第九話 二人仲良く-4

「では決まりだな。二人は明朝、日の出と共に出発、ルギフの一味のアジトを目指してくれ。確か場所は……ん?」


 段取りの打ち合わせを終え、最後に今一度要点の確認に入ろうとしたリアスだったが、そこで不意に部屋の扉を叩く音が聞こえてきたために、言葉を切った。控えめなノックはまず二回、それから三人が返事を返さずに、「こんな時間に自分たちを一体誰が尋ねてこようか」とお互いに顔を見合わせた頃に更にもう二回。どうやら扉の向こうの人物は、間違いなくこの部屋に用件があるらしい。


 リアスは扉の方に目を向けながら、まずは相手に向かって声をかけてみた。


「もう日も暮れているが……どなたかな?」


「……あの、す、すいません、こんな時間に」


 と、向こうから聞こえてきたのは、聞き覚えのある声だった。リアスはその声を聞いて、扉の元にまで歩み寄ると、ゆっくりと取手に手をかけた。


「やあ、あなたは」


「……」


 そこにいたのはパンネッタの姉、マテルナであった。しかし、彼女はリアスが扉を開けても、中に入るでもなくその場に立ちすくみ、薄茶色の瞳で床を見つめたまま、視線を合わせようともしない。それから、何か踏ん切りがつかない様子で両手をモジモジと揉みながら、おもむろに口を開いては、すぐにまた思いとどまったように閉じてしまうのだった。


 何とも挙動不審でおかしな様子に、リアスは首を傾げて彼女に尋ねる。


「ふむ、マテルナさん。一体どうしたのかな?私たちに何か御用だろうか」


「あ、あの……それは、その」


 いまいち歯切れの悪いマテルナは、年甲斐もなくオドオドと視線を泳がせていたが、やがて意を決したようにリアスと視線を合わせると、吐き出すように言った。


「あ、明日、私も一緒に連れて行って頂けませんか!」


 唐突に、彼女が持ち出してきた提案、というより頼み事に、リアスは目を白黒させると肩を竦めて、それから部屋の中を振り返って、その場にいた二人のリアクションを確認した。アリアは顔をしかめてマテルナのことを見やり、レミルの方は少し不思議そうに目を丸めてみせる。どちらにせよ、彼女の言葉の真意を測りかねている様子だった。連れて行ってくれとは一体どういう要件か、別に私たちは楽しい遠足に向かうわけではないのだが、と。


 リアスは改めてマテルナに向き直ると、腰に手を当てて、彼女に聞く。


「それは……一体どうしてですか?」


「ルギフの一味のアジトへは、少し入り組んだ道を通ることになるんです。元は私たちが冬の氷を貯めておくために使っている洞穴を根城にしているみたいで。勿論穴の奥がどうなっているのかまでは分かりませんが、入口までなら、村の人間がついていけば道案内が出来ると思って」


「それだけですか? ならば地図を頂ければ解決するような気もしますが……」


「確かにそうかもしれません。ですが、案内がいた方がルートが確実なのは確かです。それに連中も、元々今日、彼らが引き渡すように要求していた私が姿を見せれば油断すると思うんです」


「なるほど」


 マテルナの話を聞いて、リアスは顎に手を当てる。彼女の言っていることは理解できなくもない。確かに山賊も、彼女の姿があれば、こちらが交渉に現れたか、あるいは改めて大人しく要求に応じるために来たか、という印象を受けるだろう。多少なりとも敵の警戒を解くことが出来るのは間違いない。


 しかし……。


「それでは、あなたの身柄が危険では?」


 逆に言えば、賊は彼女を狙ってくるというわけだ。いざと言う時に人質に取られたり、あるいは有事の際に彼女を攫われてしまう、といった事態も考えられる。レミルやアリアと違い、無力な彼女では対抗するのは難しいだろう。


 しかし、マテルナはそんなリアスの懸念をよそに、力強く首を振った。


「心配入りません。自分の身は自分で守れます。それに……」


 そこで彼女はギュッと両手の拳を握りしめ、歯を食いしばる。そして目を細めると、声を噛み殺すようにして言った。


「あの子たちがこの村を守ったのに……私だけ逃げるなんて、出来ませんから」


「……ふむ」


 リアスは腕を組むと、眼前の少女を見つめて呟く。彼女のその言葉は、察するにこれまでに山賊によって連れ去られて行った、この村の娘たちのことを言っているのだろう。


 恐らくは同世代、それも、こんな小さな村では誰もが顔見知り、そして友人のような間柄だったに違いない。そんな村娘たちが、村の安寧のために次々と彼女の周りから消えていったのだ。ただ、去りゆく同輩たちの後ろ姿を眺めてきて、彼女はきっと悔しい思いをしてきたことだろう。


 他人の心情に疎いリアスだったが、彼女が抱えているであろう、それくらいの気持ちは理解ができた。しかし、それでも、彼女のその申し出を承諾しても良いものかどうか、すぐには結論を出すことは出来なかった。マテルナの気持ちがどうあれ、彼女を連れていく事には危険が伴うこと、そして最悪の場合、彼女の存在が足でまといになってしまう可能性があるという事実には何ら変わりはなかったからだ。


「そういうことならさ、お願いすればいいんじゃねえの?案内をさ」


 思案するリアスに向けて、背後からレミルの声がかけられる。


「どうしてもついて行くって顔してるぜ」


「そうだねぇ……」


「お願いします! 村長さんにも許可を頂きました、あなた方の助けになりたいと言って、特別に。……ご迷惑はおかけしませんから!」


 マテルナは真摯な瞳で、身を乗り出すようにしてそう訴えかけてくる。その余りに熱心な姿勢を受けて、リアスも頷かざるを得なくなった。


「なるほど、そこまで言うのならお願いしましょう。ただし、決して無茶はしないように」


「あ、ありがとうございます! じゃあ、明日の朝一番にお迎えに上がりますね」


 マテルナはリアスの返事を聞くと、パッと表情を明るくさせてお辞儀をした。そんな彼女の姿を見て、リアスは「本当に大丈夫かね」と内心不安になったものだったが、レミルの方は呑気な面持ちでマテルナを見て頷くのだった。

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