第十話 絆-3

「それでは行って参ります、師匠!」


 地平線の彼方から顔を出したばかりの日差しを顔いっぱいに浴びながら、アリアは元気にそう言って敬礼した。それに対して、リアスは爽やかな笑顔でそれに答える。


「うん、気を付けてな。……レミル君も」


「っす」


 短くぶっきらぼうにそう返すレミル。


 と、隣では村の人々が集まってきて、マテルナの身を案じる言葉をかけている。


「お姉ちゃん、本当に気をつけてね」


「大丈夫よ、パン。あの冒険者さん達、すごくお強いみたいだし」


「ふむ。……しかし、本当にお前たちには危険なことを……わしらの無力を許してくれ」


「いえ。あの子達が……カナ達が守った村のためですから」


 マテルナは縋るようにして不安そうに言うパンネッタを宥めながら、同時に申し訳なさげに腰を低くする村の老人達を気遣い、首を振って見せる。


 そんな様子を横目で眺めていると、村人衆の中から長身の男がレミル達の方へと進み出てきた。


「お二人共、どうかマテルナさんをよろしく」


 慇懃に頭を下げてきたのは、魔導研究所から来たというあのドクター・ストアという男だった。レミルは彼の言葉に肩を竦める。


「もちろん、そのつもり」


「大丈夫です。この二人ならば、失敗はしません」


 そう自信満々にお墨付きをするのはリアスのほうだった。その言葉を聞いて、ストアも笑いながら、白衣の裾を治す。


「私ごときが貴女方を案ずるなど、失礼でしたかな」


 同時に、別れの言葉を済ませたマテルナもレミル達の方へと進み出てきた。その瞳には覚悟の色が伺える。彼女はレミル達に向けて一つ頷くと。


「そろそろ参りましょうか」


「うし、準備は整ったみたいだな」


「こっちもばっちりです。魔結晶も持ちましたし」


「じゃあ、出発するか、と……ん?」


 と、勢いよく右手を突き上げかけたレミルは、そこでふとこちらに向かって未だ心配そうな視線を向ける少女の姿に気づく。パンネッタが両手の拳を握りしめて、不安げな表情で彼らを見つめていたのだ。やはり姉のことに気が気でならない様子だった。無理もないことだろう、何せそのために彼女は一人、あんな危険を冒してまで村を出て、助けを求めに奔走したのだから。


 レミルは、そんな健気な少女を安心させるために優しく微笑み、ゆっくりと彼女に近づいていく。そして、自分より幾分背の低い彼女と目線を合わせるように屈むと、その頭に手を置いて言った。


「よっ、姉ちゃんが心配か?」


「……」


 言葉にはならないが、案に肯定を示す沈黙。レミルはそんな彼女の手をとると、穏やかな声音で言った。


「大丈夫さ、君の姉ちゃんは俺らが絶対守るよ」


「ほんと、ですか?」


「俺は嘘はつかない。今までよく頑張ったな。だからもう少し頑張れるか?」


「私が、頑張る?」


「そうだ。留守の間、ティシアのことをよろしく頼んだぜ? そしたら、俺たちが悪い山賊ぶっ飛ばして、お前の姉ちゃん連れて戻ってくるからよ」


 自信に満ちた瞳を片時もパンネッタから離さず、レミルは力強く言う。そこでようやっと、パンネッタの表情が少し和らいだ。


「分かりました。……お願いします!」


 その返事を聞いて、レミルは満足そうに頷くと、それ以上は何も言わずに、ゆっくりと彼女に背を向ける。そしてアリアとマテルナの元まで戻ってくると、アリアが不思議そうに首を傾げた。


「あの子に何を言ったんですか?」


「別に。鼻水垂れそうだぞって言ったらちり紙をねだってきたよ」


「はあ?」


 呆れたように漏らすアリアには何も返さずに、レミルはそのままスタスタと歩き始める。


「さ、もう行こーぜ。流石に日が暮れちまわ」


 少し気になりつつも、もう一回聞き返すのも癪なので大人しく後に続くアリアと、どこか切なそうに一度パンネッタを流し目で見てから、レミルの背中を追うマテルナ。そんな三人の背中に、眩しい朝日と共に元気の良い少女の声が浴びせられた。


「頑張ってくださいねー!! おねーちゃーん!! 気をつけてねー!!」


 その声に、振り向いて手を振るアリアとマテルナ。そして、ただ黙って片手を挙げて答えるレミル。そんな彼らの背中を、集まった人々は縋るようにいつまでも見送り続けるのだった。

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