第十三話 明日無き者-3
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同じ頃。
暗がりに照らし出された狂気の産物を目にして、マテルナは身体を震わせていた。
そこにいたのモノは、恐らくかつては彼女の友人達であったのだろう。その髪型や体格、僅かに確認できる顔つきなどからして、間違いない。しかし、既に彼女らは「人間」とは呼べない形へと変貌していた。
「な……なによ、これ……」
全裸となった幾人もの少女が、縫い付けられたかのように体を一つに繋げられ、虚ろな目をして呼吸のリズムと共に拍動している。一言で形容するならば、そんな容姿をした「モノ」がそこにいたのだ。
腕の先と顔が繋がっている者、下腹部から生える首から下の胴体、背中合わせ一体化した二人組。縫い跡のようなものは見られず、ただ接着面だけが焼き付けたかのように歪に歪んでいる。正気の沙汰とは思えない、人間の集合体があった。
「どうだ、嬢ちゃん。これで満足したかな?」
薄ら笑いを浮かべる山賊が、楽しそうにそう聞いてくる。しかしマテルナは、目の前に置かれた、異形となった友人達から目をそらすことが出来なかった。
イカれている。これを目の前にして笑みを浮かべることが出来る人間は、完全に狂っていた。
ルギフは、マテルナの反応を見てもう幾度目かになる愉悦を覚え、ゆっくりと「少女の集合体」に近づいていく。
「いつ見てもひでぇもんだ。あの科学者様も随分残酷なことをする。実験だとか何とか言ってたけどよぉ」
最早一個体となった少女達は、恐らくほとんどが既に意識を失っているのか白目を剥いていたり、あるいは顔の部分が他人の体と融合していたりした。
またその近くに、赤茶けた見覚えのないブレスレットが落ちていて、微かに消えそうな光を放っていたが、マテルナはそれには気が付かなかった。あまりにも弱々しい光なので、暗闇で頼りにすることも出来なかっただろう。
「アア……イキ、イキイキルゥルルルル……」
「少女たち」の一部が、突如痙攣したように体を仰け反らせながら、意味をなさない言葉を呻く。
「おいおい、まだ喋れる奴がいんのか。って、こいつ四日前のガキだな、しぶといこった」
「四日……前」
即ちそれは、自分の前に山賊の元へ引き渡された少女である。マテルナは彼女の最後の姿を頭に浮かべ、強烈な吐き気に襲われた。
あの時はまだ元気だった。健気で少し怯えていて、でも勇気を振り絞っていた。
そんな少女の変わり果てた姿に、胸の奥が熱くなり、何かが込み上げてくる。破裂するような胸痛と共に、胃の内容物が口から溢れ出た。
「オエエッ!!……ガハ、ゴホ……!」
体を起こすことが出来ずに、頬を伝って
――ごめんなさい。ごめんなさい。
最早、山賊を憎むなどという感情すら湧いてこず、代わりに犠牲となった少女達にただひたすら、心の中で謝罪する。自分の心が壊れてしまわないように、ただ同じ言葉を念じ続けるので必死だった。
ルギフは汚物に塗れて涙を流すマテルナの姿に、顔をしかめた。
「あ〜ったく、汚ぇなあ。おい、終わったら片付けとけよ! ここは臭いが籠るからな」
ペッと唾を吐き捨てて、ルギフは手下の二人にそう呼びかける。
それから、左手の指輪を掲げて大声をあげた。
「さあ嬢ちゃんよ!! 一緒に見物しようぜ! 良い見世物だ!」
すると、ルギフの言葉に呼応するように、指輪が淡い光を放ちはじめた。
「あの科学者サンもつくづく良いもんを寄越してくれたなぁ!! ったく、とんでもねえ力だ! 仕事が終わってもこの指輪は俺のもんだ! 誰にも絶対渡さねえぞ!」
心酔したように、ルギフは愛おしそうに指輪に魅入る。
「もしガタガタ抜かすようならアイツもこの指輪でブッ殺してやろう」
そして高笑いと共にマテルナの元へと忙しなく駆け寄った。腰を落とし、放心した様子の彼女の瞳を覗き込む。
