第六話 眠れる遺跡の姫-3

 左側に伸びた通路を抜けたレミルとアリアは、開けた正方形の部屋に出た。広さは大体三十メートル四方といった所で、部屋の中央部辺りに、四角い台のようなものが置いてある。


 壁には何本かの銅製の剣が、荘厳な剣立てに立てかけられていて、まるで祭壇のような作りになっていた。さらに部屋の右端には用途不明の巨大な石レンガ作りのキューブのようなものが場違いに置かれている。


 レミルは確かにこちらの方から人の声を聞いたので、もしかしたらこの部屋の中にその主がいるものかと思い、辺りを見回す。だが、それらしき姿は見当たらなかった。かと言ってこの部屋のどこにも、更に別の場所に繋がる通路らしきものなど見受けられなかい。


 いつの間にかレミルの背中に隠れるようにしていたアリアが、そっと部屋の中の様子を見回してから急かすように言った。


「何もないじゃないですか。やっぱり聞き間違いだったんですよ。さ、早く戻りましょう」


 アリアがレミルのボロ袖を引っ張る。それでもレミルはまた辺りに視線をやりながら何かを探すように振舞った。


「ほら、また聞こえた。どこだ、この部屋のどこかから……」


 そう言って部屋の中を一周するように左から見回す。そして最後に、部屋の端に安置された、巨大でこの場に似つかわしくないキューブのようなものを目に止めると、それを凝視した。


「……あそこか?」


 小さく独白しながら、レミルはゆっくりとキューブに近づいていった。


『こっちに来て……お願い。私の所に来て!』


 頭の中に響き渡る声が、導くようにレミルの足を進ませた。


「ち、ちょっと……」


 アリアはどうすればいいかわからずに途方にくれるが、レミルは無言でキューブの前までたどり着くと、それを見つめる。見ればそれには所々に引きずったような赤黒い汚れが付着していた。


「まさかこの中に……?」


『こっちに来て……私を……』


 と、不意にその声と連動するようにキューブから奇妙な音が鳴り響き始めた。どことなく不安を煽るような単調なリズムが、アリアにもはっきりと聞こえる程に辺りに響き渡る。


「なんだ? 一体何が……」


 やがてそのリズムのテンポは段々と早まっていき、それに従って音程もノイズ気味に上がっていった。


「こ、これ何かに反応してますよ! 魔導仕掛けの起動音です!」


 アリアがレミルに向かって叫ぶ。


 ――反応している……? まさか、この声に連動して?


 そう気づいた時、ガタンと音がして、振動と共に石レンガで組まれたキューブがゆっくりと動き出した。そしてそれは積み木のように見る見る内に自らその形を組み換え、やがて巨大な石造物へと変形した。


 めまぐるしく石レンガが組み代わり、なんと寸胴の人型を形成したそれは、最後に頭部に相当する部分にポッカリと隙間を開けると、闇の中に目のような光が浮かび上がり、その完成を見た。赤黒い染みが着いていたのは腕の部分に当たり、あの血溜まりの事が頭に浮かぶ。


 本物を見たことがないレミルにも、直感的に目の前の存在が何者なのか理解することが出来た。


「こいつ……ゴーレムか!」



 巨大な石の人形「ゴーレム」は、真っ赤な眼光でレミルを見下ろした後、ぎこちない動きで数度、首を動かした。そして。


「うおっ!」


 唐突に、ものすごいスピードで、その石の拳を容赦なく振り下ろしてきた。いきなりの事に、レミルも思わず転がるような形で後ろにかわし、部屋の中央に置かれた台の上に飛び乗る。半瞬の後にレミルが立っていた石床に向かって、巨大ハンマーのような拳が叩きつけられる。


 途端にピシッと床が悲鳴をあげ、煉瓦畳に亀裂が入った。それから、衝撃がその亀裂を這うようにして、周囲の石畳が粉々になる。あとコンマ数秒も反応が遅れていたならば、自分は惨めに潰れた血袋になっていただろうと想像し、レミルは思わず息を飲み込んだ。


