第10章


「どうしてそういう無茶苦茶をするかね。僕には信じられないよ」

「でもなかなかにスリリングで興奮したぜ。久しぶりに骨のある異常っぷりを食えたぞ」

「まぁ、それはそれでいいんだけどさぁ。さすがに派手にやりすぎだ、いろいろと。倫理的に問題があると僕は思うんだよね」

「お前が倫理とかいうんじゃねぇよ、胸糞が悪くなる。いいから黙ってトオルの予想を聞かせろよ」

「まったく、性急な奴だ」

 愚痴ってから一口煙草を吸う。

 結局の所、僕には禁煙は向いておらず高校生の時分から良くはないのだろうと思いながらも結局買ってしまって結局例の如く草子と食後を利用し屋上でたむろしていた。

 結局結局と、言い訳で自分を諭しているのは分かるんだけど、やっぱりどうしようもなく中毒だった。

 隣で上機嫌に咥えタバコをしている草子を一瞥する。

 昨日今日で制服に予備がなく、緑色のだいぶ大き目のジャージを着ている。高校に入ってから身長が伸びると想定して買ったのだろうけど無駄だった様で、袖裾にはかなりのゆとりがあり、その余った袖をぶんぶんと振り回しながら、熱っぽく昨夜の話をするのだから、妙に子供っぽく見えて少し微笑ましかった。

「一応、その前に確認だけど。聞いた話だとガス爆発に直撃したのか? 頑丈に出来ているのは前々から知っているつもりだったけど、ちょっと引くレベルだな。一回うちの病院で精密検査を受けに来ないか。どういう結果が出るのか個人的に気になるね」

「オレが病院嫌いって知ってて言ってるんだろトオル」

「ばれたか」

 呆れたような苦いような微妙な表情で草子に睨まれた。

「はっきり言うと、さすがに逃げたさ。あんなもんに小脇で爆発されたら内臓ふっ飛んで死ぬだろ普通。だから、爆発する寸前に炎を目くらましにして川へ飛び込んだ。あとは話した通りひっ捕まえて異常を食ってやった」

 そのタイミングはコンマ一秒もないと思うが、口にするのを止めておいた。したらしたで草子がさらに調子付くだけだろうし。

「なる、ほど、ね。まぁ、予想って程のモノはないよ。だって報道されているように雑居ビル爆発事故だからね。事件ではなくあくまで事故だよ事故。人が死んでいないのと、目撃者がいないので、警察も調べようがないからそういう顛末になっている。そこから先の動機については本人から聞くといい。僕なりの結論はあるけど、そんなの聞いても無意味じゃないか」

 不満そうな草子だったが、言い終えた途端、タイミングを見計らったかのように屋上の扉が開いたので、二人してタバコを揉み消した。

 息を潜めて訪問者の足音に耳をすます。やっぱりというべきか、予想通りというべきか、迷わずこちらへと向かって来た。そして、僕と草子を見るとギョッとする。

「やぁ、紅村さん。やっぱり草子と同じでジャージだね。午前中はいなかったけど、学校にもう出てきて平気かい? あ、髪の毛ショートにしたんだね。その方が素敵だと思うよ」

 現れた人物、紅村明里に座ったまま柔和な笑顔を作り軽く頭を下げる。彼女は、ここに僕と草子が居る事を予期していなかったようで、なんとも形容しがたい難しい顔をしたが、しばらくすると一応ぺこっと頭を下げて挨拶してくれた。

「あたし、やっぱり真野君の事、嫌いだわ」

「それはどうも。おそらく一人になれる場所を探して屋上に来たのだろうけど、残念だったね。生憎とここは僕らの溜まり場なんだ。まぁ、せっかくだ。草子から話を聞いた所だから、良ければ君の経緯も話してはくれないかい?」

「そうね。いろいろ言いたい事もあったし」

「いろいろ?」

「真野君に、じゃなくそっちのちっこい方に、よ!」

 に、を妙に強調して紅村さんは僕の前を通り過ぎると草子の前に仁王立った。両手を脇腹に据え胸を張る。どうやら、というか、言うまでもなく怒っている様子である。

「アンタ、草子とか言ったわね。まずあたしに謝んなさい」

 その強気な態度に草子は食って掛かる、と思ったけれど意外な事にしゅんと縮こまった。いつもの偉ぶったオーラが消えて気持ちが悪いくらいに草子らしからぬ申し訳なさを全身から放っていた。

「………………」

 もごもごと紅村さんから目を逸らして煮え切らない調子で呟く草子。

「全然聞こえないわ、もう一度ちゃんと言って」

「………ごめん」

 紅村さん、空かさずそこに、ビンタを一発。パチンと乾いた音が気持ち良いほど肌寒い屋上に響く。無理もない、紅村さんの立場を考えれば当然の対応である。

「痛くて痛くて、怖くて、でも逃げれなくて、痛くて……」

 草子の襟を掴んで強引に立たせると、振りぬいた手でさらにビンタをもう一発。避けも防ぎもしないで草子はそれを素直に受け止めた。

「怖くて……心細くて……ずっと、ずっと喋りたくて、でもみんな燃えちゃって……アタシ、他にどうする事もできなくて…………諦めなくちゃってわかってて、なのに、アンタは今更……」

