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私はリスボンからずっと一緒だったルッジェーリ師と共に、小高い丘の麓にある
しばらくは
元気で親しみやすい感じの司教は、私にもテーブルの椅子を勧めてくれた。
「少し落ち着きましたかね」
すぐに司教は私に話しかけてくれた。
「はい、お蔭さまで」
「ゴアの
ゴアよりもさらに余計にここはポルトガルからは離れているのである。何もかもゴアのようにはいかないことは私も覚悟の上だった。
「私はここに着任して十一年になりますが、その間病院やいろいろな慈善事業を手掛けてきました。そちらが忙しくてですね、申し訳ないことに自分の出身の修道会のことは顧みてあげられなかった」
「いえいえ」
私は言葉に出してはそこまでしかいなかったが、修道会のことは司教という立場では私事になるだろうから、致し方ないことだと思っていた。そればかりか多くの人を救う慈善事業に奔走されていたということで、まさしく聖職者の鏡だなとあらためて畏敬の念を感じていた。
「でももうそろそろ、この地におけるイエズス会の基盤を固めなくてはなりません。この
この町もどんどん新しくなっていくようだ。
「ま、その頃にはあなたは日本へ行っているはずですがね」
たしかにそうだ。しかしそれが本来の目的でもある。
「そうだ、一つ、このすぐそばにある丘に登りませんか」
ご老体が登ると言われているのだから、私が辞退することはできない。
それからすぐに、司教を中心に二、三人の司祭たちとともに丘に登った。丘からはマカオの町全体が見渡せた。ここに上って初めて気づいたのだが、マカオは海に突き出た小さな半島となっている。
「昔は島だったそうですよ」
景色を見ながら、司教は言った。
「それがいつの間にか砂浜が伸びて、地続きになったそうです」
今でもマカオの町と大陸をつないでいるのは細い陸地だ。
もう、視界のすぐそばに広々と横たわっている大地はチーナなのである。
丘の頂上はちょっとした要塞になっているようで、ひっくりかえった形の巨大な大砲も残っている。
「ここはかつて
たしかにここからなら港と町全部が大砲の射程距離に入るだろう。
「実はここにポルトガル式の要塞と砲台を築くべきだって話が出ていましてね。それがカピタン・モールや軍人、商人から出た話ならばわかるのですが、実はイエズス会の内部からの話でしてね、そういったことを聖職者の身で発案するものがいるってことで、
思いがけないところでヴァリニャーノ師の名前が出たので、私は思わず景色から司教の横顔に視線を移した。
「私としては、計画中の大聖堂が完成したならば、ここにも小さい礼拝堂を建てようと思っています」
それが妥当だろうと、私は思った。
「司教様のおっしゃる通りですし、
「
司教も困ったような顔つきをされていた。司教は「意見の対立」と言っただけでその詳しいことは語らなかったが、私が日本へ行けばいずれこの問題に自分も巻き込まれるのかなと、この時ふと思った。
「イエズス会は教皇様の尖兵といわれていますし、軍隊式の規律が特徴と考えている人も多いですね。だから、内部からもこういった軍事面にかかわろうとする人が出てくるのでしょうか?」
「ま、
そう言って、司教は笑った。そしてすぐに、真顔に戻って私を見た。
「教皇様の尖兵というのは、教皇様がキリストの後継者として福音を全世界に述べ伝える、そのための
そしてまた、司教はにっこりとほほ笑む。やはりこの方はすごい人なのだと、私は再度認識した。司教は遠くを見ながら、まだ話を続けていた。
「軍隊といって語弊があるのなら、騎士と考えればいい。
「ええ。その話は伺っています」
「それから十二年の後の聖母マリア被昇天の日にに、聖職者となった
私は大きくうなずいた。その司教の言葉は司教としてではなく、同じイエズス会の会士の先輩の言葉として、私の胸に刻み込まれたのである。
私は
同時にルッジェーリ師はチーナの言葉を学んでいた。
私の日本語学習は、まずはローマの文字で日本語を書き表したものを使っての勉強だったが、とにかく言語体系が全く違うので驚いた。リスボンにてポルトガル語を学んだときは短い時間であっという間に習得してしまったが、今度ばかりはそういうわけにもいかないようだ。
ルッジェーリ師が学んでいるチーナの言葉の方が、まだエウローパ諸国の言語と同じ言語体系のようだ。
だが少しずつでも日本語の単語を覚えていくうちに、私がローマを離れる時からずっと思っていた日本という国についての感覚がかなり近いものになっていった。言葉を知らない間は、その国のことを理解できたとはいえないと思っていた。
まずは初めて私が外国の文化を目撃したモサンビーキでは、その違いに対しただ呆然とした。文化水準が違うし、第一まっ黒な顔の住民には度肝を抜かれたものだった。
その次のゴアやマラッカではポルトガル人居住区の中でほとんどの時間を費やしていたので、異文化とあまり接する機会はなった。城壁の外は知らないが、少なくとも城壁の中はポルトガルそのものだった。
だが、今度のマカオはポルトガル人だけの居住区はなく、この国の庶民たちとほとんど一緒に生活をしている。日本でもおそらくそうだろうと思う。
途中で一時は自分たちとは違う未開の文化に驚き、自分たちの文化に浸って滞在してきた私だが、ここでは我われとは異質だが高い文化水準に驚いている。
この流れでいけば、日本はポルトガルからはさらに遠くなるだけにどんどん未開の土地となっていくどころか、逆に文明が栄えている可能性が大きいと、この時私は思っていた。
事実、すでに出発前から私が読んでいた『
では日本は、やはり高度な文明が流れているのか、それともいかにも最果ての国という感じの野蛮な国なのか……いずれにせよもここまで来れば日本に来たも同然、正確な日本に対する情報は日本に行くにしかず。そうなると楽しみでもあり緊張でもあった。
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