「おいおい、ずいぶんと気の早い奴だな」


 額に汗を浮かべながら、レミルは独白した。その背後からアリアの声がかかる。


「ち、ちょっとまずくないですか! 明らかにゴーレムじゃないですかそれ!」


 レミルは心中舌打ちしながら、ゴーレムから目を離さずに声を上げた。


「びびんなって! 要はこいつを倒せばいいんだろ!」


 無茶にも思えることを傲慢に言ってのける間にも、二撃目の拳が降りかかり、レミルはギリギリ横に跳んでそれをよける。直後に、ゴーレムの拳を受けた石の祭壇が粉々に砕け散った。見かけによらず、一つ一つの動作がまるでバネ仕かけか何かのように素早く、威力はもちろんのこと、ただ避けることですら困難だった。


 レミルは腰を低くして着地すると、前のめりの姿勢から片手を軸にして器用に立ち上がり、壁に立てられている儀礼用の銅剣を取るために駆け出した。


 その様子を眺めていたアリアはため息をつき、


「大丈夫かな。私も手伝った方がいいのかしら」


 と、呑気にそう呟き、渋々ゴーレムに向けてメイスを構える。


「……熱く乾いた者よ、応えよ! ファイアーボール!」


 彼女の言葉と共に、圧縮された高温の炎の塊がメイスから飛び出し、ゴーレムに向かって直撃した。同時に、魔力によって生成された火球が激しく膨張し、小爆発を引き起こして標的を襲う。並の魔獣ならこれだけで丸焼きになっているはずだが……。


「うっそ……」


 アリアはその光景に思わず声をあげる。なんとゴーレムは、か擦り傷一つついた様子もなく綺麗な姿そのままで立っていた。いや、そんなはずはない。例えダメージがなかったとしても、その表面上には焦げあとや欠損などの何かしらの影響があるはずなのだ。


 そんな僅かな影響すらも完全に断ち切ってしまう仕掛けに、アリアの心当たりはたった一つしかなかった。


「アンチ……マジックバリア?」


 レミルを標的に捉え、動き出そうとするゴーレムの姿に、アリアはたらりと汗を流した。


 アンチマジックバリア。


 その名の通り、あらゆる魔法現象からの干渉を遮断する特殊な結界のようなものである。強い魔力がマナによるエネルギーの流れをねじ曲げて、その周囲に魔力を遮断する微小空間「反魔力場アンチマジックフィールド」作り上げ、魔法を妨害してしまうというもの。つまり極めて強い魔力によって魔法を防ぐ盾を生み出す術のことを言う。


 通常の魔法使いが使用する、魔法による効果を軽減する作用を持つ、いわゆる「マジックバリア」とは異なり、習得によって生み出すことが出来ず、また、それよりも遥かに強力な力を持っている。マジックバリアは使用者の魔力量によって範囲や効力の限界が決まるが、アンチマジックバリアは練度によらず、その限界値がケタ違いなのだ。どんなに強大な魔術師が放った魔法であったとしても、下級魔法程度では「アンチマジックバリア」の防御を揺らがせることすらできない。


 そして何より自動的、かつ半永久的に効果が発揮されるため、マジックバリアのように、いちいち詠唱や祈祷を捧げる必要もなく、更には不意打ちですら効果をなさない。術とは言うが、ほとんど体質のようなものなのだ。


 伝承の魔神族や大陸最強種の一つとされる古竜族、そしてかつての勇者や魔王と呼ばれた存在も、あまりに強大すぎる魔力がゆえにこのアンチマジックバリアに守られていたという。


 しかし、もしも……。もしもこのゴーレムにアンチマジックバリアが張られていたとするならば、これを創り出した人間は勇者や魔王に匹敵するほどのウィザードという事になる。


 それほどの人間がなぜ、このようなものを作る必要があったのだろうか。


 レミルは壁に立てかけてあった剣を取ると、ゴーレムを振り返り、それを構えた。劣化防止の永続魔法がかけられており、錆付きもなく金属光沢のよい良好な銅剣だ。つまりかつては祀り事に重用された剣であり、研究調査においても重要な歴史的遺物として慎重に扱われていたものである。


 ただ、そもそもが装飾品として打たれたものであるため、無駄にゴツゴツとした意匠で、細腕のレミルには少し扱いにくかった。


 ゴーレムはそんなレミルに向かって、今度はアッパー気味に拳を振り上げる。巨体にそぐわない素早い一撃を、レミルは冷静に背中から横に転がってかわすと、起き上がりざまに銅の剣をその岩腕に叩きつけた。


