第十二話 耳とナイフと怪物と-5

 ――「お前を倒す」って、その言葉の重大さを分かってるのか?


 レミルは、あまりにも抑揚なく戦闘の意思を示す、目の前の年端もいかない小童に対して心の中で吐き捨てる。とは言え、相手のその行動自体はレミルにとっても好都合だった。


 ――また追いかけっこを始められても埒が明かないしな。こうなったらとっ捕まえて色々と聞き出すか。


 そう方針を決めると、レミルは少年の方に向かって駆け出しながら、寸分の距離でナイフをかわした。


「……っ」


 てっきり横に動いて避けるものだと踏んでいた少年は、レミルの予想外の動きに一瞬動揺し、判断を遅らせる。しかしすぐに冷静さを取り戻すと、ベルトのナイフを一気に取り外した。


 片手に三本ずつ、計六本の暗殺用ナイフを器用に指ではさむと、少年は向かってくるレミルから見て横に走り出した。といっても一直線に真横ではなく斜めに、そしてそこから回り込んでレミルの後ろに回るように、図形で言えば半円弧を描くようにしてレミルとの位置をずらしたのだ。


 そのまま、時間差をつけて相手に、手にしたナイフを一本ずつ投げつけていく。正確な狙いで、レミルを中心とした半円の各点から銀色の鋭利な刃先が迫ってきた。ちょうど彼から見れば、まるで自分を囲むようにして六本のナイフが飛んでくるのだ。


「器用なもんだな。曲芸師志望か?」


 しかしレミルはそんな状況にもまるで取り乱した気配を見せず、余裕を持って言う。そしてあろうことか、正に自分に向かってきているナイフの一本に対して自ら手を伸ばすと、その柄を逆手で掴み、横に薙いだ。


 見事にその一振りで他の五本のナイフを打ち払うと、ニヤリと不適に笑みを浮かべた。


「短刀の扱いはしつこく教わったっけな」


「なに……!」


 レミルがやって見せた芸当に、さしものませた少年も驚いた様子を見せた。投げるのと受けるのでは訳が違う。それも掠り傷一つで終わりという状況であそこまで完璧に受けきってしまうとは、一体何者であろうか、と。


 対してレミルは、手にした投げナイフを弄びながら。


「さーてと、丁度いい得物も手に入ったことだしな」


 そして、改めてそれを構えると、少年に向かって踊りかかった。


「観念しろオラぁ!」


 それを受けて少年も、焦りながら自分の武器を取ると、体制を低くした。


 普通の武器よりは多く携行出来るとはいえ、ナイフの数にも限りがある。既に合計で十本を使い果たしてしまっている状況で、あまり無駄遣いはできなかった。何より、実のところ最初の一本目を外したのが致命的だったのだ。


 少年はレミルの動きを注意深く観察しながら、得物を握る手に力を込める。これ以上投げることはできない。自分の調合した毒の解毒薬は持っているので、最低刺し違えれば彼の勝利なのだ。


 だが、結果として二人が刺し違えるどころか、刃を交えることさえなかった。


「待ちなさあああああい!!」


 突如として何者かが大声と共に横槍を入れたのだ。


 思わず二人してそちらの方を見やるが、その瞬間にレミルが謎の攻撃を受けて吹っ飛んだ。


「うわぁっ!」


 情けなく喚きながら地面を転がって土にまみれるレミル。見れば、彼の体にはいつの間にか、光で出来たロープのようなものがキツく巻きついており、身動きを封じている。緊縛の魔法バインド……放った人間は明白である。レミルはそれを見て、先程の声の主に向かって叫んだ。


「一体何すんだよ、アリア!!」


 突然のことに呆気に取られる少年が立ち尽くしていると、アリアと呼ばれた茶髪の、やけにアクセサリーを沢山身につけた少女が現れた。彼女は眉根を寄せて、腰に手を当てている。


「何すんだよ、じゃないですよ! 急に走り出したかと思ったら」


 そして、呆然としている少年を指さしながら厳しい口調で。


「子供相手に何やってるんですか!」


「こ、子供相手ってお前! そいつは俺にナイフを投げつけてきたんだぞ?」


「そんなことは分かっています!」


 アリアは腕を組んで首を振った。


「それでも、話も聞かずに子供に切りかかるなんて見逃せません」


「い、いやいや……」


 それにしたって縛る方が逆だろう、と内心で抗言するが、この状況で言うことの無意味さを踏まえて彼は大人しくそれを飲み込む。アリアはそんなレミルに、諭すようにして言った。


「それに少なくとも、この子は山賊の一味ではないですよ」


「山賊の一味じゃない? なんでそんなことが分かるんだよ!」


 魔法に全身を縛られて、無様にひれ伏すレミルがもぞもぞとうねりながら問いかける。対してアリアは簡単な事だと言わんばかりに答えた。


「まず手口が違います。三度の村への襲撃、私たちへの陽動、ルギフの一味はどちらも魔獣を使役して行っています。ですがこの少年は単独で自ら、レミルさんを襲いました」


「そんなの気まぐれかもしれねえだろ」


「それに彼が山賊の手合いなら、わざわざ私たちにちょっかいをかけるメリットがありません。マテルナさんの身柄を確保して目的は達成した段階で、上級魔獣フンババを使ってまで気を逸らしたよそ者を今一度刺激するなんて無意味です」


「そ、それは……そうかもしれないけど」


 確かにな、とレミルはうなる。とっさのことに軽はずみで山賊と結びつけてしまったが、よくよく考えてみれば不自然だ。


「何より、よく見てください。彼の耳を」


「耳……」


 よく見なくても分かる。少年の特徴的な尖った耳のことだ。レミルは頷いた。


「この耳と、長い金髪。そして特有のエメラルド色の瞳からして、この子がエルフ族であることは間違いないでしょう。しかし、理知的なエルフが山賊に身を落とすのは些か不自然ですし、何より昨今では珍しくなった彼らが一味にいたのならば、村の方からその報告があって然るべきです」


 そこまで言うと、改めてアリアは人差し指を立てて、レミルに言い聞かせるように続けた。


「以上のことを踏まえると、この少年は山賊の一味ではない、と推察できるわけです」


「……なるほど」


 急に魔法で縛りあげられた事については未だに納得が行かない部分があるが、とりあえずは彼女の推理には説得力があったため、大人しく受け入れておく。その上でレミルは尚も疑問に感じたことを聞いた。


「でもよ。そんなら一体なんで俺の事を?」


「それには彼なりの理由があるはずですよ。まずはしっかり話を聞いてみましょう」


 アリアはそう言って、ゆっくりと立ちすくんでいるエルフの少年の元へ歩み寄った。そして視線の高さを合わせるように身を屈め、相手の頭に手を置きながら尋ねる。


「急に追いかけたりしてごめんなさいね、坊や。でも私たちはあなたの敵ではありません。だから急にこんな危ないもの投げつけちゃダメですよ?」


 そう言いながらアリアは、ポーチから彼のナイフを取り出した。一番最初に少年がレミルに投げつけ、木の幹に刺さっていたものを回収しておいたのだ。


 少年はアリアにそう言われ、視線を下に向ける。


「ごめんなさい」


「素直!? いや素直!? なんで!? 俺の時と態度違くない!?」


 ――ナイフ投げつけてきたよね!? さっきはいきなり殺しにかかってきたよねぇ!?


 急にしおらしい少年の様子に、思わずレミルが喚き散らすと、アリアがキッと睨みつけた。


「レミルさんは少し静かにしててください」

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