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 「まあまあ、いろいろありますけど、そろそろ本題に入りましょうか」

 タナカはタイミングを見計らって話を切り替えた。

 「とはいえ、先週は役員会も休みだったので、こちらからは新しい共有事項はないんですよ。なので、どなたかトピックスある人はいませんか?」

 とくに誰も名乗りを上げないのを確認すると営業部長のヤマシタが話を切り出した。

 「実は最近、まとまりかけてた商談が直前でひっくり返される案件が続いています」

 「たしかに確度の高かった案件が軒並み失注になってますね」

 タナカがあいづちをいれた。 

 「持っていったのは全部アール社。どの案件も全部同じパターンです。うちが全部一から要件を取りまとめて、価格を提示して、いざ最終段階になったら、突然アール社がひょっこり現れて、うちの価格をわずかにくぐって話を決めちゃうんです」

 「それは最悪のパターンですね」

 「顧客も昔ほど羽ぶりがいいわけじゃない。だからうちだっていつもギリギリの利益で提案してるんだ。それでもほんのわずか、ほんのわずかにアール社は安い価格を出してくる。しかも提案内容は同じ」

 「もしかしたらうちは顧客にいいように使われてるんじゃないですか?提案をまとめるのは明らかにうちの方が上です。だからそこだけやらせて、あとは同じ内容でアール社にやらせる、とか」

 「そんなバカなことはない!」

 営業部長のヤマシタはけしきばんだ。

 「どの顧客とも長いつき合いだ。長い時間をかけて信頼関係を築いてきている。そんなことをするはずがない」

 「だといいんですけど。でも顧客だって、同じ提案内容だったら安い方にしないわけにはいかないですよね…。うちにしたくてもできないってこともなきにしもあらずですよ。スズキさんどう思います?競合としてはアール社はどうなんですか?」

 「アール社はもともとあまり価格勝負をしかけてくるところではないですね。だから今回の話はちょっと意外です…。ヤマシタさんも同じ認識ですよね?」

 「たしかにそうです。お互いいつも正々堂々、真向勝負ですからね。だから変な話、どこからか商談内容が漏れてるんじゃないか。そう思わざるをえない状況なんですよ」

 「情報漏洩ってことですか?」

 タナカはあり得ない話だと言わんばかりの反応をした。そしてそれを裏づけるためにIT担当に話を振った。

 「セキュリティオフィスのモリタニさん。その可能性はありますか?」

 「いや、今のところハッキングされた等の形跡はないですね。まぁタナカさんもよくご存知かと思いますが、我が社はセキュリティ対策にはかなりの予算をつぎ込んでます。今のところ万全としか言いようがありません」

 「昔のあの事件があったからな。派遣社員が機密データを持ち出したやつ」

 ヤマシタはあからさまに皮肉を込めて言った。

 「当時も同じように『万全だ』って言ってましたよね」

 「もうそれは何年も前の話です!今はもう最新のセキュリティソフト、運用監視システムを導入している!ネズミ一匹だって入り込めやしない!」

 「ネズミ一匹って…。やけに古くさい言い回しだなぁ。ITの責任者がそんな時代錯誤な人間で大丈夫なのか?」

 ヤマシタはそんな無理筋な言いがかりをかざしてまで、モリタニを執拗に口撃した。その情報漏洩事件の当時、信用ががた落ちして、お得意様に頭を下げてまわったのはヤマシタだった。今でも根にもっていたのだ。

 タナカは険悪な雰囲気をなだめようと試みた。

 「まあたしかにモリタニさんの言う通り、あの時と今では予算のかけ方がまったく違います。うちは今では国内でもトップクラスのセキュリティ対策をとっている企業としてもっぱらの評判ですからね」

 それでもまだヤマシタは虫のいどころが悪いようだった。

 「それなら他になにがあるっていうんですか?まさかこの中にスパイでもいて、裏でアール社と繋がっているとか?誰かが仲介してるんじゃないか?」

 「な、なにを言ってるんですか!そんなことあるわけないじゃないですか!」

 タナカはなだめるどころか、自分でも火がつきかかっていた。

 「そんなこと言ったらヤマシタさん、あなただって同じですよ?そもそもあなたが最前線で動いてるんだ。なんかしようと思ったら一番できる状況にあるのはあなたですよ!」

 「なにを!オレはこの道三十年だぞ!この会社に骨をうずめるつもりだ!表に出るか、こら!」

 「出れませんよ、ロックダウンなんですから」

 ヤマシタは昔から荒々しいタイプだった。近年のコンプライアンス強化によってすっかり影を潜めていたが、昔は「鬼のヤマシタ」と呼ばれていたこともあった。もはやみな忘れかけていたぐらいだったが、奇しくもあらためて再認識した結果となった。

 「だったら『踏み絵』でもするか?社長の顔でも、会社の看板でもいい!」

 「またそんなナンセンスなことを…」

 タナカはさすがにつき合いきれなくなってきた。

 「オレは覚えてるぞ、タナカ!昔、みんなで飲みに行ったとき、スマホで社長の顔写真に落書きしてたよな!鼻毛とか耳毛とか書いたり、眉毛をつなげたりして、大笑いしてたじゃないか!あのときからオレはなんかオマエはあやしいと思ってたんだ」

 「いつの話してるんですか…。そもそもあれはヤマシタさんがやれって強要したんじゃないですかっ!やらなきゃ今すぐ窓から突き落とすって!今の時代なら完全にパワハラですよ」

 「そんなことは知らん!まったく…」

 そう言うやいなやヤマシタは突然ミーティングから退室した。

 「あれ…?接続が切れたんですかね…」

 タナカはボソッとつぶやいた。そしてしばらく無音が続いた。もう一度ヤマシタがつなぎ直してくるかと待ってはいたが、途中で見切りをつけるとタナカは言った。

 「まったく…、とんだミーティングになりましたね…。今日は終わりましょうか」

 ユウジは同調してつけ加えた。

 「そうですね…。でも、とにかく最近のアール社の動きはたしかに何かある。私の方でもできる限り情報を探ってみますよ」

 「スズキさん、ありがとうございます」

 その朝のミーティングは一旦そこで終了した。

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