 だが……。


「ちっ!」


 硬いもの同士が弾き合う音が響き、レミルの斬撃は容易く跳ね返されてしまう。石片で構成されたゴーレムの体には相変わらず、傷一つさえつかない。


 剣をはじかれて体制を崩されたレミル。続けざまに無防備な体制のまま、ゴーレムの石柱のような腕の薙ぎ払いを、その割れ物のように繊細な顔にもろに食らってしまい、弧を描いて吹っ飛んだ。彼はそのまま宙を舞い、ガスンと頭から床に激突した。


 アリアは思わず両手で顔を覆いつつ、指と指の隙間からその様子を覗いて、レミルに向かって叫ぶ。


「だ、大丈夫ですかー!」


 返事をする余地もなくダメなのかと思いきや、なんとレミルはふらつきながらも立ち上がり、しかめ面で頭を抑えた。


「っ痛ぅ。……ん、俺は大丈夫」


 そう言いながら、彼はアリアに向けて手を振る。


 どうやら直撃したと見せかけて、傾いだ体制のまま受身も取らずに後ろに跳んでかわしたらしい。お陰で強かに体を打ち付けるハメにはなったが、致命的な被害を被らずに済んだというわけだ。


「うわー大胆ですねー」


 などとアリアが抜かす内に、レミルは改めて剣を構えて、ゴーレムの追撃に備えようとした。巨体の石人形は既に彼へと向き直り、再び腕を振り上げながら近づいてきている。


「参ったな。硬い上に早い、一撃も重いと三拍子そろってる」


 頬を伝う汗をぬぐいながら、レミルはアリアに向けて、大声で問いかける。


「おーい、ゴーレムの弱点とかなんか、知らないかー!」


 アリアはレミルのその言葉に首を傾げた。


「弱点……弱点か……」


 そのまま腕を組むと、趣味の読書によって培った膨大な知識量に検索をかける。ほどなくして、その情報はデータベースとして彼女の頭にヒットした。


「あの! 弱点……かどうかは分かりませんけど、ゴーレムの製作はとても繊細な手間がかかるので内部は結構緻密な魔法回路が通っているって前に本で読みました。つまり、少しでもそれが狂うと行動を制御するのがかなり難しくなるってことだと思うんです!」


 右のラリアットを、投げ出すように身を低くしてかわし、そのままほとんど両手の腕力だけで横にとびのいて左拳の叩きつけから逃れる。いつまでも続けられるはずのないギリギリのパフォーマンスの中で、レミルはアリアの言葉に耳を傾け、ゴーレムを見やった。


 再び迫り来る右の拳を目の端で捉えると、軽く飛んでその二の腕に飛び乗り、そのまま駆け上がる。内部というのならば、やはりここしかないだろう。


 レミルはゴーレムの肩上まで上り詰めると、持っていた銅の剣を、かっぽりと開いて暗闇になっている顔の部分に思い切り突き立てた。


 しかし。


 なんとゴーレムは一瞬にして自身のパーツを組み替え、銅の剣を挟むようにして顔の穴を塞いでしまった。


 そしてモゾモゾと全身の形を変え、新しく別の部位を頭部として伸ばすと、再び人型へと戻る。更に悪いことに銅の剣はゴーレムの体に挟まったままで、奪われてしまった。


「な! そ、そんなのあり!?」


 まさかの事態に動揺するレミルに、またもゴーレムが殴りかかる。レミルはそのほとんどスレスレをかわしたが、相手の腕部が微かに胸をかすり、ただそれだけで大きく横に吹き飛ばされた。


 世界が華麗に回転する。床に叩きつけられると共に口の中に血の味が滲み、一瞬視界が霞む。もし、もう一度同じことが起これば間違いなく意識が飛ぶだろう。グラグラと揺れる頭に手をやりながら、レミルは膝をついて起き上がった。


 ――どうする? あんな裏技があるなんて聞いてないぞ。どうやったらアリアの言う内部とやらにダメージを通せるんだ? 今やあの剣さえ奪われてしまったというのに。


 レミルはジリジリとゴーレムに追い詰められていた。

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