第五話 遺跡に眠るは古代兵器か財宝か-1

 トレジャーハンターの心得?


 そりゃおめえ、なんといってもここよ、ここ。ハートの部分。


 こちとらこれで飯食ってるわけだしな、一々ダンジョンに潜む魔物だトラップだにビビっちゃいられねえ。大体のダンジョンには便所がついてねえんだよ、小便こきたくなったらその場で漏らすしかねえからな。そんなことをしたら次の日から俺のあだ名は「寝小便小僧のジョン」だ、不便な話だろ?


 まあ後はなんだ、真面目な話をするなら注意深く観察するこったな。


 俺たちの間じゃあ「お宝のニオイ」なんて言われてるけどよ、何も当てずっぽうじゃない。その場所の意味、状況、それにデザインなんかをよく観察してだな。


 そいつらを自分の経験に照らし合わせて当たりをつける。これがお宝探しの醍醐味ってわけだな。どうだ、ゾクゾクしたか?


 そういえば、そうそう。これは二年前の話だ、俺があの広大なヨルム大森林で……。


 -この大陸で史上初めてギルドライセンス十二種を取得した「何でも屋」ジョナサン・ホールクラウスによる「ためになる話」-



 ♦︎



「本当に良かったんですか、簡単についてこさせて」


 げんなりした様子で、アリアが繰り返し言う。


 依頼の受注を決めた一行は、ギルドの所有するの転送装置-俗にターミナルと呼ばれる物だ-を使い、ジュラル遺跡の近辺にまでやってきていた。


 ターミナルはオーパーツと言われる遺物で、歴史書にも残されていない遥か昔の、太古時代の文明から発掘されて再利用された魔導装置だ。人間を一瞬にして任意の場所に飛ばすことができるという摩訶不思議な機能を備えたそれによって、大陸人類の文明は飛躍的な進歩を遂げた。


 今となっては魔法研究によってその仕組みが解明こそされたものの、現代文明においても実用化されていない技術が組み込まれているため、ターミナルの絶対数は未だ少ない。この貴重なオーパーツのほとんどは、ギルド他、大陸有数の大手組織が占有するのみで、自由に使える人間は限られている。ギルド会員になる最大の利点の一つに、無償でターミナルの貸し出しを受けることができる、というものがあるのだ。


「くどい! 女ならいつまでも引きずらない! ねえレミルくん!」


「なんですかその理屈……いつまでもってついさっきのことだし」


 アリアがジト目でリアスとレミルを交互に見る。レミルはその視線に眉根を寄せて答えた。一方、リアスはつまらないこと言うな、とばかりに締まらない笑顔を浮かべるだけだ。


 当の現場の目の前に来ているというのに、この女性には緊張感というものがまるでない。アリアは先が思いやられるようで、思わず額に手を当てた。


 しかしリアスは、そんなアリアの気持ちなどお構いなしに高々と片手を上げる。


「さあ行こうか!」


 そして意気揚々と地下遺跡への第一歩を踏み込んだ。その背後で、やけに気の合うレミルとアリアがお互いに睨み合った。



 ジュラル遺跡は、アルカーンの市街地から数里ほど離れた小高い丘陵地帯に位置する、地下四層からなる深層遺跡で、大戦以前に発掘されたものだ。


 地上に出ている外装は地下階段への短い廊下と、それを祀るように建てられた四本の石柱だけという簡素なものである。しかし、地下に伸びるように作られたその精巧な建築技法は、現代では再現不可能とされており、その歴史的価値には多くの考古学者が目をつけている。今までの研究で判明したことによると、この遺跡は古くは聖堂として使われていたものらしい。


 内部は多少入り組んではいるものの、ほとんどは人の手による解明が進み、現在未開のエリアは残されていないとされている。戦前は保全指定区として定められていたが、終戦の後には、この遺跡にも増殖した魔獣が巣食うようになり、それらの討伐を目的としたハンターや未発見の財宝発見を志すトレジャーハンターなどが潜り込むようになった。


 その人為的に入り組んだ構造上、少数で奥部まで入り込むと思わぬ危険があるので油断は禁物だ。とはいえ、単体として強力な魔獣はまず生息していない。ダンジョンとして見るならば上級者でなくとも探索は充分可能であるという程度のものだ。


