第九話 二人仲良く-1
甘美なる死の誘惑。
人がこの「死」という、恐ろしくも蠱惑的な摂理に取り憑かれてから、どれ程の時間が立ったであろうか。
生を死より甦らせる術は、我々の抱える永遠の課題でもある。
蘇生学、降霊学、神智学、他、現在では禁忌とされた様々な研究が、この世界を隔てる生と死の壁を乗り越えんと研学を続けてきた。
だが、「壁」とは概して「隔てるもの」であるのと同時に、その本質は「守るもの」なのだ。
生と死を分かつ壁は、同時に神の与えた奇跡、人が「生きる」という営みそのものを守るものであった。
皮肉にも、人に死への行き過ぎた探求を思いとどまらせ、この世界の本質を教えたのは、大陸の果てより湧き出る奈落のエネルギー「瘴気」だった。
肉を侵し、大地を汚すこのエネルギーが、この世に死者を蘇らせたのだ。
そして人々は、蘇った者たちをこう呼んで忌み嫌ったのである。
……そう、「
-『忌むべき死者の書〜サバトを開く前に〜』より-
♦︎
一通りの催しが終わった。終わった、と言っても、命を落としたと思っていた人々が意識を取り戻すというとんでもないイレギュラーに、人々は大いに沸き立った。少し前にはあんな事があったというのに、多くの人が涙ながらに神に感謝し、五体を地に投げ出して祝福の言葉を投げるものもいた。
しかし一方で、その救いは全ての者に平等に与えられたものではなかった。気絶したティシアを抱えて退散するレミル達が見た中でも、少なくとも数人は未だ還らぬものがいたのだ。一見した程度だが、その者達はどうやら一様に体の一部を欠損していたり、原型を留めていなかったりと、著しく損壊が激しいようだった。そしてそれらの親族や友人、恋人たちは途方に暮れ、周囲の歓喜についていけずに立ち尽くしていた。
レミル達は意識を失ったティシアを休ませるべく、今、パンネッタの家のベッドを借りて彼女を眠らせていた。ストアの提言により、混乱を招きかねないと言うことでティシアの事に関しては黙っておくことになり、代わりに彼が研究者としての見識から、様々な可能性を見繕って村人達を宥めてくれた。無論、およそ奇跡的な出来事であるということに関して否定はしなかったが。
パンネッタは、そもそもレミル達が自分や村を助けてくれた存在と言うことで、喜んでレミル達に自分の部屋を使わせてくれたので、ティシアの安静を確保しつつレミルとアリアはリアスの事を待った。
パンネッタの家は村の集会所施設のすぐ近くにあり、簡素な木造の二階建てだった。彼女は姉と二人きりで住んでいるらしく、その家は特段と大きいものではなかった。彼女の部屋も一人用のベッドと小さな棚と、その上に乗ったこじんまりとした私用品に、壁に窓がついている程度だ。
リアスは先ほどの追悼行事の時からどこかに行ってしまっていたが、事態を聞きつけてやっとこさ彼女達の元へ戻ってくると、説明を受けて思わず目を丸めた。
「ティシアちゃんが?」
さりげなく、元一国のお姫様(当面の所そう思われる)に躊躇いもなしにちゃん付けしながら、リアスは聞き返した。
「はい。とにかくその、何が起こったのかよく分からなくて。しかもすぐにこうして倒れてしまったんです」
深刻そうにアリアが説明する。リアスはそれを受けて「ふむ」とティシアの寝姿を見つめた。
「もしティシアさんがやったのだとしたら、驚きですよね。確かに一度は亡くなってしまっていたはずの人を生き返らせるなんて、魔法学会がひっくり返りますよ!」
「いや……」
アリアの言葉に、リアスは渋面で好ましくない感情を表して首を振る。しかし、その続きの言葉をわざわざ口にはしなかった。
死者を蘇らせる技法。そんなものがあっていいはずがないのだ。
何より、一度死んだ命を再び生き返らせる技法があったのなら、この世界はきっと、もっと違った姿になっていただろう。
リアスは自身の遠い過去を思い出しながら、目つきを鋭くする。
アリアの話が本当ならば、ティシアはそんな、この世界では有り得ないはずの蘇生の能力で一人のみならず無数の人間を蘇らせ、そして彼らの怪我や傷口すらも完全に治療してしまったという事になるのだ。
一体この少女はどんな力を使ったというのか。勇者の時代の人間であり、その勇者と共に旅をしていたという彼女。もしそれが事実であるならば、あるいはその度が過ぎているとも言える異次元の能力にも説明がつくのだろうか。
「何にしてもあまり喜べた事ではないな」
