第五話 遺跡に眠るは古代兵器か財宝か-2

 しばらく行くと、更に下の階層へと続く階段が見えてきた。リアスはよし、と頷き、後ろのアリアに向かって声をかける。


「アリア! アレできるか?」


「アレ?」


 アリアは一瞬首を傾げたが、下へと続く階段に気がつくとすぐに理解したように首を縦に振った。


「分かりました!」


 リアスはその返事を聞くと、不意に立ち止まって振り返る。


「先に行け」


 と二人に向かって言うと、返事もせずに階段に向かって走る彼女らを背に置き、ゆっくりと両手を前方へ伸ばして、自身の手のひらを追走してくる魔獣たちに向けて構えた。


 階段までたどり着いたレミルは、ふうと一息をつきリアスの方を見た。自分が心配する必要もあるまいと放っておいたけれど、一体何をする気なのだろうか、と。


「心配はいりませんよ。それよりも、危ないですからもう少し下がっておいてください」


 背中越しに、そんなレミルに諭すようにアリアが言う。レミルは、気にはなったものの無言で頷くと、数歩後ろ向きのまま階段を下った。


 一方、リアスは襲いくる無数の魔獣たちに向かって両手を構え、静かに息を吸い込んだ。同時に空気の流れが彼女の周囲に収束し、充満する。何かが静かに膨らむような音とともに辺りの大気が段々と渦を巻くと、やがて高速の乱回転をおこしながらリアスを取り巻いた。エネルギーを持て余して暴れ回る気流が彼女を包み込む。


 リアスは両手を構えたまま静かに魔獣たちを見やると、足を踏みしめ、力を込めて気を発散させた。


「はっ!」


 それと同時に、彼女の周りを取り巻いていた空気が、まるでその意を汲んだかのように前方に集まり、そして一気に放たれた。さしずめ大気の砲弾とも呼ぶべきそれは、衝撃波を置き去りにしてリアスの敵へと一直線に飛んで行き、激突する。


 一瞬の静寂の後、轟音が唸りをあげて辺りの壁面に亀裂を作り、遺跡の階層中を揺らし、群がっていた魔獣たちをまとめて吹き飛ばした。


 最前方にいた魔獣はあまりの風圧によって押し潰されてしまったものもあり、それ以外も押しやられるように通路の遙か後方にまで一様に吹き飛ばされていく。轟音がどこまでも連なり、遠くまで消えていった。


 この分だと通路の端にまで飛んでいくかもな、とその様子をおでこに手をやって眺めたリアスは悠々と二人に追いつき、若干引いた様子のアリアの肩を叩く。


「じゃ、よろしく」


「いや、これもう必要ないんじゃ」


「念のためだよ」


 アリアは一つ嘆息すると、メイスを構えて階段の入口にバリアの魔術をかけ、敵が向こう側からこちら側に追ってこられないように仕掛けを施した。


 リアスはそれを確認してから満足げに頷き、ゆっくりと階段を降りだした。そんな彼女の背中を追って、少し興奮した様子のレミルが、たった今のド派手な攻撃についてさっそく尋ねた。


「おいおい、何だよあれ! リアスさんも魔法使いかなんか?」


「いや、違うよ? 私は魔法は使えないからね。あれは闘気と言う特殊な戦闘技術の応用さ。ま、普通の人間には出来ない芸当だけども」


「へぇ〜、すごいんだな! 俺、あんなの見たこともないよ」


「良かったらレミル君にも今度教えようか?」


「本当に!?」


 などというお気楽な二人の会話を二歩ほど後ろから聞いて、背の低い魔法使いの少女は大きくため息をついたのだった。



 二階層の魔獣は一階層よりは大人しかった。ところどころで遭遇することはあったが、常に群がられるという程ではなく、むしろ一階層の方が数が多いような気さえする。


 辺りに注意を払いつつ歩きながらリアスは首をかしげた。


 ――妙だな。想像してたよりもずっと穏やかだぞ。


「は~、やっと一息つけますね」


 辺りに何もいないのを確認して、アリアはそう言いながら実際に息を吐く。それは無理はないことなのだが、それにしてもこの状況は少し妙だった。この階層には魔よけの結界でも張ってあるのだろうかとリアスは勘繰った。