 苔むし、蔦に覆われた石造りの遺跡の入口を入るとすぐに、誘い込むように地下へと続く階段が目に入る。下層までは日の光は届いておらず、等間隔に壁にかけられた松明が足下を照らしていた。


 壁石に冷やされた空気がひんやりと心地よく、一面緑ばんだ空間に飲み込まていくようだった。


 足音を響かせながら階段を下り、レミルはつぶやく。


「へえーこんなところがあるんだな」


 物珍しそうに辺りを見回すレミルに、リアスは問いかけた。


「遺跡を見るのは初めてかい?」


「記憶にある限りはね。街から街へと駆け回るので精一杯だったし」


 そう言うレミルに、アリアが意地悪そうな表情を浮かべてボソッと。


「なるほど、さすが大悪党」


「だから違えっつってんだるぉ!?」


 噛み付くように返すレミルを見て、アリアは面白そうにけらけらと笑う。リアスは苦笑しながら二人の様子を拝みつつも、今回のクエストについて考えを巡らせた。


 遺跡のゴーレム。研究によれば、それは元々の遺跡の時代の人々が置いたものではなく、歴史の途中で誰かが持ち込んだものだという。そして、研究機関にて存在が確認されて以来一度として動き出したことはなかったとも言われている。それなのに、突如として動き出した理由とは一体何なのか。


 加えて、討伐(正確に言えばゴーレムに関しては破壊、だが)を前提とした今回の依頼内容。既に先客のギルド会員が遺跡にやってきている可能性も充分にあるが、研究が目的ならば活動状態のまま捕獲した方が得策なはずである。


 破壊しても構わない理由があるのか、ゴーレムの捕獲は不可能と判断したのか。


 そんな風にリアスが顎に手を当てて、あれこれと考えている内。三人は湿気のこもった石階段を下り終え、地下一層の黄ばんだ石床に足をつけていた。


 広くほの暗い通路が奥にまっすぐ伸びていて、その側面ところどころに小部屋や脇道に繋がる廊下がいくつも枝別れていた。しんとして平穏に静まり返っているようだが、どこからか辺り中を見られてるような感じがする。通路はずいぶん長く伸びているようで、視界の限りに遠くまで行き止まる様子はなかった。


 横ではいつの間にかアリアが、レミルに対して、


「いいですか、遺跡というのはそもそも先史古代の人々がかつて暮らしていた住居や神殿などが発掘されたもので、その時代の人々の文化と生き方を知る上でとても重要な……」


 などと口舌垂れている。レミルの方も興味深そうに、その話に大人しく聞き入っているところだった。


「あー二人とも、一応遺跡の中には魔獣とか出るから気をつけ……ってうお!」


 リアスは二人に向かって注意を促そうとした矢先、何かの気配に思わず飛び退くと、一瞬前まで彼女が立っていた場所を、刃物のような大きく鋭利な何かが通り過ぎた。


 その様子にレミルとアリアも口を止め、驚いて彼女の方を向く。


 リアスはとんとん、と軽快に数歩後ろに後ずさると、頭をかきながら「わーお」と呑気な声を上げた。


「薄暗くてよく見えなかったけど、早速いるなぁ」


 それから自分のことを切りつけようとした何かと、暗闇になっている天井とを見上げる。目を凝らすとそこには、黒い体表に金属のような光沢を放つ奇怪な姿をした人間大ほどのコウモリが無数に連なって停っていて、眼下にやってきた獲物達のことを睨みつけていた。Dランクの魔獣「はがねコウモリ」である。


 はがねコウモリは闇に潜んで群れを成す習性のある下級魔獣だ。しかし、下級とは言っても魔獣そのものが、普通の人間に太刀打ち出来るような代物ではない。その表皮は極めて硬質で並の刃などは通さず、動きも極めて俊敏である。到底、まともな人間が相手をできるような生き物ではなかった。


 ――第一階層の入口付近だというのにこんなにいるのか。魔獣が年々数を増しているというのは本当みたいだな。


 リアスは心の中で舌打ちしながらも、まずは先ほど自分に向かってきた一匹を見据えた。


 はがねコウモリは、普通であればその光景を目で捉えるのも難しいであろうほどのスピードでリアスに飛びかかり、刃物のように鋭利な羽を振り払った。獲物を仕留める際の彼らの常套手段である。空気が裂ける甲高い音と共に、光沢を放つ翼の軌跡を追うようにかまいたちが起こった。


