第十四話 深い闇を抜けて-4
そして次の日、三人目の少女が洞窟へと連れてこられた。
カナは決意していた。
この少女を連れて逃げ、村に戻り真実を伝えようと。例えそれが、どんな結果をもたらすとしても。
あれだけの絶望を目にしても、最後には彼女は自ら行動することを止めなかった。彼女はやはり勇敢だったのだ。
洞窟の中の一部屋で不安そうに膝を抱えている少女を手を引いて連れ出すと、出口に向かって駆け出した。
だが、結局カナは出口に辿り着くことはできなかった。洞窟の中の灯りが消されており、何も見えない暗闇の中で迷ってしまったのだ。
途方に暮れていると、パニックに陥った少女がへたり込んで泣きわめき、それを聞きつけた男たちが一斉に駆けつけてきた。松明を手にした荒くれ男たちは、すぐにその状況を理解すると二人を捕まえた。
そして、顎に傷を持ったルギフと言う男がカナの目の前に現れる。男は相変わらず下衆な笑みを浮かべてカナを見つめていた。
「よう嬢ちゃん。いよいよやってくれたな、お客さんを連れて逃げ出そうなんて太いやつだ。危うく俺らのビジネスがパーになる所だったぜ」
ルギフは、カナのことを厳しく睨みつけると、他の男たちに「連れてけ」と指示を飛ばす。
「今日はストアさんもいねえからな。あの人から丁重に扱えと言われてたが、嬢ちゃんはどうも俺たち山賊の恐ろしさってもんが分かってねえらしい。少し躾が必要だよなぁ?」
カナと少女はそのまま、数人の男たちに連れられ、洞窟の中でも特に広い、ホールのようになった空間へと連れてこられた。
ルギフはそこで、カナの体を地面に投げ出すと、見せつけるように左手を挙げる。その手には一つの指輪がはまっていた。
「嬢ちゃん、こいつが何か分かるか? まあ、分からねえよなぁ。おい、アレ持ってこい」
ルギフが何やら命ずると、部下の男たちが、中身の見えないよう皮袋に入れられた人間サイズの何かを持ってくる。
その封が開けられると、中に入っていたのはカナの二人の友人「だった」ものだった。
先日ストアが「実験」と称して生み出したものだ。
それを見て、少女が悲鳴をあげて喚き出す。
「ひっ! う、嘘! 嘘でしょ!? い、いや、いやああああああ!!」
「チッ! おい、うるせーぞ! 静かにしろ!」
その場から逃げ出そうとする少女を押さえつけながら、男の一人が怒声を飛ばすと、怯えきった少女は腰を抜かして尻もちをつき、声にならない声で何かを訴えていた。
ルギフはそれを見てせせら笑うと、指輪を「少女たち」へと向ける。そしてカナを見ながら言った。
「この指輪はよ、代償っていうブツを使って魔物を喚び出して操ることが出来るらしい。ストアさんから貸して頂いたもんだ、すんげえだろ?」
ルギフがそう言う内に、彼の指輪が淡く光り始める。すると、それに呼応するように「少女たち」の体が大きく脈打ち、その体から黒い煙のようなものが噴き出し始めた。
「んで、代償ってのがストアさんがこの前作ってた、これだな。俺も詳しいことはよく分からんが、この不気味な死体擬きを使えば魔獣を喚び出せるんだとよ。ちょうど新しい代償も出来上がったことだし、出来栄えを試して見ようじゃねえか」
ルギフは、指輪のハマった手に力を込めながら、最後ににやりと醜悪に笑う。
「お友達の前で、な」
同時に、「少女たち」から噴き出した黒い煙が何かの形を型取りながら、凝集し始めた。やがてそれは、夜の闇に紛れるような黒い体色をした二匹の狼のような姿へと変貌する。
魔獣モーザドゥークである。
「……っ!」
その姿を見て、カナは恐怖に足を竦ませた。だが、同時に怯えふためいている少女を見やり、自身の恐れを振り払う。
――あの子を……あの子たちをこんな目に遭わせてしまったのは私だ。私が恐がってちゃダメだ。
「お頭、大丈夫なんですかい? ご依頼主は随分とあのガキのこと気に入ってましたぜ?流石に魔獣なんかに襲わせたんじゃ、危ないんじゃ……」
「へへへ、なに。いざとなりゃ逃げ出しちまったとでも言えばいいさ。魔獣に跡形もなく喰らい尽くしてもらってよ」
ルギフは薄ら笑いを浮かべたまま、ゆっくりと指輪をカナへと差し向け、二匹の魔獣をけしかけた。
-☆-☆-☆-☆-☆-
マテルナは、自分の手を引く友人の少女から、その壮絶ないきさつを聞いて、言葉を詰まらせた。
それから瞳に涙を浮かべてカナを労う。
「そっか……辛かったんだね、カナ。ごめん」
「……え?」
