第二話 魔王の仮拠点

魔王は、魔王軍侵略対策砦シュタルクの医療室のベッドの上で目を覚ました。


「ん……ん〜……いっ………あれ……此処は何処だ……?」


魔王が目を覚ますのに気が付いた白衣をきた医療部の人間は、外に向かって大声で軍師を呼んだ。


「デリゲンさん! 例の彼が目を覚ましました!!」

「そうか! 今行く!」


魔王が完全に目を覚ましていない所で、デリゲンという男の軍師は、駆け足で医療室に入り、大声で魔王に声を掛ける。


「生きていたか! 良かった……我々が誰か分かるかね……?」


魔王は暫く寝ぼけた目で目を開けたり閉じたりする。そして漸く目をはっと飛び起き、ベッドの上に立ちながら、自分が魔王である事を堂々と言い放った。


「はっ! ククク……人間よ……良くもやってくれたな……我は魔王! この世を再び征服する為に再臨した魔王よ!!」


が、先程の火球による攻撃で服が燃え尽き、現在は青白い病衣を着た魔王に最早魔王の威厳は一切感じられない。


自分は魔王であるという事聞いた軍師は、少しにやついた顔で言った。


「はっはっは……ご冗談を。貴方は確かに魔族の領地から来ましたが……魔族の領地を調査していた方でしょう? さらにあの時に感じていたオーラは恐らく……他の魔族を退かせる為の魔力を使ったオーラ。我々はその見た目とオーラに騙され、酷い攻撃をしてしまった……済まない……それで、我々の事は勿論、ご存知ですよね?」


魔王は戸惑いを隠せない。何故人間達は、自分の姿を見て恐れ慄かないのかと……。


「いや、知らん。人間共の事なんて魔王である俺が知っている訳が無かろう……」


魔王の落ち着いた様子を見たデリゲンは、何かを察したかの様に驚く。


「まさか……あまりの衝撃で記憶喪失か……? あぁ……なんて事だ……やりすぎてしまったか……」

「だから! 俺は魔王だっつーの!! 良い加減目の前の偉大なる存在に平伏せえ!!」


そんな魔王と軍師デリゲンがすれ違っていると、医療知の外、砦の魔族領地側でカランカランと鐘の音が鳴り響き、一人警備兵が驚いた顔で医療室に入ってきた。


「デリゲンさん! 魔族領地調査隊のゼクテスさんが今帰ってきました!!」

「なに!? という事は……此奴は……」

「だから魔王つってんだろ……」


当たり前のように帰ってきた魔族の領地を調査しに行っていたゼクテスは何事かと医療室に入り、魔王と目が合う。


「あのー……何事ですかな?」

「いやー……ゼクテスさんお疲れ様です。ははは……どうやら我々は魔王とゼクテスさんを間違えたようで……いまこちらにいるのは、魔王と思われる者です……」


魔王とゼクテスは暫く沈黙しお互いを見つめると……先にゼクテスが大声を上げた。


「えええええええ!!!??」

「黙れ人間。我は魔王よ。気安く俺に話しかけるな……」


魔王は、下は真っ裸の身体の上に病衣を着ながら腕と脚を組み、どうにか威厳を保とうと、ゼクテスを見下す。


「いやーなんと言いましょうか……意外と魔王って普通なんですな! わっはっはっは!」

「良い加減にしろよおっさん? 目の前にいんのは魔王なんだぜぇ? ビビらねえってすげぇ肝が座ってんなぁ? おい」


魔王はゼクテスを睨みながら挑発するが、全く通用する事もなく、軍師のデリゲンが会話の間に入ってくる。


「まぁまぁ……貴方はとりあえず魔王と言うことにして置きましょう。という訳で貴方の服を燃やした事を詫びて新しい服を用意してあります。もし、貴方が本当に魔王なら、堂々とこちらの領地に近づいたのは訳があるのでしょう? 着替えてから、私の執務室に来て下さい。ゆっくり話をしましょう」