「疲れたんなら休憩してもいいぞ」


 そう言ってやると、アリアはなぜか少しムッとした表情になり、無理やり背筋を伸ばす。


「別に疲れてはいません」


 この反応を分かっていたリアスは、彼女の思い通りの返事にニヤっと笑った。


「それにしても一階層と比べると、少ないな」


 レミルが辺りを見やりながら怪訝そうに呟いた。


「そうだね。むしろ下に行けば、さらに数も増えるかと思ったんだけど」


 リアスもその言葉に頷く。が、アリアは楽観的に、


「今日は一階な気分なんじゃないですかね」


 などと抜かした。


 なんだそれ、と笑いかけてリアスはふと通路の前方に目をやった。こちらに向かって何かが走ってくる。


「なんだ?」


 無意識に身構えたリアスだったが、向こうからやってきたのは一匹の犬型の魔獣、ギラージャッカルだった。


 ただ、その走りはどうにもぎこちなく、まるで何かを引きずっているかのように見える。どうやら何か相当なダメージを追っている様子で、走りそのものにも力がなかった。


 やがて、その魔獣はリアス達の近くまでやってきたところで、もつれたようにその場に転んだ。それからもう一度だけ立ち上がろとしたがすぐにまた倒れ伏し、遂には動かなくなってしまった。その姿をよく見れば、右の後ろ足が完全に潰れてしまっていて、使い物にならなくなっているようだ。


 それに気づいたアリアがゆっくりと近づいていく。


「この魔獣……」


 リアスもギラージャッカルの下までやってきて膝をつき、眺めた。


「もう虫の息だな。後ろ足をやられてる、先客の冒険者か?」


 大きなハンマーのようなものに潰されたようになっているその後ろ足を見て、リアスは唸る。


 先客がいるというのならばそれでもいい。だが、そうではないとしたらどうなのだろうか。第一層にあれだけ集まっていた魔獣の事も考えると、もしかしたら別の可能性が考えられるかもしれない。


 リアスはゆっくりと立ち上がると、二人に目をやった。


「とりあえず、先を急いだ方がいいかもね」


 第二層は程なく終点に突き当たった。第一層と比べれば驚くほどに労がなく、魔獣も群れという群れに出会うことがほとんどなかった。大体はアリアの使う下級魔法「ショックウェーブ」や「サンダーボルト」で充分に事が済んでしまう数だ。


 アリアは最後の魔獣を自前の真空波で打ちのめすと、リアスに向かって言った。


「本当に少ないですね」


「うん。まるでこの階層の分の魔獣まで上に追いやられていたようだね」


「追いやられる?」


 含んだような表現にレミルが首をかしげた。リアスは肩をすくめて首を振る。


「分からないけどね。多分、下に降りていけば、これがどういうことなのか分かるだろう。さ、降りようか」


 そう言うリアスに従い、レミルとアリアはお互い顔を見合わせながら、心持ち慎重に地下三階層へと続く階段を下り始めた。



 三層は、これまでの上層階とは一風趣が異なっていた。


 内観が苔むした大廊下から、とても広く整えられた石壁で囲まれた円形ホールに変わり、そのホールにくっつくようにして小部屋のような空間がいくつも設けられていた。そして階段から向かって真正面に位置づけられた通路だけが、さらに先へと伸びている。


 ホールはそれこそアルカーンで目にした複合ギルドの広場にも匹敵するほど広々としていて、壁面には古代の神々を模したと思われる威容をした像が彫られている。この空間は、かつては聖堂として使われていたということから、最下層にある祭壇に近づいている証だろう。


 そして何より、地下二層よりも一際増して魔獣の気配が無かった。視界に映る限りにはその姿は見当たらないし、リアスが頭に入れた地図によると、向かいの通路を少し行った所にある小部屋に階段があり、それでこの地下三階層の構造は終わっているはずだ。


 ならば最早、この階には魔獣は存在していないということになるのではないか。


 リアスはホールの中央に一人でゆっくりと進み出ながら、薄明かりの周囲を見渡す。そして複数の小部屋や壁面の石像などに目を配ると、顎に手を当てた。


「なるほど。ここでは昔、お祭りをやっていたようだね」


「お祭り?」


 彼女の独白に反応して、レミルが首をかしげた。


「うん、文字通り神様を祭って、時々みんなで楽しくどんちゃん騒ぎをやっていたんだろう。多くの人間が騒ぎ回ることのできる無意味な程に広々としたスペース。壁には神様を讃える偶像。小部屋は、例えば娯楽係の衣装部屋やご馳走の調理場といったものだろう。当時の庶民にとってはここまでがこの遺跡の姿だったんだろうね。でも本当は……」


