第九話 二人仲良く-3
「どぅええええええええ!!? い、今なんて言いました!?」
あの後、リアス達一行は、厚意により村の中心部にある集会所に隣接して備え付けの宿舎の利用を許可され、そこに留まることとなった。元々、旅人といったような外部の者が長居することが極めて少ないこのクロコールの村には宿屋はなく、そのために普段は村民が緊急時や役員職務の時に寝泊まりしているこの宿舎くらいしか、彼女らが利用することの出来るまともな宿泊施設がなかったのだ。
四方にこじんまりとした家々の並びを眺める広場の奥にろ建てられた、村の中では大きめな三階建ての木造建築家で、ありがたいことにそれぞれ一部屋ずつを当てがわれた三人は、山賊討伐の段取り確認のためにリアスの部屋へと集まり、話し合っていた。そしてその具体的な「段取り」の内容についてリアスから聞かされたアリアが今しがた、顎が外れそうなばかりに素っ頓狂な声をあげたところだった。
リアスは困ったような顔でため息をつき、レミルの方などは、アリアのその独特なリアクションを見て、「今どき、『どぅええええええええ』ってのもすごいな」などと感想を独り言ちていた。
「なんだ、聞いていなかったのか、アリア。だから、明日の朝早くお前とレミル君の二人で山賊の討伐に向かってもらうわけだが」
「いやだから!! そこぉ!!」
ビシッとリアスに向かって人差し指を立てると、アリアはここぞとばかりに突っ込みを入れる。
「なんで私たち二人きりなんですか!? 師匠は何やってんですかぁ!」
「それもさっき言っただろう。村に残って待っていると」
ますます呆れたような顔で宣うリアスに対して、いよいよアリアが大仰に両手を広げて見せた。
「だぁかぁらぁ! なんでそうなるんですか! サボらないで下さいよ、師匠が引き受けたんですから!」
「何を言うんだ。私はサボるわけじゃないぞ」
「じゃあ何だって言うんですか!」
「私はここに残り、村を魔物の襲撃から守るんだよ」
「魔物から守るぅ?」
あからさまに胡散臭いと考えている気持ちを隠そうともしない表情で、アリアはリアスに詰め寄る。リアスは、そんなアリアの耳元辺りに顔を寄せると、囁くように言った。
「うん、今日もいい匂いだね、お前は」
「いや、嗅ぐな! ……じゃなくて、説明してくださいよ!」
アリアの反応を見て、リアスは少しつまらなさそうに口をとがらせる。それから、なんだよ、褒めてるんだぞぅこっちは、などと小声で呟きながら、レミルの方に目をやり。
「んーそうだねぇ。レミル君はどう思う?」
急に自分に話を振られながらも、レミルはふためく様子もなく、頭に両手を当てたまま超然とそれに答えた。
「んま、俺はあらかたそれに賛成だな」
「ほぉら、彼もこう言ってる」
「はああ?」
アリアは納得が行かんとばかりに肩をいからせて、今度はレミルの方に身を乗り出した。距離が縮まったのを見て、レミルの方も興味本位で、黙ったままスンスンと匂いを嗅いでみたが、なるほど。サラリと揺れる彼女の髪の動きに合わせて、甘い花の香りのような何とも言えない匂いがほのかに流れてきて鼻先をくすぐった。年頃の女子の特有の体質というやつであろうか。
つまるところアリアは「いい匂い」であった。
「レミルさんはなんでそう思うんですか!」
「んん?」
なんだ、まだ分からないのか、と心の中で呟いたレミルは、そのまま彼女へと、恐らくリアスが考えているであろうことを説明してやる。
「つまりだな、俺たち三人全員で連中の元に向かうのは得策じゃないってことだよ」
「どうして」
「さっきも言ったように、この村を守るためだ。山賊はパンネッタ一人が逃げ出しただけでも癇癪を起こして村に魔物をけしかけるような短気な連中だぜ? それこそ、俺らが向こうさんに直接ご挨拶にでも行ってみろよ」
「むう」
そこで初めて、冷静に頭が回り始めたのか、アリアが少し小さくなった。
「それに、万が一にもだ……ないとは思うが俺たちが失敗した時のこともある。例えば何かのアンラッキーで下痢が止まらなくなったりとかでな」
少女のような可愛い顔をして少し下品な例え話をしながら人差し指を立ててみせると、レミルは更に続ける。
「そんな時、ゼロから対処出来る人間を立てておくのも重要だ。一人でもここに残っておけば、俺たちの救助、この村との連絡なんかの対策も立てられる。……それと何よりだ」
そして、一番大事な部分を告げるため、レミルは立てた人差し指をそのまま下に向けて「この村」のことを指すのだった。
「ここにはティシアがいるだろ。あの子が目を覚まさない以上、今は見ておく人間が必要だ」
「うむ、百点満点中九十九点だ。分かったか、アリア?」
――いや、最後の一点はなんだよ。
「むうう」
レミルの説明が終わると、リアスは満足そうに一つ大きく頷き、対してアリアの方はほっぺたを膨らませて可愛くむくれていた。
「そういうことだ、納得して頂けたかな?お嬢」
「それはそうかもですけどぉ……」
アリアは口いっぱいに含んだ空気を吐き出すと、ジトッとレミルの方を見つめて言う。
「師匠は自分の可愛い弟子が第一級のお尋ね者と二人きりで山賊退治なんて心配じゃないんですか」
「いや、やけに突っかかると思ったらそこかよ!」
アリアの言葉にすかさずレミルが音速の突っ込みを入れた。あまりにも邪険な態度に、もはや気後れするどころか感心してしまう。
「んん? そうだなぁ、私としてはむしろ……これから旅路を共にする仲間なんだ。お前がそういう態度を見せる程、レミル君と仲良くやってほしいと思うかな」
しかし、当のリアスはてんで呑気な物言いで朗らかに笑い、アリアの気分を逆撫でしてしまう。
「そもそも、残るのが師匠である必要はあるんですか! それこそ、この男が残ればいいのでは?」
「いよいよ「この男」呼ばわりかよ」
「まあ、そうムキになるなって。言っただろ? お前とレミル君の二人でやることに意味があるんだよ。この先の旅路のためにもな」
リアスは諭すように言いながら、まるで保護者のするようにアリアの頭を優しく撫でやる。
「お前は、私以外の人間にももっと心を開いた方がいい」
「……」
そこでアリアは、リアスから視線を外すように目を伏せると、黙りこくってしまった。リアスの方も、苦笑しながらそんな弟子の態度を眺める。
一方のレミルは何だか自分が悪いことをしてしまったかのような微妙に気まずい気持ちになり、慌ててアリアに向かって。
「ああ、でもだな。まあ、お前の気持ちも分かるし、その、どおしても嫌だってんなら別に無理しなくてもさ。なんなら俺一人で行ってきてもいいし」
何だか随分口下手な提案になってしまったな、とレミルは自分でも思った。アリアの方は視線を上げると、そんなレミルのことを目を細めて見やる。
「それで私の事、気遣ってるんですか?」
「い、いやぁ、その……」
なんとも不器用なお節介だったな、と何だか気恥しくなってくるレミルだったが、しかしアリアの方はそれでも、少しは腑に落ちてくれたらしい。やがて目付きが僅かに柔らかくなると、ため息をつきながら頷いた。
「まあでも、分かりました。今のところ、レミルさんも意外と危険な人間ではなさそうなので」
レミルにしてみれば、アリアの言う「意外と」の部分がかなり引っかかった。だが、せっかく向こうが柔らかくなってくれている所をこれ以上拗れさせるのも忍びないので、そこに関しては渋々飲み込んで、素直に納得してやることにする。そして、そんなやり取りを見たリアスが、嫌に上機嫌そうにニコニコと笑みを浮かべながら、二人のことを交互に見返すのだった。
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