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ユウジはイヤホンを乱暴に外すと、イスの背もたれに深くよりかかり、天井を見上げて大きくため息を吐き出した。すると唐突にケンが言った。
「ヤマシタさんっていう人、だいぶ機嫌が悪かったみたいだね」
ユウジはビクッとして身を起こした。
「なんだ、おまえ、聞こえてたのか?」
「全部は聞こえなかったけど。怒鳴り声みたいな大きな声だったから」
「まぁな…。いつもうるさいだろうからと思って今日は珍しくイヤホンしてみたんだけど、そんなに音漏れしてたならまったく意味なかったな」
「大変そうだね。パパの仕事って」
「そうそう!わかってくれる?仕事って大変なんだよ。パパに限らずだけどさ。いろんな人と一緒にやることだからさ。必ずしもいつも仲良くってわけにもいかないしな。特に今はみんな家に閉じこもってストレスが溜まってるんだよ」
「わかる。ボクも友だちとケンカすることあるから」
「そうか、わかるか。でもケン、新しいクラスになってからほとんど学校行ってないよな?友だちとかいるのか?」
「いるよ。いっぱい」
「そうなの?特に仲のいい子とかいる?」
「いるよ。一人」
「誰?なんて子?」
「サトルくん」
「ふ〜ん、サトルくんね」
名前を聞いたところでユウジにはあまり意味はなかった。
「一年生のときも同じクラスだったから。でもそのときは知らなかったけど」
「なんで仲いいの?なんでってこともないかもしれないけど」
「パソコンでいつも連絡とりあってるんだ」
「あ、この前あげた古いパソコン?使ってるんだ」
「使ってる。簡単。意外と」
「へ〜、やるね。パソコンでなにするの?」
「チャット。ビデオチャットとか」
「チャット!すごいじゃん。やっぱり時代が違うな〜。チャットなんてパパだって最近だよ。使いはじめたの」
「みんなやってるし」
「チャットでなに話すの?しかもビデオチャット?」
「う〜ん、まぁ、いろいろ。なんでも」
「まぁそうだろうな。いろいろだろうな。そりゃそうだ」
ユウジはコーヒーを口にした。ケンは借りてきた猫のようにちょこんと座ったまま話を続けた。
「チャットでよくやるのはね?ビデオ会議」
「会議?おまえが?」
「うん、まぁ…『会議ごっこ』。パパのマネしてるんだ。サトルくんと二人だけど。いろんな報告をする。どの案件がどこまで進んで、もう少しで話がまとまりそうとか。パパの会議でいつもみんなが言ってるような感じ」
ユウジはなんとなくいい感じがしなかった。少し眉をひそめてケンを見つめた。しかし小学生がふざけてるに過ぎないと、それ以上深くは考えることはなかった。
「サトルくんはそんな会議ごっこなんかして楽しいの?」
「うん、好きみたい」
「でもパパが普段話してるようなこと、サトルくんが聞いたってピンとこないんじゃないかな…」
ケンは少し黙っていた。なにか話したいことを自分の中で整理しているように見えた。
外は雨が降り出していた。ユウジは加熱式タバコを何回かふかし、コーヒーを飲んだ。ケンは子供ならではのキラキラした瞳を輝かせ、彼なりに次の言葉を探しているようだった。やがてケンは思い出したように話しはじめた。
「あ、そうそう!この前ビデオチャットしてたらね?サトルくんの後ろの物陰に人がいたんだよ。よく見ないとわからなかったんだけど。大人の男の人でさ。サトルくんに『だれ?』ってきいたら、サトルくんのパパだったんだ。それまでぜんぜん気がつかなかったんだけど、ボクとサトルくんのビデオ会議をいつも見てたみたい。ボクたちの会議ごっこがすごくじょうずだって、褒めてくれた。特にボクの報告がうまいって。それでね?一番おもしろいのはね?サトルくんのパパはさ、パパと同じ『フドウサン』の仕事なんだって!サトルくんもボクも『いっしょだね!』って、うれしくなっちゃてさ。うん?なに?サトルくんのパパの会社?えーっと…、なんだったっけ…。たしか…、あ、そうそう『アール社』って言ってた」
(了)
媒介 今居一彦 @kazuhiko
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