第四話 ランクA-3
「なるほど、じゃあ君は記憶がある時には既に?」
「そ、大陸中のお尋ね者ってわけ」
レミルはリアスの問いに、かなり不服そうな表情で答えた。どうやら彼自身はその現実に納得が行っていない様子である。
あの後、手配書の顔写真を見てから少年レミルのご様子に気がついて、あからさまに不審がる受付嬢をリアスが何とか丸め込むと、一行はとりあえずそそくさとギルドを後にして、街の通りの方まで戻ってきていた。
ギルドには絶対不可侵という言葉がある。即ち、ギルド内ではいかなる争いも禁止という意味だ。これは職業柄として気性の穏やかでない人間が集まることも少なくないという事情もあるが、何よりギルドでは品行方正の明るい依頼や仕事ばかりが舞い込むわけではない、という訳がある。それは盗賊ギルドや暗殺者ギルドなどの物騒な組織の存在が物語っている。
言わばギルドは、それらの社会的に許されざる人間たちに対しても飽くまで「許容」のスタンスに立っているのだ。元々真っ当な人間ばかりが集まるはずもなく、そう言った制度がなければそもそも「
レミルがあれだけの人間の中で別段目立たなかったのもそういう事情があってのことかもしれない。
最も、その制度のせいでギルドは公務組織や民間との摩擦が多い。特に上層部のギルドマスター連中なんかはしょっちゅう、その事で頭を悩ませていたりもするのだが。
「い、いやでも第一級のお尋ね者といえば国家転覆計画とかそれくらいの事をやった人のことですよね。すっごい悪党じゃないですか!」
アリアが眉を寄せながらレミルを指さして言う。しかし、レミルは困ったように頭をかきながら答えた。
「けど、そうは言われてもな。俺はそんな大それた事をした覚えはないんだけど」
気に入らなそうなレミルから伺えるのは、とにかく訳も分からないのに逃げなくてはいけないという事実に対する反抗心のようなものだった。
その様子を見て、まあ誰だって人に追われるというのは気持ちのいいものではないか、とリアスは思う。
「じゃあ君は自分がどういう罪で手配されているのかの記憶もないと?」
「ああ、そうさ。そもそも俺の記憶は六年前までしかないわけだけど、それ以前と言えば俺はまだペーペーの子供だぜ。そんな子供に何が出来るって言うんだよ」
「六年前……。ということはちょうど百年戦争の終戦の年か。つまり君は百年戦争を知らないのか?」
リアスがレミルの言葉に反応してそう聞くと、彼は短く頷いた。
「直接はね。話には聞いてるけど」
「ってことはあなた、まさか戦争犯罪者なんじゃ!」
突拍子もない発想に行き着いたアリアが顔をしかめて物騒な事を言う。縁起でもない、とレミルが首を振った。
「だから知らないんだって! 俺は至極真っ当に生きてるし、こんな生活のせいで服もまともに買えないけどそんな危なっかしい事をした覚えはない」
レミルの訴えを聞き、リアスも「まあまあ」と二人をなだめる。
「君の言い分はわかるさ、自分が何をしたか分からないのに追われるなんて気持ちよくないからな。それにギルド御用達の手配書に罪状が機密で伏せられてるっていうのも気になるしな」
そして、そう言ってから思案顔になってリアスは考えた。
彼を見たことがある気がしたのは、どこかで手配書で見た記憶が残っていたからなのか。
どうもリアスには、そういった類の思い出ではないように感じられたのだが。それにあのモイラーも彼を見て、少し気になるところがある風だった。
手配書にしてもその出自にしても、話を聞く限りこの少年には随分と謎が多いように思われる。となると……。
「気になるよね、君の本性」
リアスはいつの間にか、少しばかり目を輝かせながらレミルの事を見やっていた。
「え」
アリアとレミルが同時に顔をしかめて短く漏らした。リアスはそれにはお構いなしに、レミルに向かって身を乗り出し、興味津々と言った様子で彼の全身を舐め回すように見回す。
いきなりの事に若干体を仰け反らせるレミルに向かって、アリアが困ったように額に手を当てて言った。
「あー、また師匠の悪い癖が出ましたね……」
となると気にせずにはいられない、というのがリアスの心だった。
元々の好奇心旺盛な性格に加え、長らく続けてきた旅人、あるいは冒険者としての職業も手伝って、彼女は「謎」とか「未知」とか言うものに対して、何と言うべきかものすごく目がなかった。とにかく、そう言ったものに心の中の何かをくすぐられ、気を奪われてしまう性質なのだ。
彼女の興味は今、目の前の少年レミルの正体へと深く注がれていた。
「君の秘密、私も是非知りたいよ!」
リアスの言葉にレミルは微妙に顔をこわばらせながら「さいですか」などと返事をして、ふと視界の端に目をやった。
人通りの少ない通りの向こうの方に、なにやら五人ばかりの男が集まって、こちらをチラチラとみながらひそひそとお互いに小声で話し合っている。レミルがそちらに意識をやると、最初から気づいていたのかいないのか、リアスも笑ったままその男たちの方を見た。
男たちはしばらくそうしてお互いに話し合った後、やけに肩をいからせながらズイズイとこちらに向かって歩いてきた。どうも「一緒にお茶でもしましょうや」というような穏やかな雰囲気ではない。
やがて十分にレミル達に近づくと、先頭に立っていた一人のいかにも荒くれないかつい体躯の男がレミルを指さし、言った。
「ギルドから尾けてきてみたがおめえ、やっぱり間違いないみたいだな」
いきなり人のことを指さしでおめえなどと呼ぶあたり、やはり理知のある気性の人間ではないようだ。
察するにバウンティハンターと言った所だろう。ギルドで目ざとく見かけたレミルに目を付けたものの、絶対不可侵の規定から手を出せないでいたので、ギルドから離れるまで後を尾けてきたというわけか。たまにこういう事があるから、無論ギルドとて無法者にとって全くの安息の地というわけではないのだ。
男は更に、レミルへと指を指し向けたまま続ける。
「まさか第一級のお尋ね者がこんな所にいらっしゃるとはな。あんまりにもラッキーなめっけもんで最初は目を疑ったぜ」
先頭の男がそう言うと、一斉に他の者達も腰やら背中にしょった武器に手をかけた。その様子にリアスが小声でレミルに聞いてくる。
「手伝おうか?」
リアスがなんだかやけに楽しそうにそんなことを言ってくるのを聞いて、レミルは肩をすくめて首を振った。
「いや、いい。自分の事くらい自分でなんとかするさ」
「けど、相手は五人だよ?」
「大丈夫。こう見えて俺、腕が立つから。腹も一杯だし」
それだけ言って、レミルは男たちに向かい、プイと裏路地の方を顎で指す。それを見て男たちはへへっと笑い、彼の示す意図に従って細い路地をくぐって行った。
その様子を確認してからレミルも路地の脇道に入り、その先のあまり小綺麗とは言い難い小さな広場の方に向かった。
「ち、ちょっといいんですか! 一人で行っちゃいましたけど」
物騒なやり取りを見て、アリアはリアスに聞く。リアスは少しだけ微笑したあと、レミルの背中を見ながら言った。
「さあね。ま、少し様子を見てみよう」
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