 リアスは奥へと続く通路に顔を向ける。


「その先があったんだ。ま、普段は掛け布かなんかで隠して目につかないようにしていたんだと思うよ。そしてその先に、司祭さんたちが真に神様を奉る場所、言わば関係者以外立ち入り禁止の場所があったんだ」


 一人満足げにそんな推理を語ってみせるリアスに、じれったさそうにアリアが口を挟んだ。


「はあ、その話は分かりますけど、それが何なんですか? ぶっちゃけ今回の依頼とあんまり関係なくないですか」


 リアスは、率直すぎる彼女の意見を聞いて、野暮なこと聞くなよ、とばかりに笑い、言う。


「なんだよ、こういう場所のことについて真剣に考えるのって結構大事なんだぞ? 例えばさ、この下の階層に、それこそ本当に神様を祭っている場所があったとしてさ、そこには何があったと思う?」


「そこに何があったか?」


 リアスの物言いに、アリアとレミルが腕を組んで首を傾げた。


「教義書とか?」


 アリアが言う。


「あったかもね。他には?」


「神様のためのお供えとか?」


 今度はレミルだ。


「お、良い線行ってるね。つまり?」


「あ、もしかして!」


 そこで、アリアがポンとようやく手を叩いた。それからゴクリと生唾を飲み込み、口を開く。


「た、宝物?」


「ご名答。神様のためのお宝、いわゆる神器なんかが奉納されていた可能性があるんだ。そこでだよ? 例えば昔の人間がこの聖堂遺跡に立ち入りたくさんの宝物を見つけ出したとする。けれど量が多すぎて到底持ち帰れないと来た。さて、どうしよう」


 ニヤリと笑い、リアスはさらに問いかけてきた。


 レミルが首を捻り、「俺だったら……」と前置きしてから答える。


「うーん、誰かに横取りされないようにするかなぁ?」


「その通り。ゴーレムが置かれているのは地下四階層だろ? もしかしたら昔の盗賊か、あるいは探検家なんかがそのお宝を発見し、その見張りを命じるためにおいたのかもしれないね」


「え! じゃ、じゃあもしかしたらその近くにはすっごい宝物が眠ってるかもしれないんですか!?」


 現金なアリアが途端に目をキラキラと輝かせた。が、リアスはそれには苦笑する。


「うーんでも、残念。それならほとんど研究機関とか、先客の冒険者とかに見つけられちゃってるだろうね」


 夢もなくそう言ってやると、アリアはすぐさま、隠す気もなくガクリと落胆して肩を落とした。


「ガーン。はあ、そりゃあそんな上手い話があるわけないですよね……」


「まあそう言うなよ。もしかしたら見つかりにくい所にある取りこぼしが見つかるかも……それに巧く隠してあってまだ一つも見つかってないことだってあるかもしれないし」


「ほ、本当ですか! じゃあ早く先へ進まなきゃですよ! 善は急げです!」


 落ち込んだり勇んだり忙しいアリアが再びやる気を出して拳を握る。そもそも、一体この話のどこに善があるというのか。


「いや、飽くまでも可能性の話だよ? まあやっぱり大方は回収されちゃってるに違いないだろうし」


 リアスはそれだけ言っておいてから、ゆっくりと腰に手を当て、にわかに真剣そうな表情になった。


「でも変だよね。本当にここ、魔獣が全くいないじゃない。まさか……」


 リアスはそこでチラリと壁に掘られた、槍を高く掲げる恐ろしい容貌をした神像に目をやる。


 ――まさか神様が退治してくれたわけでもないだろうに。


 その像は憤怒に満ちた形相で宙の一点を凝視し、その鋭利な長槍で何者かを打ち貫こうとしているようだった。リアスはその考えを取り消すように首を振ると、


「ま、いつまでもこうしてもいられないね。慎重に先に進もうか」


 と言い、ゆっくりと前を向いて歩きだした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る