らくは都や美濃など近隣地域の信徒が話を聞いて押し寄せて来ているのだろう。また、信徒ではない人ももの珍しさから加わっているかもしれない。そして
これこそ長く歴史に刻まれる日本での復活祭となるであろうことを、私は感じていた。
私の少し前を歩くヴァリニャーノ師の後ろ姿を見て、その肩が震えているのを私は感じた。私だけではなく、ともにいた司祭団の誰もがそれを目撃しただろう。ヴァリニャーノ師は明らかに泣いていた。そして私は彼が、
「まるでローマにいるみたいだ。いや、ここはローマなのだ」
と、イタリア語でつぶやくのを私ははっきりと聞いた。
そのあとの司祭館での朝食は、領主で城主でもあるジュストも同席していた。しかし相変わらず、彼はいちばん下座に席をとっていた。
この後すぐに我われは都に向かって旅立つことになっている。当然、ジュストは何度も何度も我われを引きとめた。そして、ついに彼も泣いた。だが、いくらジュストの涙を見たとて、予定は変更できない。
「それならば、
「もちろん。先のことは分かりませんが、この約束を『
またここでも、ヴァリニャーノ師は涙を流していた。ほかの司祭たちも、皆もらい泣きであった。
この一人の領主の人徳が領民の七割を信徒にしている。だがこの時の私はその残りの三割のことに気をとめてはいなかった。表の世界ばかりを見て、その裏にまでは思いが至っていなかったのである。
フルラネッティ師は高槻に残るがそれでも堺を出た時よりも人数はだんだん増えた我われ一行は、ジュストとの別れを惜しみつつも都へと向かった。司祭もオルガンティーノ師とセスペデス師の二名が増えた。さらには安土に帰る二十五人ほどの神学生もともにいる。もうすでにヴァリニャーノ師の腰も回復し、再び馬に乗れるようになっていた。
都までは大きな川である
そして遠くの山はもちろん、平地のあちこちに点在する木の枝に
「この国独特の木に咲く花です。全部咲いたらきれいですよ」
と、オルガンティーノ師が馬上振り返って、ニコニコして私に説明してくれた。この中で、日本の春が初めてなのは私だけだということを、師も知っている。
「
「山全体がこの桜だという所もありますよ」
と、フロイス師も話に入ってきた。
「ただ、一年のうちで花が開く時期はとても短くて一週間くらいだけです。だからこそ、この国ではとても人気があります」
一本一本単体で生えている木の花もきれいなのに、この木がぎっしりと集まったらどんなきれいだろうかと私は想像を巡らせていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます