第十四話 深い闇を抜けて-3

「ああ、ストアさんからよーく聞いてるぜ。助手志望の嬢ちゃんだよなぁ。よし、早速だがお手伝いをお願いするか」


 カナはストアの指示通り、村の近くにある洞窟を利用して研究を行っているという彼の同業者の元へと行くと、しばらくの間その「研究」の手伝いをしていた。と言っても、よく分からない器具を運んだり、内部の灯りを絶やさないように見張ったりする位の簡単なものである。


 ストアの同業者だという男たちは、その荒くれた見た目に違わぬ下品で乱暴な性格をしていたが、カナに対して酷いことをすることはなかった。カナも内心では気が乗らなかったが、辛抱して彼らの仕事を手伝った。


 そんなことをして三日程が過ぎた時の事であった。


「カナ! 無事だったの!?」


「……え!?」


 突然、カナもよく知る村娘の一人が、後ろ手を縛られて洞窟へと連れてこられた。カナは動揺して、他の男たちに詰め寄る。


「どういうこと! 私以外の子は連れてこないんじゃなかったの? それもこんな乱暴に!」


「おいおい、嬢ちゃん。俺に聞かんでくれ。これは全部ストアさんの指示なんだ」


「そんなはずないでしょ! とにかくその子を離してよ!」


 全く話が通じないので、無理やりにその娘を連れている男の手を掴み、解放させようとした。すると、そんなカナの背後から聞き覚えのある声が聞こえてくる。


「カナちゃん、そんな大声を出してどうしたの?」


 見れば、森を抜けてきたストアが、いつもの穏やかな笑みを浮かべてそこに立っていた。カナは抗議するように彼に向かって言う。


「ストアさん! この人たちがこの子を勝手に……!」


 怯えた目をした村娘は、一心にカナを見つめている。ストアはそれを見て、首を振りながらカナを宥めた。


「ああ、それはね。私がお願いしたんだよ」


「そんな! どうして? 実験は終わってないの?」


「うん、そうなんだ。だからその子にも是非、この研究のお手伝いをして頂きたくてね」


「お手伝いって……」


「なに、ちょっとしたことだよ。カナちゃん、君も今は立派な研究者なんだ。実験の大切さは理解できるだろう?」


 優しい口調でストアはそう語りかけてくる。カナは一抹の不安を覚えたが、自分がストアの誘いに乗り、この状況を生み出す一助を担ってしまっている以上、彼の言葉に逆らうことは出来なかった。


「カナ、この人たちと知り合いなの?」


 目の前の少女が、怯えたような声音で問いかけてくる。カナはただ、その子を抱き寄せて頭を擦ると、安心させるために言い聞かせた。


「大丈夫。私を信じて、ちょっとだけ大人しくしていれば大丈夫だから」



 -☆-☆-☆-☆-☆-


 カナは知らなかった。ストアの言う「実験」という言葉の意味を。だからこそ、その本意を垣間見た時、激しく動揺したのだ。


「ち、ちょっと待ってよ、ストアさん! それってどういう……」


 一人目の娘がやってきてから、更に三日が過ぎた頃。村からはもう一人の娘が連れて来られた。カナも流石におかしいと思っていたが、そこへ再びストアが顔をみせると……。


「んん? そのまんまの意味だよ、この子達を使って実験を行う。言っただろう? 協力していただくって」


 ストアは他の男たちに命令を出すと、二人の少女を洞窟の中に仮設された作業室へと連れ出した。そこには、カナがこれまでに運んできた作業台や種々の作業器具が並んでいる。特に箱詰めにされていた器具の内容は、メスや鋏、縫い糸といった手術器具のようなものから、ノコギリ、ドリル、万力などのかなり物騒なものまで混ざっている。


「じ、実験って、でもこれ危ないことなんじゃ……」


「何を言ってるんだ、実験に危険はつきものだよ。君にも何度も聞かせただろう?」


 ストアは二人の少女を裸に剥かせ、作業台の上に縛り付けていた。慌ててカナが止めに入ろうとするが、何倍も体格のいい荒くれ男に止められて羽交い締めにされてしまう。


「おっと、嬢ちゃん。ストアさんの邪魔をしちゃあいかんな」


 顎に傷を持った、代表格の男がニタニタと笑いながら彼女のことを見ていた。


「カナ! カナ!! これ、どういうことなの! 嫌だよ! 助けてよ!!」


「こらこら、そんなに暴れてはいけないよ。安心していい、君たちはこの世界の素晴らしい英智の発展に貢献することができるのだから」


「いや! いやあぁぁぁ!! 離して! 離してよ!!」


 作業台の上では、恐怖に慄いた様子の少女達が半狂乱になって叫んでいる。カナは全身から冷や汗が滲み出てくるのを感じながら、ストアに呼びかけた。


「す、ストアさん!! こんなの嘘よね!? この子たちは関係ないじゃない!」


「関係ない? そんなことはない。彼女らはこの謎深い世界に生まれてきたというだけで、それを解明しようとする私たちの同朋のようなものさ。尊い犠牲、私達の業界ではよくそのような言葉を使う」


 相も変わらず穏やかに、まるで慈しむような笑みを浮かべながらストアは作業台に置かれたメスを手に取った。


「待って! その子達に何をするの!?」


「体をいじるだけだよ。なに、死にはしない。……というより死ぬという考えも出来なくなるが」


「いや! イヤイヤイヤイヤ! やめてやめてやめあああああああああっ!!」


 ストアが一人の少女の腕にメスをいれると、その少女が大声で泣き叫ぶ。痛みと恐怖に気が狂いそうになりながら、彼女は必死に体を悶えさせ、縛られた足を暴れさせ、カナを見ながら懇願した。


「助けて! 助けて助けて!! ねえカナ! カナ助けてカナぁ!! いや! こんなのいやああああああ!!」


 悲痛な叫びを聞いて、カナは思わずストアに飛びかかろうとする。しかし、太い腕にしっかりと後ろから組みつかれたカナは、一歩としてさえ踏み出すことは出来なかった。


「おいおい、動いちゃダメだって言ってんだろ? 安心しろ、嬢ちゃんはあっちには加えないって話だからよ」


 楽々と押さえつけられ、カナは歯を食いしばる。見ればストアはメスを入れるのと同時に、注射器のような道具で何かの液体を少女の首元へと注入していた。


「痛みと恐怖は「瘴気」を生み出すために大切な行程だからね。少し増幅させようか。安心しなさい、止血機能もあるから死ぬことはないよ」


「いや、いや、あ、あっ!! あ、アアアあああアアア!!」


 見ているだけでも頭がおかしくなりそうな光景だった。


 自分の友人が、目の前で、生きたまま皮を剥がれ、腕をもがれ、そして体を縫い合わせられた。悶絶し、泣き叫び、暴れすぎたために踵の皮膚が擦り切れていた。


 自分のせいで。自分の軽率な行動のせいで。自分の運んだ道具で。自分の信じた人によって。自分の友人達が、想像を絶する苦痛にのたうち回っている。


 思わずカナまでもが、衝動的に泣きじゃくりながら雄叫びをあげ、太い腕の中で暴れまくった程だった。しかし、そんな小さな反抗などなんの力も持たなかった。無知で無力な一人の少女の力では、その腕から逃れることさえ出来ない。


 その間にも着々と「実験」は進んで行った。


 そして、どれ程の時が過ぎただろうか。


 体を弄る生々しい音が、ようやく止んだ。その頃には既に疲弊しきったカナが「実験」から目を背けるように項垂れており、絶え間なく響いていた耳をつんざくような悲鳴も今や聞こえない。


 ストアは手に持った器具を放り投げるように作業台に置くと、白衣の袖を拭い、額の汗を拭きながら笑顔でカナに振り返った。


「ふう、ようやっと終わったよ。まだ私には慣れないなぁ」


 そして、血の着いた手袋を外しながらゆっくりとカナに歩み寄った。


「カナちゃん、見てくれ。今回もまた、素晴らしい研究が一つ、成功への道のりを歩み始めたよ。これもカナちゃんの協力のお陰だ。お腹も空いちゃったし、ご飯にしようか」


 その言葉に弱々しくカナが顔を上げる。彼女の双眸に、変わり果てた二人の少女の姿が映りこんだ。


「……ひっ!」


 まるで二人が、一つの個体になってしまったかのように。片方の少女の縦半身がもう片方の少女にめり込むように融合していた。二人は同じリズムで拍動し、同じリズムで痙攣している。そしてその目は、最早正気を失っているようで、虚ろに宙空を見つめていた。


「ご覧、カナちゃん。これは言わば人体から作り出した「魂の回路」とでも言うべきものだ。奇妙だろ? 人間は一人一人では小さなエネルギーしか持たないが、個々の繋がりの強い生き物なんだ。特別な工程を踏んで感情を共鳴させ、肉体を繋げてやるとこのように、複数の魂を一つの肉体に置き、閉じた回路を循環させることが出来る。これは素晴らしいことなんだよ。何せ単純にエネルギーが二倍になっただけじゃないからね。閉回路を循環する魂の力はむしろ増幅し、それ以上に……ってあれ?」


 カナからの返事は無かった。


 既に彼女は気を失い、力なく後ろの男に寄りかかっていたのだ。

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