第四話 ランクA-1

 この世界では、特に刮目するべき「偉業」と言える功績を成しえた者に対して、星導教会から「称号ネーム」と呼ばれる祝福が与えられる。


 「称号ネーム」即ち二つ名であるが、それはただの栄誉を称える飾りではない。その「称号ネーム」に沿った特殊な力が「星の神」からもたらされるのだ。


 故に祝福。


 「称号」は、高みを目指すすべての人間の憧れでもあり、この世界の神秘を確かに表す「神の証明ミスティカ・アーツ」の一つだ。「星の神」は間違いなく私たちの住むこの世界を見守っている。そして、素晴らしき偉業を達成した者たちには惜しみない賛辞と祝福を送るのだ。


 今では大陸でも有名になった「黄道騎士イクリプティクス」もまた、そんな「称号ネーム」を与えられた戦士たちの集団である。反目する八種族から選りすぐりの実力者が集まり、大陸百年戦争へと立ち向かった彼らに、神は「二等星」に相当する祝福を授けた。


 彼らの振るう力は神の栄光に裏打ちされ、より一層強力なものとなったのだった。


 -ギルド公式目録そのⅡ『英雄目録』より-



 ♦︎


 デルクラシア領の中でも北西の外れ寄りにありながら比較的大都会であるこのアルカーンのギルドは、大陸中に無数に置かれているギルドの中でも珍しい、複合ギルドという施設だ。まずまず、相当栄えている街でなければそれが開かれることはない。


 そもそも職業組合たるギルドには各々に明確なテリトリーが存在し、それが故にギルド同士で仲の良し悪しがあるという事も少なくない(例えば、商業ギルドと工業ギルド、冒険者ギルドと盗賊ギルドなどは職業柄、互いに犬猿の仲とされる)。


 だから、複数の組合が連携して複合でギルドを開くとなると、それはなかなか難しいのだ。


 更に言えば、それらの連中を連結させるためには市や街の多大な援助(要するに金だ)が欠かせないので、片田舎でこういった形のギルドが見られないのはそういう理由もあってのことである。


 しかしながら、さすがは金も手間もかかる複合ギルドというだけあって、通常のギルドと比べるとその施設はかなり大きく、設備も揃っている。何より、人の賑わいようは比べ物にならなかった。



 リアスとアリアはレミルに案内され、そんな大陸有数の複合ギルドの前までやって来ると、その外観に思わず、


「広いな」


 と声を漏らした。


 充分なスペースを設けて作られたギルド前の広場は、大理石の煉瓦が床にびっしりと敷き詰められており、半円状のアーチがいくつもギルド本棟へと続く道の上を跨っている。


 広場には所々にベンチや、恐らく商業ギルドからの出張である万事屋、武器屋等の出前が並び、幾つも立てられた掲示板にはその日の政治経済からチキンレースの結果に至るまでの様々なニュースや、ギルド本部からの公布、「パーティ」結成の依頼など多くの情報が掲げられていた。


 たくさんの人々がその広場に行き交い、あるいは冒険者か、あるいは商人か、傭兵かと言った人間達が行き来している。彼らは万事屋で必要な道具を購入していたり、ベンチに座って談笑していたり、あるいは掲示板の前に立って首をひねっていたりとその様相は様々だ。


 アーチをくぐり抜けた向こう側には厳格な趣の大きな扉と、派手ではないながらもしっかりとした構造の巨大なホールのような建物が構えていて、ギルドの施設内へと通じている。


 一行は扉の前までやってくると、一度、身の丈の倍はあろうかという扉を見上げてから、ゆっくりとそれを中へと押し込んだ。


 ギルドの内部へ足を踏み入れると、見上げるほど高い天井と、昼間であるにも関わらず十分すぎるほどに灯された灯りに目が眩んだ。


 床には赤い絨毯が敷き詰められ、広いホールの内部には壁に沿って円形を組むようにいくつものギルドの受付が、少なくとも数十という数並び、中央には手の込んだ噴水が来客を迎えるように水をたたえていた。