「知ってるか? 俺の頂いたこの指輪はなあ、魔獣を呼び出して操る力があるらしい。こんなちっぽけなもんがなぁ、不思議だろ? そんで今からコイツを使って始めるのはなぁ、「祭り」だ」
マテルナは何も答えずに、ひたすら「ごめんなさい」と小声で呟きながら、ただ虚ろな目で虚空を見つめていた。
「おい、ぶっ壊れちまったのか? だらしねえなぁ」
そう言ってから再び、ルギフは「少女たち」に向き直り、独白する。
「まあいいさ。必要なもんは揃ったらしい。今から、とんでもねえ化け物を喚び出すんだからよぉ! なあ、嬢ちゃん」
山賊が口と目を三日月形に歪めて、マテルナの肩に手を置く。
「俺ぁよ、お客様を呼ぶ時はしっかりとした礼儀を持ってお迎えするべきだと思ってる。わざわざ出張ってくれた相手さんに、お茶の一つも出せねえのは失礼ってもんだろ?」
そして彼女の肩を叩きながら、囁くように言った。
「なあ、化け物が出てきたら、嬢ちゃんがそのおやつになってくれるよな?」
マテルナは相変わらず反応を示さないが、ルギフは言いたいことを言い終えると、満足したように立ち上がる。
そして、単調な拍動だけを繰り返す「少女たち」に向けて指輪を構えた。
「さあ、さあさあさあ! 来いよ化け物! 代償は揃ったんだ! 今、その姿を見せやがれ!!」
ルギフがその手に力を込め、何かに呼びかけるように叫んだ。同時に、指輪が強い光を放ちながら、何かの信号のように明滅しはじめた。
まるで、それと同期するかのように、突如「少女たち」が反り返るように強く痙攣する。反射的な動作だったが、明らかにルギフの掲げた指輪がそれに影響を及ぼしていた。
やがて「少女たち」の体から、黒いモヤのような気体が吹き出し始め、空中に漂い始める。暗雲のように立ち込めた気体は、指輪の光に応じて段々と凝集し、色濃く渦を巻いた。
「へへへ、来た来た来た、来やがったァ! こいつぁ大もんだ! 今まで喚び出した木っ端とは反応が段違いだぜオイ!」
黒い渦は、曖昧だった輪郭を徐々に一つの形に定まらせると、今度は立体的な凹凸を浮かび上がらせる。そうして、確かに何かの姿を象ると、最後に強く指輪が輝いた。
広くなった洞窟の全体を余さず照らし出すほどの眩い光が視界を灼き、その場にいた全員が思わず目を瞑る。
光が晴れ、再び辺りに薄暗闇が戻ると、そこには……。
「は、ははははは! おいおい、一体なんだよこいつは!?」
宮廷の大広間ほどに開けた空間が、まるで窮屈に感じるほどの巨体を誇る白い異形の者が「少女たち」を跨ぐようにして忽然と現れた。その姿を見上げ、ルギフが興奮したように唾を飛ばす。マテルナもそれを目にして、無意識に体を硬直させた。
一見すると人型のようにも見えるそれは、二足で佇み、二本の腕を持っていた。柔皮のようになった体表はブヨブヨとしていて、一切毛が生えておらず剥き出しだ。足は十字形に開いており、それが指の役割を果たしているようだが人間の物とはかなり形が異なっている。一方、筋が隆起した太い腕の方は、そのまま鞭のように伸びていて、先は地面に垂れ落ちていた。
腕と足の間を繋ぐ胴体は、腐敗した死体のように膨れており、ゆっくりと規則的に膨張と収縮を繰り返していた。首は胴に比較して奇妙に長く、先端には球体状に丸くなった頭に真っ赤な唇の大きな口だけがついている。その口は笑っているとも、はたまた憤怒しているとも取れる不気味な歪み方をしていた。
威容、もとい異容。明らかに尋常ならざる者が超然とそこに存在していたのだ。最早これが人知の及ぶ物なのかと、眺めているだけでも不安になってくるような容姿をしている。
魔獣サルガタナス、またの名を「
ギルドの公式目録による危険度の分類では最高級「アドバンスドクラス」、ランクSに属する大型魔獣であった。
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