魔王は如何にも不機嫌そうな顔をして、ベッドから降り、新しい服貰って直ぐに着替える。


そうして医療室を出て、魔王にとって何故か久しぶりな朝日を浴びると、魔王は、これから見張りの任務に戻ろうとする警備兵に話しかける。


「ッ……なんて陽だ……。なぁ、俺ってどんだけ眠ってたの?」

「はい。貴方を撃破してから、医療室から目覚めの知らせが来るまで、大体二時間くらいですね。もう昼ですよ。あっと、デリゲンさんがいる建物は、そこの広場を真っ直ぐ進んだ先に見える三階建てのレンガ作りの建物です」

「随分と親切だなぁ……? お前、俺に止め刺そうとしてたろ……」


魔王は覚えていた。魔王は人間にボコボコにされた後、まだ意識が残っていた為、警備兵の声で自分に最後止めを刺そうとしていた警備兵だと特定した。


特定された警備兵はそれを聞いて突然態度が豹変する。


「なぁんだ覚えてんのかよ。あん時てめぇ殺し損ねてまじでがっかりしたわぁ……てめぇをぶっ殺せば……こんなクソみてぇな警備兵の下っ端から出世出来たってのによ……二度とその面見せんじゃねぇ。てめぇがなに考えてんのか知らねぇけど……なんの交渉にも俺たち人間は聞く耳は持たねえからな……」


警備兵は魔王に向けて胆を吐き捨て、任務に戻っていく。


魔王は警備兵の表と裏の顔を知り、人間という生き物に対する考えを改める。


「人間って良く考えてんだなぁ……いっつも魔族の事をぶっ殺すだけの殺戮者だと思ってたけど……いやーあんな下っ端も自分の生き方を見出してるとはねぇ……いやー驚いた……」


魔王はふうと一つ息を吐くと、街の中央広場に行き、魔族領地側を南として、反対側の北に見えるデリゲンの館を目指す。


シュタルクの中央広場には地下水を汲み上げて簡単に作られた簡易噴水があり、デリゲンの館を北に。東にプレハブで作られた簡易住宅地、西にレンガで固められた各部隊の詰所、南に魔族領地側出口がある。人間領地側出口は、北のデリゲンの館の後ろ隠れるように作られている。


