第四話 ランクA-2


 モイラーが去った後、リアスは二人を連れて、現在本業としている冒険者ギルドの受け付けの前へとやってくる。


 幸い、他のギルドと比べて窓口の数も多い冒険者ギルドのスペースは取り立てて混みあっていることもなく、リアスは受け付けの一つへとスムーズに伺うことができた。受け付けにはギルドごとに定められた、赤やら白やらの色とりどりの制服を身にまとった受付嬢がそれぞれ並んでいて、やってきたギルドメンバーに恭しく対応している。


 リアスが腰のポーチからライセンスカードを取り出して冒険者ギルドの受付嬢に差し出すと、彼女はそれを受け取って礼儀正しく会釈した。


「御用はなんでしょう?」


「とりあえず、めぼしいニュースについて」


「かしこまりました」


 受付嬢は一つ頷くと、透明な受付台の面を軽くタップする。と、まるで何かの幻視モニタのように、そこに様々なニュースのトピックが吹き出し形式で浮かび上がった。


 魔力回路が埋め込まれ、必要に応じて依頼された情報をモニタするように設定された、ギルド御用達の高度な仕掛けだった。


 受付嬢がまずその中の一つを軽く指で触れると、トピックが一面に記事として現れる。そこには何やら建造物跡のような画像と共に切迫感のある文章が細かく並んでいた。


「最近の最も大きなニュースと言えばこちらになりますね」


「ジュラル遺跡の……魔導機兵ゴーレムだと?」


 リアスが、その記事に記されていた一つの単語に目を止めて顔をしかめる。彼女の独白に、成り行きで脇に大人しく控えていたレミルが顔を伸ばして問いかけた。


「ゴーレムって何?」


 にわかに、またもやアリアが「え゛」という反応をする。今回はリアスの方も同時に少し目を丸めた後、微笑しながら手柔らかに説明してくれた。


「おや、知らないのかい? んー……今はもうあまり有名ではないのかな? ゴーレムは人間の手で生命を生み出す人口生命学の起源、いわゆるホムンクルスの先祖として、少し前までは結構有名だったんだけどね。無機物で構成された人形に魔力を込めて使い魔を生み出す術さ。大戦時代にも全期に渡って『肉体さえあれば無限に蘇る不朽の兵力』として猛威を振るったんだよ。最も、終戦後は開発を禁止されてしまったけどね」


 ただ、とリアスはなおも顎に手を当てて独白する。


「ジュラル遺跡のゴーレムと言えば聞いたことがある。あれは確か相当昔の時代の遺物……それこそ、旧時代のものでは?」


「はい、その通りです」


 リアスの疑念に受付嬢が頷く。


「遺跡のゴーレムは年代で言えばおそらくは数百年前、現在のステラ歴が行用され始めるより昔のものだと言われています。しかし、ジュラルについての重要文献によれば、元々からゴーレムは遺跡の番人として置かれていたわけではないようですね。遺跡の歴史はそれよりも更に古いですし、伝承にも遺跡のゴーレムの存在は伝えられてもいません。調査によると、およそ「先代の勇者」がいたとされる時代辺りに、何者かによって遺跡に持ち込まれたようです」


「ふむ、確か現在では活動を停止しているとか?」


「ええ、そう思われていたのですが」


 受付嬢は少し含みのある言い方でそう言うと、映し出されたモニタを軽く二度タップした。すると画面が切り替わり、代わりに何かの詳細が事細かに書かれた契約書のような物が現れる。


「つい先日、突如として活動再開が観測されたのです。同時に、その存在は魔導研究の対象でもあるジュラル遺跡の保全、及び調査の妨げになるとして、国が討伐依頼を公式にギルドに要請。難易度ランク「推定A」のクエストとして発布されました」


「ランクA……か」


 ランク。即ちギルドによって公布される依頼の公式な難易度の階級の事を指す。当然ランクが上位なほどにその依頼の難易度は上がり、その依頼を受注する権利を持つギルドメンバーも限られてくる。


 ランクAともなればほとんどのギルドメンバーにとって見れば最高位のランクである。厳密には更に上位にアドバンスドクラスと呼ばれるいくつかの難易度の階級が存在するが、その手の依頼を受けることが出来るのはギルドの中でも上位に位置するひと握りだけだ。


 実際、ランクAの依頼をこなすとなれば一般の冒険者やハンターは一人で挑もうなどと無謀な事はしない。掲示板にてパーティメンバーを、少なくとも数十人の規模で集い、共に倒すのだ。与えられる報酬もそういった制度を前提としているため莫大で、ほとんどが私的なものではなく公的な機関による依頼で占められる。


 が、このランクの依頼を達成していくことでいずれ「更に上位」の依頼を受注する権利が与えられるようになるので、志高いギルドメンバーにとっては、言わば越えるべき壁のような存在でもある。何にしろ、このレベルの依頼を達成できるほどであれば既に超一流の冒険者、ハンターであると言って差し支えないだろう。


「しかし、アレは観測される限りでもかなり長い間活動を停止していたのだろう? 一体どうして今頃になって動き出したんだ?」


 リアスが顎に手を当てながらそう問うと、対する受付嬢は首を横に振った。


「それは現時点では不明です。最も、遺跡の研究機関、引いてはそれに通じる王国政府には、その謎の究明も含めて、一刻も早くゴーレムを活動停止させる必要があるとの判断があったようですね。この依頼も、そのためにギルドに要請されたものと思われます」


 なるほど、とリアスは腕を組む。レミルは一瞬、そんな彼女の耳が興味深々にピクリと疼いたような気がした。他には眉一つ動かしていなかったので、きっと気のせいなのだろうが。


「じゃあ警兵隊の動きが慌ただしかったのもそういう理由か」


「はい。この依頼の正式な発表に伴って、モイラー様をはじめとする高名な騎士やギルドメンバーの方々が相次いでこの街にやって来たということもあります。ですが他にも理由はあるようですね」


「というと?」


「ええ、実は最近第一級のお尋ね者がこの街の近辺で目撃されたという情報が入ったそうで」


 受付嬢がそんな言葉を発した途端、レミルが何故か反射的に背筋を伸ばした。


 アリアがそれに気づいて「ん?」と怪訝そうに彼の顔を覗きこんだが、リアスはそれには構わず更に聞く。


「お尋ね者?」


「ええ」


 受付嬢は頷くと、モニタの画面の上で指を幾度か忙しなく動かし、なにやら複雑な操作を行った。と、それに従うようにモニターに映された映像が暗転した後に入れ替わり、そこに今度は何者かの顔写真のような画像が映し出される。どうやらバウンティハンターギルドが作成した指名手配書のようで、写真の下に手配者の名前と、大陸の通貨の単位で懸賞金額が記されていた。


「機関からの呼称はレミル。罪状は……機密事項ということになっていますね」


 その写真に写されていた、とても第一級の犯罪者のものには見えない、どころか見ようによれば可愛らしい少女のもののようにも見える端正な美少年の顔。それは、今しもリアス達の脇に立って両手で顔を覆ったりなどしている者のそれに、勘違いなどではなくよく似ているように思われた。


 リアスとアリアはその写真を見て、思わずゆっくりと顔を見合わせた。

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