 しかしリアスは高速で迫り来る刃を、なんとほとんど見もせずにかわして見せると、左足を軸に力を込め、一瞬にして体を回転させた。熟練した戦士の目にすら、それは小さなつむじ風か竜巻のようにしか見えなかっただろう。彼女はそれほどの速度で回し蹴りを放ったのだ。


 それこそ目にも止まらないスピードで、横薙ぎのリアスの凄まじい右足が、鋼鉄に例えられるほど強固なはがねコウモリの肉体をいとも簡単に真っ二つに切り裂いた。風切り音を残し、まるで巨大な大剣を叩きつけられたかのような魔獣の遺骸が、綺麗にその場に落ちる。


「っと」


 軽やかにステップを踏み、リアスがそれを見下ろして、涼しげに感想を述べた。


「ちょっと強すぎたかな」


「す、すげー……」


 その様子に思わずレミルも舌を巻く。リアスはレミルとアリアの方を指差して、


「そっちにも行くぞ」


とだけ言った。


「え?」


 見れば、仲間の死にいきり立ったのか、天井に張り付いたコウモリ達は一斉に翼を大きく広げて今にもこちらに飛びかかろうとしていた。


 「ギイイイ」と一匹が鳴き声を上げると、徐々にそれが伝搬し、群れ全体が威嚇するように鳴きわめく。すると、その騒ぎを聞きつけて、脇道や廊下からビッグフットやキラーマウスといった他の下級魔獣達が次々に、のそのそと這い出してきた。


 リアスはチラッとそれを見てから二人に向かって。


「いちいち相手にしていたらきりがない。とにかく進むぞ」


 リアスがそれだけ言って駆け出すと、二人も大人しく頷いて後を追った。


「ふん!」


 目の前に立ち塞がり、三人に向かって武器を振り払おうとしたビッグフットとボーグルの数体をリアスの脚がまとめて一掃する。一瞬のうちに、ほとんど肉片となった死骸が辺りに飛び散った。


 ――こ、この人、怒らせたらまずいな……。


 こともなげに魔獣を屠る女騎士の勇姿に、レミルは冗談抜きで鳥肌を覚えたのだった。


「サンダーボルト!」


 暗闇を一瞬、眩い閃光が照らすと、今度はしんがりのアリアの放った雷鳴魔法が、こちらを追いかけて来ていたはがねコウモリを数匹まとめて焼肉にした。彼女は、まるで手品か何かのように空中からメイスを取り出すと、いつの間にか高速詠唱を終えていたのだ。


 際立って位の高い魔法ではない「サンダーボルト」としては規格外の威力であるが、それはアリアの極めて強い魔力量に起因する。ただの下級、中級魔法が何体もの魔獣をまとめて葬ってしまうのだ。最も、すました顔でこんな芸当をやってのけるアリアがとんでもないという話であるが。


 しかし、倒しても倒しても魔獣はその騒ぎを聞きつけて更に集まってくる。こういったダンジョンでは通常、魔獣はより深層部分を好んで生息する。第一層でこれだけの数がいるということは、最下層ともなるとどうなっているのだろうか。近年の異常増殖を鑑みても異様な数である。


「おっ!」


 レミルは、いきなり脇道から襲いかかってきた食人鬼ラケイの振り下ろした刀を、軽快に身をさばいてかわした。そして、そのまま地面を蹴って頭上高く跳び上がると、くるりと宙で一回転して、相手の無防備な脳天に向かってかかと落としを叩き込んだ。頭蓋が砕け、ラケイは石床に顔をめり込ませながら息絶える。


 それを確認することもなくレミルは再び走り出した。


「お見事!」


 リアスがその様子を見て親指を立てた。


「ほんとにとんでもない数だな」


「ああ、それほど強力な魔獣はいないようだが、数だけはものすごいね」


 レミルに向かってそう答えながら、リアスはその瞬間にも大イグアナの尾による一振りをかわし、首ねっこから地面に叩きつけている。


「とにかく、さっさと駆け抜けよう」


 遺跡内の地図は彼女の頭に入っているのだ。


 リアスは自分の足元でくたばった大イグアナの体を思い切り前方に向かって蹴飛ばすと、道を塞いでいた魔獣たちをまとめて吹き飛ばした。


「さ、道ができてる内にはやく!」


「……」


 ――脳筋すぎる……。


 レミルは震えた。

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