魔王は、デリゲンの館に向かう途中、此処を第一拠点として定めた。此処を交渉で拠点にして仕舞えば大きな戦力となると考えた。


そうして魔王はデリゲンの館前に着く。すると、館の前に立っていた白髪を生やしてタキシードを着た老人の様な使い人が魔王を迎える。


あまりの丁寧さに魔王は、戸惑った様な声で返事をする。


「魔王様ですね? 二階の執務室でデリゲン様がお待ちしております。どうぞお入り下さい」

「お、おう……」


魔王は、使い人に案内されながら、二階の執務室前に行き、使い人は扉を静かにノックする。


「デリゲン様、魔王様をお連れ致しました」

「入れなさい」


すると使い人は扉をゆっくり開き、魔王に中へ入れと手を添える。


魔王が執務室に入ると、デリゲンはアンティークな本棚に挟まれた部屋で、ゆったりと椅子に触り、優雅に紅茶を机の上に置きながら飲んでいた。


その雰囲気は先程の軍師として顔では無い。正にこの街のトップの様な雰囲気を醸し出していた。


「さぁ、座りなさい」

「あぁ……」


魔王はデリゲンの言われるまま、デリゲンに向かい合う椅子に座る。


「魔王よ、ようこそ私の管轄している街。シュタルクへ……改めて自己紹介しよう。私はデリゲン・グロース……此処の砦の軍師をやりながら町長でもある……」


名前:デリゲン・グロース

性別:男

年齢:68歳

身長:175cm

体重:62kg

人物:魔王軍侵略対策砦シュタルクの軍師でありながらシュタルクを管轄する町長。軍師の際は部隊に適切な判断を下し、町長の時は、人々の悩みを聞く優しいお爺さんになる。


「では、本題に入ろう……魔王よ、部下も連れずに一人で何をしに来たんだ?」

「単刀直入に言おう。俺はこの街で、魔王軍の第一拠点とし、協力関係を結びたいんだ……」


デリゲンは、魔王の突飛過ぎる話に驚いた顔をしながら大笑いする。


「なんだって!? はっはっはっは!! 人間と魔族が昔から相容れない事は知っているだろう? なのに我々が魔族と協力する訳が無かろう!」


しかし魔王はそんなに大笑いされても表情は戸惑う事なく変わらなかった。


「そこは問題ない。いずれ、此処は俺の拠点になる。なに、攻撃する気なんて更々無いよ。最初から協力関係は築かなくとも、交易ぐらいできるでしょ。大丈夫さ、受け取るを得ない物をガンガン送ってやるよ……」


魔王は人間と協力関係を結ぶ前段階としてあえて下手に周り、人間に必要なものを送って支援すると約束した。


が、変わらず人間と魔族の関係は悪く、まだ完全な協力関係とは言えない。人間が魔族に対して何を送って来るのか……魔王は、内心ワクワクしていた……。


「なるほど? あくまでお前ら魔族は下手に回るとでも言いたいのか……ふん。まぁ、良いだろう。ただ交易と言っても我々がそちらにそれ相応の対価を支払うとも限らんがな……」


こうして仮ではあるが、魔王はこの街を第一の仮拠点と定めた。


───────────────────────────


この世界【ヴェルフェン】の魔族と人間の関係は大昔から悪く、実は元々人間側が先に起こした戦争でもある。人間は同種族と意思疎通可能な種族に対しては今回のような魔王の前段階を踏む必要もなく基本友好的だが、人間はその昔から、得体の知れない『恐ろしい』と感じる物を自然と敵視する傾向がある。


故に、元は魔族と人間は対立関係は無く、何時もお互いの事を触れない中立関係だった。しかし、異形で異質の存在である魔族を人間が恐れる様になってから、その関係は一気に険悪化する。


そうして、人間の一人が魔族の領地追放を叫んだ。得体の知れない存在、不安因子をいつまでも近くに置いて行けないと。他の人間達はそれに同意し、遂にその時から魔族と人間の対立。戦争が始まった。


勿論その時から存在していた魔族の王、魔王は、人間の意思は到底理解出来ず、何とか攻撃を止める様人間を説得したが、聞く耳持たず。最初の戦争は魔族が人間に虐殺されると言う悲惨な過去があった。


それから魔族は人間を完全なる敵と認識し、人間との関係は最悪に陥る。人間を恨む様になった魔族は人間への復讐の為に。魔王は愚かな人間共も征服する為に。人間が撒いた火種は魔族の憎悪を年々と膨らませて行き、遂に魔族の勢力が人間を上回った時、魔族は魔王軍を結成。


魔王軍は復讐の為に、全ての人種の人間を服従、蹂躙し、人間は一度完全にまで魔族の手に落ちた。魔王はこれを置きに、人間の誤ちを正そうと徐々に人間を開放していき、元の中立関係に戻そう考えていたが、人間達は魔族に対して如何なる感情を持っているのか。これで懲りる事は無かった。


魔王が全ての人間を解放し、関係の改善を人間に伝えようととした瞬間、人間達はこの時に、【聖王国セレクリッド】を建国。どうやら人間達にとって魔族への服従はかなりのプライドが傷つけられたのか、次こそ絶対に魔族に負けまいと、魔王を打ち倒すべく、そのセレクリッドで【勇者】の育成を開始した。


人間達のプライドによって育成された勇者の力は絶大で、たった一人の勇者に対しても魔族は次々と命を落とした。それでも諦めきれない魔王は再度、人間の道を正そうと自ら前に出るが、勇者の力は既に魔王の力を凌駕しており、そこで初代魔王は一人の勇者に打ち倒された。


そして魔王の人間と魔族の関係を戻そうとする意思は、代々と受け継がれ、現在の六代目へと受け継がれている。未だにその意思は人間勢力が日に日に力を付けて行くばかりで、一度も叶えられた事はない……。

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