リアスは普段の軽そうな態度とは異なり、少しばかり真剣な表情で言った。彼女のことだから、むしろお気楽にガッツポーズなどして起こった出来事に賛辞を送りそうなものなのに、とアリアが不思議そうに首をかしげる。
「え、なんでですか? こんなすごい能力、きっと大陸の誰だって編み出す事が出来なかったはずですよ!」
「だからだよ。それ程の力をノーリスクで扱えるわけがないだろう? 現に彼女は今、こうして意識を失っている」
リアスはそう言って、ティシアを目で指した。レミルもまた、今はただティシアの身を案じて彼女の事を見つめている。
「他にどんな代償があるのか分からないが、少なくとも彼女の肉体にも相当な負荷がかかるはずだ。恐らく私達では想像もし得ないほどのね。意識が戻る保証だって……ないかもしれない」
それに、とリアスは目を細めた。
綺麗事を言うようだが、一度死んだ人間を蘇らせるというこの仕業そのものが、必ずしも輝かしいとは言いきれない。何故ならそれは命の価値を下げるからだ。命は命である限り、それを救う事が美徳になろう。
だが、命でなくなった
現に、形はどうあれ人間は、再び動き出した死体であるゾンビやグールに対しては、嫌悪や忌避の感情を見せる。それが「死者蘇生」という力の持つ、真相なのかもしれないというのに。
リアスは、そんな否定的な考えを頭に巡らせ、自分自身の過去に重ねて顔をしかめた。
アリアはいつになく真面目なリアスに気圧されて肩を落とす。
「うっ……まあ、それはそうかもですけど」
「とにかく彼女が目を覚ますまでは何とも言えないけどね。ところで……」
リアスが続けて何か言いかけた時、控えめに部屋の扉が開けられた。そこには落ち込んだ様子のパンネッタが立っていた。
それを見て、すぐにリアスが明るい笑顔を作り上げる。
「やあパンネッタちゃん。部屋を使わせて貰ってありがとう」
リアスがそう言ってやると、パンネッタは少し伏し目がちで弱気に笑った。
「いえ、そんな。旅人さん達にはご恩がありますから」
パンネッタは初めて会った時とは打って変わって随分弱った様子だった。村の惨状を見てショックを受けたからだろう。ストアの話を聞けば、それが自分の責にあると考えている事は用意に想像出来た。
リアスはそれを察して、柔らかい口調で言う。
「君が気を病む前に、件の山賊とやらを何とかするべきだろうね」
見抜いた様な目線でそう言うリアスに、パンネッタは期待の篭った目で彼女の事を見た。それと同時に、事情を知らないレミルとアリアが首をかしげる。
「山賊?」
「ああ、話してなかったか。どうやらね、この村では厄介な事件が起こってるようなんだ。ま、ここは一つ功徳を積むと思って村に助力してみないか」
簡単にそんな事を言いやるリアスに、もちろんアリアが黙っていない。呆れたように両手をあげて抗言してきた。
「簡単に言いますけどね。そもそも目下の所、この二人をお送りするという約束では? 無責任に寄り道するのは連れ立ちとしてどうかと思いますけど。というかそもそも今までどこに行ってたんですか!」
「いやなに、ちょっと調べ物をしにだね」
「なーにが調べ物ですか! 師匠は私の知らない場所に行くための言い訳をそれしか思いつかないわけですか!」
「別に言い訳をしているわけではないんだけど……」
「何言ってんですか、アルカーンの時もジュラル遺跡の時も、後から勝手に言い訳取り繕って」
「お、おいおい落ち着けよ。とにかく私のことはいい。どちらにしろティシアちゃんがこの調子じゃあしばらく厄介になるだろうし、その代わり村の役に立とうというのは間違った考えじゃないだろう?」
リアスはこのまま愛弟子の追求を受け続けるのは得策ではないと踏んで、さっさと話をすり替えてそう提案する。アリアは気に入らなそうにジト目になると、「お前はどう思うんだ」とばかりにレミルの方をジロっと睨みつけた。
レミルは突然自分に矛先を向けられて困惑しながらも首を縦に振る。
「お、俺は別にそれでいいよ。放っておくわけにもいかないだろうし」
「ほ、本当ですか!」
レミルの返事にパンネッタは一番敏感に目を輝かせた。どうやら自分を助けてくれた時の鮮烈か像が残っているのか、ヒーローでも見るかのような目線だ。
色々気に入らないアリアだったが、その返事に対して目を逆三角にしつつも嘆息して。
「ぐぬぬ……また師匠の気まぐれに付き合わされるのね。……とはいえ、こんな事が目の前で起こったのに見過ごして旅を続けるというのも、それはそれで寝覚めが悪くなりそうですが」
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