第六話 眠れる遺跡の姫-4

 万事休すか、いつまでも逃げていても仕方がない。


 ゴーレムは硬い音を鳴らしながら、数度、両の腕を打ち合わせると、一直線の弾丸のようなストレートを放ってきた。その一撃は、かろうじて寝そべるように体勢を崩してかわしたレミルの後ろの石壁を穿ち、見事な拳型の窪みを作る。


 迫りくる敵の攻撃を回避しながらも、このままでは埒が明かないため、レミルは冷静に現状の整理を始めた。打撃は通用しない。直接は魔法もだめ。その上銅剣も奪われた。


 ――……奪われた?


 それならば銅剣は今どこにあるのが。床に落ちてはいない。ということはまだ、ゴーレムの体に突き刺さっているのか。刃の先だけを挟まれたような状態だったので、奥にまでは届いていないだろうが、刺さっていたというのは間違いではないはずだ。


 レミルは自身の思考をフル回転させながら、力を振り絞って立ち上がると、ゴーレムの追撃から逃れつつ背後に回り込み、銅剣のありかを確認した。


 確かにあれはまだ、彼が突き立てた場所にあった。今のゴーレムにとっては背中の、人間でいう肩甲骨の下縁辺りに挟まったままだ。


 ――あれを何かに……使えないのか!


 劣化防止の処理が施された、極めて状態の良い銅剣。そしてゴーレムの内部は緻密で繊細だ。アリアの言葉が正しければ、ほんの僅かな干渉を及ぼすだけで、きっとその回路をかき乱せるはずなのだ。


 レミルは「よし」と方針を固めると、走り出しながらアリアに向かって大きく叫んだ。


「おーい! アレできるか!? びりびりの! 俺が合図したらやってくれ!」


 そして向こうの返事も聞かずに、即席の作戦を実行に移した。彼には魔法の知識はない。だからこれは言わば、いちかばちかの賭けだった。


「アレ? びりびり? ってなんですか!」


 アリアは意味の分からない言葉に憤慨したように言うがレミルは答えることなく、危険なゴーレムの前方にわざわざ再び回り込み、注意を引きつけようとしている。まるでゴーレムに、アリアに対して背中を向けさせるように。


 アリアはそこで、ゴーレムの背中に突き刺さっている銅剣を目の当たりにした。そして次に恐る恐るレミルのことを見やる。


「び、びりびりのってまさか……」


 既に体が危険信号を出しているので呑気に待っていられる場合ではない。アリアの察しの良さを天に祈りつつ、レミルは作戦を決行した。すでに目は慣れ始めてきている。全神経を動体視力に集中させてゴーレムの放った左スイングを完全に見切り、上方に大きく跳躍した。それと同時にアリアに向けて、


「今だ!」


と叫ぶ。


 アリアはその合図に応じてゆっくりと手にしたメイスを構え……。


「……鳴り響け、サンダーボルト!」


 雷の魔法をゴーレムに向けて打ちはなった。宙を這う、蛇のような閃光がゴーレムの背中に刺さっている銅剣へと一直線に向かう。


 跳躍していたレミルはゴーレムの頭を飛び越えると、背中に刺さっていた銅剣の柄を足の裏で思い切り蹴りつけ、内部に向かって押し込む。その反発で彼の足が銅剣から離れると共に、アリアの放った雷鳴魔法が命中した。


 雷が銅剣を捉えると、剣身が火花を散らした。雷は周囲のゴーレムの体面を撫でることさえできなかったが、突き刺さった銅剣に対してはしっかりと直撃したのだ。銅剣が火花を上げるとともに、ゴーレムが苦しむかのように宙に向けて腕を振るう。


 しかし、二、三度そうしてもがいた後についに動きが停止し、そしてガラガラと音を立てて、レンガの塊が意思を失ったかのように崩れ始めた。銅剣の表面で弾け飛ぶ火花がそのままゴーレムの内部にまで伝わり、微細な魔法回路の流れを完全にかき乱したのだ。


 やがてそれは、完全に魔力による制御を失った後、上半身から床に倒れ、ただの無数の石片の山となった。



「おや?」


 と、その様子を眺めていたレミルが眉をひそめる。ゴーレムが崩壊していくと共に、その体の中から長方形の何かが姿を現したからだ。ちょうど人間が一人入ることのできるくらいのそれは、箱、というより棺のようなものに見えた。ゴーレムの中に収まっていたのだろうか。


 アリアとレミルは喜びを分かち合う間もなく、その棺を目にしてお互いに顔を見合わせた。アリアが、もしかしたらお宝かも、と期待の眼差しを送り、レミルがその元に走っていく。


 ――さっきからずっと声が聞こえてたんだ。それもゴーレムの中から。もしかして、その正体は……?


 レミルが棺の元に駆け寄ると、棺はちょうどその時、カシャン、と音を立ててひとりでに解錠し、何かの白色透明な煙と共にその蓋がゆっくりと開かれた。


 レミルは恐る恐るその中身をのぞき込み、そして息を呑んだ。


 開かれた棺の中には、一人の少女が手を合わせて眠っていた。


 いや、これは眠っているという表現が正しいのだろうか。白く透き通ったような肌に、長く流れるような黒髪。驚くほどに整ったその穏やかな顔立ちは、正しく絶世の美女と形容せるものだろう。寝姿でさえ、見る者全ての時を止め、魅了させるのかというほどだった。


 白銀世界の積雪のような純白のローブに身を包み、寝息すらたてずに横たわるその姿は、美しすぎるというほどに美しかった。まるで彼女だけが、おとぎ話か何かの空想の世界から迷い込んで来たかのように。


 レミルがその姿に思わず見惚れていると、不意に、少女が眩しそうに瞼にしわを寄せ、


「……んん」


 と声を漏らした。それから瞳を微かに瞬かせると、うっすらと目蓋を開ける。美しい黒髪と同じく、惹き込まれるような深い黒色の瞳が見開かれ、寝ぼけたように何度か視線を左右にやった。


 やがて段々と目が覚めて来たのか、瞳孔がはっきりと視界を捉えるようになると、ゆっくりと自分の目の前にしゃがみこんでいるレミルに焦点を合わせた。そして唐突に、その表情に満面の笑みを浮かべると、ガバッと身体を起こしてレミルに抱きついたのだった。


「ああ! やっと来てくれたのですね! ずっと……ずっと待っていました! タナメア!」

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