マテルナの言葉に、戸惑ったようなカナの声が返ってくる。前方の光は大きくなって来ているが、今度はその光が眩しすぎて、それに包まれているはずのカナの姿がよく見えなかった。そのせいで、まるで光そのものが話しかけて来ているかのように見える。
「どうしてカナが謝るの? 私のこと恨まないの? 憎いと思わないの? 私の嘘のせいでこんなに恐い目にあってるのに、私のせいでみんな酷い目にあったのに、私のせいで……」
「恨まないよ」
自分を責め続けるようなカナの声に、マテルナは首を振る。かつての彼女の姿を思い浮かべながら。
「恨むわけないよ。だってカナはいつだって皆のことを考えてくれた。皆のこと引っ張ってくれたんだもん」
かつて、狭く閉ざされた自分の未来に失望していた彼女にとって。前向きで、勇敢で、村で優位な男たちにも臆することなく意見を通し、自分の未来についての希望を語り、前を歩いてくれた少女が、いかに頼もしい存在であったか。
そうだったからこそ。
「みんな、カナみたいになりたいと思って、自分で選んだんだもん。カナのせいなんかじゃないよ。カナは一人で苦しまなくていいよ。カナは救われてもいいんだよ」
大粒の涙を流しながら、
「そう……なのかな。私なんかが……」
岩肌のように冷たかったカナの手が、ふと少し温かくなったような気がした。マテルナは自信を持って彼女の声に頷く。
「そうだよ! だってカナは現に今も、こうして私を助けてくれてる。カナは本当に強いよ。……私ね」
マテルナは光に照らされた彼女の手を強く握りしめた。決して離さぬように。決して離れぬように。
「カナが無事で、本当に良かった!」
「マテルナ……」
マテルナの気丈で暖かい言葉を受けて、前を行くカナが突然、立ち止まった。マテルナもそれに従い、足を止める。
一体どうしたのかと首を傾げると、前に立っているはずのカナは、しばし黙り込んだ後、ゆっくりと言葉をつむぎ始めた。
「マテルナ。洞窟の出口はもうすぐそこよ。あの光に向かっていけば、あなた一人でも抜け出せる」
「……え?」
カナの言葉に、マテルナは動揺する。
「一人でって、まるでカナは一緒に行かないみたいな」
「うん。私は行かない。……というより行けない」
「行けないって、何でよ!!」
「……」
「カナ! ねえ、カナ! 変なこと言わないで一緒に行こう? 一緒に村に帰ろう?」
「……」
「誰もカナを責めたりしない。これからは私が守る! カナのしたかったことも、きっと出来る! 見たかったものも、きっと見れるよ!! だから……!」
「出来ないの」
ポツリとそう答えたカナの声は、消え入りそうなほどにか細くなっていた。それに従い、マテルナが握っているカナの手の感覚が薄らぎ、曖昧になって行く。
それを必死に繋ぎ止めるように、マテルナは大声で叫んだ。
「出来なくないよ! どうして! なんでそんなこと言うの? カナが……カナが一緒じゃなきゃ嫌! 一緒に、ひぐっ、一緒に帰ろう、うぇっ、帰ろうよ……カナァ……」
叫んでいる内に、とうとう堪えきれなくなって嗚咽を漏らし、泣き始めてしまう。
カナはそんなマテルナに、優しく話しかけた。宥めるように、かつて何度もそうしてきたように。
「マテルナ、私ね。すごく悔しかった、悲しかった。騙されて、目の前で友達が酷い目にあって、逆らえなくて。何も分からなくて。すごく無力で、自分が本当に情けなくて。こんな体になってからもずっと……ただそれを延々と見ていることしかできなくて」
カナは知らなかった。
外の世界の恐ろしさを。
そして、自分の生まれた狭い世界が、いかに安全なものだったのかということを。
愚かだったのだ。
何も知らず、無力な少女が分不相応にも大海を羨望した。
それは間違いだった。
「でも、それでもね。良かった、最後にマテルナを助けられて良かった。私……マテルナが生きててくれて、本当に良かった!」
その言葉と共に、スルリとマテルナの手の中からカナの手が抜け去る。彼女の声と、小さな掌の感触は、そのまま光の中へと消えていった。
「カナ!!」
それを追いすがるように、マテルナは光に向かって走り出す。涙でぐじゃぐじゃになった顔をだらしなく歪ませながら。
信じたくない。一緒に帰りたい。
そんな思いと共に、腕を振り回して彼女の感触を求めた。
そして。
「うおっ! おい、見ろあれ!!」
「あっ! 本当! マテルナさん!! 無事ですか!!」
長い脱出劇の果て、深淵の闇を抜けて、彼女はとうとう助けられたのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます