第九話 二人仲良く-2
「あの、じゃあ私、村長さんに皆さんの事……」
「待って」
リアス達の話を聞いて嬉々として飛び出そうとしたパンネッタを、一つの声が制止する。そして扉からもう一人の女性が入ってきた。
先ほどパンネッタに抱きよっていた女性だ、確か名前はマテルナと言った。
「お、お姉ちゃん」
パンネッタはマテルナの姿を見て尻込みした。マテルナはそんな彼女の頭にぽんと優しく手を置くと、凛々しい瞳でリアス達を見据えた。
「旅の方ですか。確か、この娘を助けて頂いたとか」
そして、礼儀正しく頭を下げる。
「先ほどのことと言い、本当にありがとうございました。何とお礼を言えばいいか」
その姿勢にリアスはもう何度目だとばかりた首を振り、親指でレミルの方を指さした。
「いえいえそんな。そもそも、その娘を助けたのは彼ですしね」
リアスがそう教えてやると、マテルナはレミルの方を見やり、彼にも小さく頭を下げる。
それから再びリアスに目を向けて言った。
「ですが、この村の事は心配ありません。部屋はどうぞご自由に使ってください」
その言葉に、パンネッタを含めたリアス以外の全員が顔をしかめる。リアスのみ、笑顔を崩さずにマテルナに聞いた。
「どういう意味ですか?」
「これ以上、見知らぬ方にご迷惑をおかけするわけにはいきません。それに……」
マテルナはそう答えてから、言いにくそうに目を背けて、しばし逡巡した後で続けた。
「ストアさんの話を聞きましたけど、上手く行かなかったらこの村がどんな目にあうか……」
「私達では頼りにならないと?」
「……彼らは魔獣を操る術を持っているんですよ?」
相手になるはずがない、という感情のこもった声色。
その質にピンからキリまであるとは言っても、下級のものでさえ、普通の人間では太刀打ちの出来ない存在。魔獣とは本来、そういうものだ。
少し腕が立つ程度の冒険者に、村の命運を任せようだなんて考えるわけにもいかないのだろう。リアスはなるほど、と頷く。
「他にやり方があると」
「彼らは私達が要求に応じている限り、村に手は出さないと言っています」
「その要求というのはあなたの事では?」
「……」
リアスの言葉を肯定するように、マテルナはそこで沈黙した。
「おっしゃる通りです。私が大人しく彼らの元へ引き渡されれば、この村は今しばらくの平穏を約束される」
「そんな! お姉ちゃん、ダメだよ! 山賊に連れて行かれた人は誰一人として、戻って来ていないんだよ?」
マテルナの言葉に、パンネッタは抗弁する。続いてリアスも頷き、彼女に言った。
「その通り。みすみす悪党を見逃してあなたを犠牲にするのは、私としても気が乗らないな」
「しかし、もしも上手く行かなければ、その時は……! あなた達も見たでしょう!? 彼らには躊躇なんてない! その気になればこんな村は簡単に滅ぼされてしまいます!」
「残念ですが、どちらにしろそれは時間の問題のように思えますが?」
「なっ!」
リアスは腕を組むと、毅然とした態度でマテルナに向かって言い放つ。
「その山賊の一味がこの村の存在のことなど歯牙にもかけていないことは明らか。一体なんのために、若乙女を要求しているのかは分かりませんが、その要求に応えられなくなればそれこそ、彼らは躊躇なくこの村を滅ぼすでしょう」
恐ろしく、冷酷な現実を突きつけられて、思わずマテルナは言葉に詰まる。悔しそうに歯を食いしばって見せると、声を震わせた。
「そ、それは……でも……!」
リアスの言葉を納得はしているが、しかしそれでも、どこか受け入れられない様子を彼女は見せる。不安げに、そんな二人のことをパンネッタは交互に見やっていた。
「あなたが恐れる気持ちは分かります。奴らの恐ろしい力を見せつけられ、反抗する気持ちを削がれている。恐怖が先行してしまい、助けを請うことに踏み切れない。この村の住民のみんながそうでしょう」
「……っ」
心の内を見透かされ、マテルナは俯く。
「ですが、あなたにも現実が見えているはずだ。ただ賊に従っているだけでは、いずれ訪れる未来は見え透いている」
「冒険者さんの言う通りよ! お姉ちゃん! せっかく助けてもらえるっていうのに、わざわざ拒む必要はないじゃない!」
リアスの言葉に同調するようにパンネッタがマテルナにすがった。そんないたいけな少女の眼差しに、マテルナは目を伏せて下唇を噛んだ。
そんなにも自分たちの助けを受けられない理由があるのだろうかと、リアスは首を傾げる。
だが、やがてマテルナは渋面をあげると、ようやっとリアスの言葉を承諾した。
「分かりました。そこまで仰って頂けるのであれば……確かにこの村にとっては願ってもない申し出です。ぜひ村長さんとお話しください」
極めて気の進まなさそうな態度ではあったが、一応の返答を得たことでリアスもため息をつく。対して、それを眺めていたレミルが頭に両手を当てながら、お気楽に言い放った。
「なーんか難しい話してっけどさ。個人的にその山賊とやらの悪行は許せないし、勝手にでもぶっ飛ばしに行きたいところだよ、俺は」
「なに軽率なこと言ってんですか! 勝手に動いて迷惑を被るかもしれないのは村の人達なんですよ! こういう場合はしっかりと理解を得た上で慎重に行動するべきです!」
すかさずアリアの噛みつき、もとい反撃を受けて、レミルはムスッと返す。
「おうおう、じゃあお前は一度は頼まれたもんを断られたら、あっさり見捨てて立ち去んのかよ? そんなの後味悪いだろ」
「なっ! 別にそういうことを言っているわけじゃありません! ですが、賊の正体が分からない以上、ここはまず村の人達としっかりコミュニケーションを取ってですね……」
「まあまあ、二人とも。そんなに目くじらを立てるなよ。申し出を承諾してもらえたんだ、何も不満はないだろう?」
口を開けばすぐこれだ、とリアスは二人のやり取りに苦笑しつつも、なだめながらそう言う。それから、マテルナに向き直ると。
「して、今村長さんはどちらに?」
「……多分、集会所にいらっしゃると思います。今回の事件の対応に、色々と追われていますので」
「分かりました。では早速、伺ってくることにしましょう。それまで、この娘のことをお願いできますか?」
リアスは、ベッドの上に横たわるティシアのことを指しながら、そう言った。まだしばらく、彼女が気を取り戻す気配は無さそうだった。
と、その頼みに、マテルナの脇に控えていたパンネッタが勢いよく頷く。
「はい! 任せてください。それと、本当にありがとうございます、この村のために……」
そして何より姉のために、と彼女はマテルナのことを見やる。しかし、当の本人は相変わらず、どこか浮かない顔をしてリアス達のことを眺めているのだった。
ー☆ー☆ー☆ー☆ー☆ー
「なんと、ではあなた方が……!?」
「はい、この村を襲っているという一味を討伐しましょう」
未だ目覚めの気配のないティシアをパンネッタ達に任せると、リアスはレミルとアリアを引き連れて、村の中心にある集会所へとやって来ていた。そこには、恐らく村の中でも年配に当たり、有識者のような立ち位置にいるであろう高齢の男女が幾人かと、そして例の魔導研究機関の職員であるというストアという男が集まっており、一連の事態についての話し合いが成されていた。
彼らはルギフとかいう山賊の一味の引き起こした魔獣を用いた襲撃による被害に恐々としつつも、一方で先程起こった、一度は呼吸をとめた人間が息を吹き返すという奇跡のような出来事をも同時に目の当たりにしたことで、更に混乱しているようだった。動揺や驚嘆、あるいは恐怖や歓喜といった込み入った感情に苛まれている相がそこには見て取れた。
そんな中、リアスから投げかけられた言葉に、村長は戸惑った様子で答える。
「それは……実にありがたい申し出だが、しかし、一体なぜそこまで?」
「なぜ……ですか。私たちからすればむしろ、これだけの惨状を見過ごすだけの理由こそ見当たりません。私たちの力で防げる悲劇があるのならば、喜んで助力しますよ」
おお、と居合わせた人々から感嘆の声が上がる。突然目の前に舞い降りた光明に、みな一様に刮目した。
「もしそれが本当であれば、これほどありがたい話はない。是非ともお願いします」
「分かりました、請け合いましょう。そこで、まずはその山賊……ルギフの一味でしたか。彼らの情報を分かる限り教えて頂きたい」
「勿論ですとも。そうですね、まず……」
村長の話は、先ほどストアからされたものとあらかた同じであった。およそ一月ほど前、魔獣を引き連れた「ルギフの一味」と名乗る謎の山賊が突如として現れ、この村を蹂躙したというのだ。
そして奴らが自分たちの力を見せつけるかのように村に魔獣を放った後、山賊の頭領であるルギフという大柄な荒くれが、何やら指輪のような装飾品を掲げることで魔獣を大人しくして見せた。そして、件の「三日に一度、村娘を一人差し出せ」という要求を出すと、村を去って行ったのだという。
「既に奴らに差し出した村の娘は十人を越えます。どれも皆未来ある若者だったが、健気なことに村のためを思って自ら……」
リアス達に事の顛末を話す中で、一人の老婦人がそんな事を言いながら、やがて目元を抑えて嗚咽を漏らし始めた。その様子に、他の人々も目線を下げ、暗い表情で黙りこくる。
その中でただ一人、あのストアという男だけがリアス達を見つめて、口を開いた。
「とにかく、今は彼女らの犠牲を嘆いていても仕方ありません。この村の未来のためにも、賊を討つことが第一です。そのことについて私も力になれれば良いのですが……」
そこでストアは自分の不甲斐なさを嘆くように、自信の手のひらを見つめる。
「残念なことに私は科学者でね。腕っ節の方にはてんで自信がありません」
「そんなことなら心配する必要はないよ。腕っ節ってんならむしろ、俺らは自信たっぷりだからな」
と、そんなストアに、レミルが快活に笑いながら言った。その隣で呆れたように肩をすくめるアリアと、面白そうに微笑むリアス。そのどの表情にも、魔獣を操る力を持つと聞かされた山賊に対しての恐怖心というものは一切見えず、言葉通りの自信が現れていた。その様子に勇気づけられた村長が、レミルの言葉に強く頷く。
「おお、なんとも頼もしい!」
他の老人たちも、お互いの顔を見合わせて、その表情に安堵の色を浮かべた。ストアもその言葉に不敵に唇の端を釣り上げると。
「なるほど、裏打ちされた自信があるようですね。いいでしょう、この案件は全面的にあなた方にお任せすることに、私も賛成です」
「感謝する。それでは早速準備を整えようと思うのですが、自信があるとは言っても失敗の許されない任務です。しばしお時間を頂きたい」
すかさず、リアスが凛々しい口調でそう言うと、村長は勿論とばかりに言う。
「構いませんとも。村の宿舎を無償でお貸しします、ゆっくりと支度を整えてください」
「とは言っても、約束の村娘がまだ差し出されていないことで、連中が何をしてくるか分かりません。急かすつもりはありませんが、なるべく早急な行動をお願いしたい」
再度リアスに向き直り、ストアはそう勧告してきた。
「ご心配なく、一晩すごしてから明朝には発つつもりです」
「それがよろしいでしょう。今から向かえば奴らのアジトにつく頃には夜になる。夜は魔獣の力も増すと言われますからな。我々も今晩は犠牲になった村人を送り出すこととします」
と、顎をさすりながら遠くを眺めるようにして唱える村長に、そこで初めてアリアが、気になったことを訪ねようと口を開いた。
「そういえば、亡くなった人達は……?」
「さよう。先程村の広場で、亡くなっていたと思われていた多くの者が息を吹き返しました。正しく神秘の降臨を見たかのような出来事でしたが……」
「全員が全員、それこそ奇跡のように蘇ったというわけではないようで。死体の損壊が激しい者や、完全に急所をつかれた者は、残念ながら目を覚ますことはありませんでした」
ストアが村長の言葉を引き継いで、慣れた口調で説明を始める。
「どうやら全くの神業、というわけでもないようです。恐らくショック症状などで心肺停止に陥っていた人々が、死の麓から復活した、というところでしょうか。無論、どちらにしても既に治癒の見込みのない出血や呼吸停止を来たした状態だったので、それが奇跡的であることに変わりはありませんが」
「なるほど。つまり厳密には死者の蘇生というよりも……」
「ええ。極めて高度な治癒再生の力が働いた、と言った方が正しそうです。ただその力の源泉ですが……」
そこで一度、ストアは言葉を区切ってアリア達を見つめた。そして何事かしばし思案した後、首を振り、続けた。
「今のところ分かっていません。何かの幸運が起こったとしか思えませんが……。なんにせよ、死の淵から助かった人々は大喜びですよ」
「一方で、失った者らも大きい。その救われた命に手放しで祝福を送ることもできないとは……」
疲弊しきった様子で、村長は頭を抑える。
彼らが全く持って複雑な心持ちを抱えているのであろうことは、さしものレミルにも想像ができた。
だからこそ、彼らに救いの手を差し伸べようとしている自分たちこそは、自信を持って振舞おうと尚更に思うのだった。彼らはいま、最も不安と孤独に苛まれている者たちなのだから。
「正義の味方ってガラじゃあないんだけど。まあ、とにかくその何とかって奴らも全員ぶっ飛ばせば、もうそんな気持ちになることもなくなるさ。だから、俺らに任せてくれよ」
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