第八話 奇跡の滴-2
「はい、ありがとうございます!」
パンネッタはその返事を受けて、あんました様子で頷いた。
「そう言う事なら、足も怪我しているようだしこいつに乗ると良い」
そんな少女に対して、リアスは彼女が先ほど打ち付けた膝の事を言いながら、ミリスの腰をポンと叩く。応えるようにミリスが「ブルルッ」と勇ましく鼻を鳴らすと、パンネッタはミリスの図体を見上げて少しばかりおののいた。
「そんな、私歩くくらいなら大丈夫ですよ!」
「しかし、一刻も早く君の村へ向かった方が良いだろう?」
暗に、君の膝が足手まといになる、と言わんばかりの言葉だが、それは事実だった。大変なことになっている、と言われている以上、悠長に構えてもいられない。何よりこの少女がつい先程魔獣に追われていたという事実が、事態の異常さと切迫さを物語っている。
パンネッタはリアスにそう言われ、渋々に頷いた。
「そ、それもそうですね……」
リアスは彼女の返答に頷くと、顎に手を当てる。
「ふむ、そうなると……流石に三人で乗るのはスペースがキツいだろうし、私が降りようか」
「いえ、私が降ります!」
リアスの提案に、すかさずティシアが返した。かなりきっぱりとした彼女の口調に、リアスが驚くと、ティシアは顔を赤くしながら少し慌てて。
「あ、いやあの、だから! わ、私歩けますから、大丈夫です」
そんなティシアの言葉に、リアスは若干頭にハテナマークを浮かべながらもそれを承諾した。
「う、うん。まあそれなら構わないけど」
そう言ってから手で鐙の辺りを指差し、馬の降り方を指導してやると、彼女の体を支えながらミリスから降ろしてやった。そして、変わりにパンネッタに手を差しのべ、馬上に乗せる。それから再び、挟むような調子で軽くミリスのお腹を踵で叩いてやると、少しペースを早めて、一行は進み始めた。
ティシアは馬から降りるとそそくさとレミルの横にまでやってきて、本当に何とはなしにその手を握った。何だ、と思わずティシアの方を見ると、彼女は怪訝そうにレミルの方を見つめている。
「え、なに?」
顔に米粒でもついているのかと思ったレミルがティシアに聞くと、ティシアはただ首を振って、少し興味深そうにレミルの顔を覗き込んだ。
「いえ、こうされると嬉しいのかなって」
「う、嬉しい?」
一瞬、本気で何のことだろうと頭を巡らせる。と、なるほど、どうやらさっきパンネッタに手を握られた時の事を言っているらしい。
「いや、別に嬉しくはないけど……」
「え、嘘です。嬉しそうでした」
いや、それは勘違いです、と即答しそうになるのを堪え、レミルは首を傾げる。
「そ、そうかな。そう見えた?」
「はい、そう見えました。どうですか、嬉しいですか?」
そう言いながら、ティシアはズイっとレミルに顔を近づけてきた。レミルはその鼻先が触れ合わんばかりの距離に、なんと答えていいか分からずに難しい表情をする。それから変に緊迫して飛んだ思考に身を任せて、ナチュラルにとんでもない事を答えてしまった。
「ああ、出来れば永遠にこうしてたいよね」
とりあえず何か答えなければ、と思って焦りながらしゃにむに巡らせた思考が、訳のわからない言葉に繋がってしまう。脇で聞いていたアリアが、思わず「はあ?」と思いっきり眉をひそめてレミルの方を見た。正直、レミルは自分でも何を言ってるんだと思う。
ティシアはレミルの言葉に、少し困惑した表情をうかべながらも、同時に嬉しそうに顔を赤らめながら首を振った。
「そ、そんなにですか? それはちょっと難しいですけど……。で、でも」
そして、黒真珠のように綺麗な両の瞳を開いて、レミルのことを真っ向から見つめる。
「でも私、タナ……レミルが喜んでくれるなら、なんだってするつもりなんですよ」
とても恥ずかしがっている癖に、やけにまっすぐにそんな事を言ってくれるティシア。レミルは表情一つ動かさないながら、頭の中ではかなりのパニックに陥り、更に思考をフルスロットルでぶっ飛ばす。そして自分も、固まったように真顔で目の前の銀雪のような少女と見つめ合うと。
続けて脈絡もなく、今度こそとてつもない大暴投をぶっ込んだ。
「よし、じゃあもう結婚し」
言い終わるか終わらないかの内に、アリアがガスンとレミルの足に踵を落とした。それもかなり容赦なく。
「痛っっっっ!!?」
思わず声を詰まらせながら、レミルは涙目で自分の足を抑える。一応は助けて貰ったというシチュエーションとも言えるのだが、それにしても手心がまるでなく、レミルはそのまま飛び上がりそうになった。
彼女の言いかけた言葉に本気で引いているアリアと、少し顔をひきつらせるリアスに、何故か顔を真っ赤にして目を背けるパンネッタ。しかし、幸か不幸か当のティシア本人は何を言われたのかがよく分からなかったらしく、首を傾げた。
「え、なんですか?」
「聞かなくてよろしい!」
手を振ってアリアが遮る。最も、そんなことをしなくても、到底レミルは答えられるような状況ではなかったが。
と、馬上からリアスは不意に、足をかかえてピョンピョン歩きをしているレミルの近くにまで身をかがめ、小声で話しかけた。
「ね、ところでさ」
内緒話のように馬上から身をかがめて顔を寄せてくるリアス。レミルは答える代わりに顔を向けた。
「君、さっき突然、いつにも増したスーパーパワーを発揮してなかったかい? 正に目にも止まらない動きという感じだったけど」
「スーパーパワー?」
レミルが何のことを言われているのかと首を傾げる。それからすぐに思い当たる節に指を立てた。
「ああ……さっきのアレか?」
アレ、というのはベアロードを倒した一瞬の内の、レミルの刮目すべき動きのことだろう。リアスが無言で頷く。
「あれは……実は自分でもよくわからない。俺にも制御できなくて、気まぐれに湧いてくるんだよ。そういえば、あのニーズヘッグと戦った時もそうだったな」
レミルは自分の手を見つめ、それを握ったり開いたりしながら、確かめるようにそう答えた。だが、表情から読み取れる心境を察するに、その「力」に対してあまり好意的な印象を抱いていないようだ。何かを思い出すように苦虫を噛み潰したような顔をしている。
「では君にはそう言った、制御しきれない力が以前からあったと?」
「うん……それがいつからなのかは分からないけど、時々そういったすごい力が湧いてくるのは本当だ」
「ふーむ、なるほど……」
リアスはレミルの言葉を聞いて、馬上に体制を直し腕を組んだ。隠された力、封印された力。それは一般に「祝福」と呼ばれるものであるとリアスは知っていた。精霊の祝福、天使の祝福、あるいは神の祝福などと呼称されるもの。
それらの特殊な力は特別な行程を経て、天の星々より齎される。つまり、努力や修練などで会得できるものではないのだ。かつて勇者と呼ばれた存在も、強力なる信託の祝福を受けてそれを自在に使いこなしていたという。
レミルという少年。彼の話では、その力を完璧に制御することこそ出来ていないが、もしその身が祝福を受けた存在であるというのならば。あの力が何らかの星の加護による強化であるならば。
――もしかすると、あるいは本当に……。
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