 自問するようにぽつぽつと区切っては泣き出し、空気が抜けた風船のようによろよろとその場に膝を付く。

「…………知るかよ、そんなの。好き勝手しようがお前の自由じゃねぇか。どの道、オレもお前も普通じゃねぇんだから」

 襟を力なく握る細い指が離れると草子は元の位置に胡坐をかいて座る。

「二週間ぐらい前に、似たような事を言われたわ。だからアタシはあの子たちをアタシのやり方で可愛がろうって思ったのよ。でも、その間もずっと辛くて。結局みんな死んじゃって、わかってたのに……」

「あの子たち?」

 草子の疑問に「焼き殺してきた動物の事だよ」と僕が答えると紅村さんの潤んだ瞳に睨まれた。なぜだろう、事実を言っただけなのに。

 その後、彼女が落ち着いてから話を聞くと、昔は普通に言葉を発する事できたのだと言う。変化が現れたのは、中学校入学を控えた春休み。最初はごく稀にノートや教科書が燃える程度だった。それが一学年上がる頃には吐息ですら火が点くようになり、まったく人と会話ができなくなったらしい。いや、できたかもしれないが、その場合は相手の命の保証がないだろう。前の席にそれほどの人がいて、今まで寡黙を守り通してくれた事に少しばかり頭が下がる。両親は最初、いじめを疑ったらしい。文房具が頻繁に無くなり、徐々に娘の口数が減っていけば確かにそう思う。結局、紅村さんは両親に相談できなかった。もし、言葉を話すだけで物が燃えだす、なんて事を口にしたら頭が狂ったと思われて病院かどこか変な施設に連れて行かれるかもしれないと危惧したからだ。実際はどうあれ、利用価値があると思う科学者や研究者はこの世に沢山いる。秘密裏に非人道的実験をされてもおかしくはないだろう。救いがあったとすれば、最低限度のコミュニケーションはメールや伝言版などを利用し、書いて補えたという事だろう、僕と公園でしたように。

「だから、アタシに残された道は黙る事しかなかった。そして人と一切喋らないで生き抜く。そう、いつも自分に言い聞かせてたわ」

「でも、草子がそれを直してくれた、と?」

 結論を付け足すとまた睨まれた。

「草子君、ピンタの事は謝らないわよ。アナタがアタシにした事に比べればまだ足りないくらい。でも特別に帳消しにしてあげる。今こうして会話できるのも君のおかげだから」

「別に、いいよ。オレはお礼言われるような事なんかなんもしてねぇし。それにオレから言わせればお前の生き方が間違ってんだよ。さっきも言ったけど、いちいち変に考えなくてもいいんだよ。相手がどうこうとか、言ったらどうなるとか、そんなの好き勝手にすればいいんだよ。それを気にいらねぇって言う奴らがいればソイツらが勝手にルールやらを作って自分たちだけで守ればいい。だけれど、押し付けるな。お前らが自分のルールで生きるんなら、オレも自分のルールで生きるだけだ。だから、その他は関係ねぇし考える必要もねぇ。もし、ルールを押しつけてくる奴らがいるならばソイツらのルールをオレは全力で潰す。それだけの事なんだよ」

「出来るか分かんないけど参考にしてみるわ」

「おう! そうしろや」

 自慢げに威張る草子を、紅村さんは少し寂しそうな目をしながら笑った。

 僕は、どうしても解せない疑問が一つだけあった。

 それは、最初に紅村明里に「好きに生きろ」と教えた何某である。彼女によると、どこで出会ったかも不確かで、また名前も聞いていないと言う。そしてその何某は、彼女の言葉を聞いても発火しなかったらしい。無論、草子や紅村明里のような異常者の類である事に間違いはないが、なにより、なぜ、そこに居れたのかという事が僕は一番気がかりだった。

 少なくとも二週間前に僕が視た未来視では紅村明里はここで僕らと会話をしていなかったし、事件など何一つ起こる予兆はなかった。それからしばらくしてだ、こういう現在に変更していったのは。目的や狙いも含めて何某の存在そのものが全く分からない。ひょっとしたら紅村明里に話かけたのは何かの偶然で、その結果として今があるのではないだろうか、とそんな気がする。

 だけれどしかし、僕が今もっとも危惧しなければいけない事は別にあった。

「草子、ジャージの裾、燃えているよ」

「え? ええええぇ! おぁあっち! テメェそういうい事はもっと早く言えよ! このバカ! 水、水は!」

「ああああ! ごめんなさい! ごめんなさい! ていうか治ってたはずなのに、治してもらったはずなのに! どうして!」

「とりあえず、タバコに火を点けたいんだ、止まってくれると非常に助かる」

「オレは人間マッチじゃねぇぞ、ゴラァァ!」

「水! 水あったわ!」

「紅村さん、それ貯水槽」

「それでも水には変わりないでしょ!」

「なんでもいいから早くよこせ!」

「ちょっと落ち着けって君らは……」

 大きな赤いバルブを捻ると巨大な蛇口から大量の水が噴き出した。あまりの量に慌ててバルブを閉めるが時すでに遅し。僕と草子はもはや取り返しのつかないほどずぶ濡れになってしまった。

 湿気たタバコを咥えながら思う。何某の気まぐれかは知らないが、退屈はしなさそうだ、と。脳内に浮かぶ映像は確かに慌ただしくも、楽しい毎日だった。

「こらーーー! 誰だ屋上で遊んでいるのは!」

「やっべ生徒指導だ。みんな逃げろ」

 ちなみに、僕が未来視を出来る事は草子に話していない。どういうわけか、未来の僕はそれを一生涯秘密にしていた。まぁ、今のままでも、いや、今のままが十分なのかもしれない。



 # Fine story

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