 ホールの両脇は更に廊下となって、右手には大食堂、左手には図書館という構造で、更に中央奥手には二階へと続く階段も備え付けられていた。二階は冒険者ギルド御用達の宿屋と受付嬢やギルドマネージャー達の居住空間となっている。


 ホールには荒くれ者風のドワーフ男から、踊り子のようなセクシースタイルの女性まで様々な人種の人々が待機している。彼らは自身の目的に合わせて、あるいは中央の噴水に腰をかけて一服していたり、あるいは今まさに受付で仕事を受注しようとしていたり、またあるいは酒の匂いにつられて大食堂へと足を運んだりしていた。


 市井の施設でこれほど立派なものは、王都国立公園か、この複合ギルドくらいのものだろう。いずれも国や市町からの援助を受け取ってこそ成り立つものであるが。


 扉を開けた途端、リアスはそのあまりに立派な内装に一瞬おどろかされたように目を白黒させる。が、それでもすぐにお目当てのギルド受け付け「冒険者ギルド」の看板を目線で探した。


 特にリアスがライセンスを持っているのはこの「冒険者ギルド」と「ハンターギルド」そして大戦時の名残りである「傭兵ギルド」のものだ。


 その気になれば他のギルドに手を出すことは出来るのだが、今の身の上においてはこれ以上のギルドライセンスは必要ないだろうと彼女は判断していた。


 そうして、目的の看板探しに目をあちこちに動かしている内に、ふと一人の男に目が止まった。


 ゆっくりとこちらに向かって歩いてきている、まるで岩石と見まごうほどゴツゴツとした体躯の巨漢だ。浅黒く所々ひび割れた乾燥肌に、顔に刺れられた特徴的な赤いタトゥーの模様から察するに、恐らく彼はオーガ族だろう。


 どうやら向こうは既にこちらに気づいているようで、視線はしっかりとこちらに向けたまま、特に慌てるでもなくリアスの方へと近づいてきた。


 オーガの男が近くに来ると、その見上げるほどの巨体の威圧感がより増しになった。


 濃い灰色でボサボサの長髪に、落ち着きながらも威厳のある眼光。口はまるで「俺は鉄よりも口が固いんだぞ」とでも物語ろうとしてるかのように厳しく結ばれていた。身なりは大型爬虫類の装甲を加工したと思われるライトメイルに身を包んでいて、そこから覗く腕や足は丸太なんて軽くへし折ってしまいそうなほど太く、隆々としている。


 オーガであるということを鑑みてもかなりの巨漢であり、身長は二メートルを越えるだろうか。その背中に普通の人間の背丈ほどはあろうかという大剣を担いでいた。そもそもそんな大きい大剣を扱うことが出来るのかと普通の人間は疑問に思うだろう。また、頬や腕、首から胸元にかけて見える歴戦を伺わせるいくつもの古傷も、その威圧感を増させる充分な要因となっていた。


 男はリアスの前までやってくると、他の二人が思わずたじろいだのにも気にかけず、口を開いた。


「久しぶりだな。あんたも来たのか」


 外見とは裏腹に極めて落ち着いていて、荒っぽさとは無縁の声音だった。リアスは少なく見積もって自分より頭二つ分とちょっとは大きいであろうその相手に臆することなく答える。


「と、いうことは、やっぱり何かあったのか?」


「いや……」


 リアスの問いかけに男は静かにため息をつき、首を振った。


「つまらない依頼だったよ。私としてはもう少し面白いものを期待して来たのだが」


 男はそう言って、憂うように天井を見上げた。



「なあ、なあ」


 と、リアスと男の問答を聞いていたレミルが、同じく隣で固まっていたアリアの脇を小突いて小さく声をかける。


「な、なんですか」


 アリアは男の方を気にしながら、潜めた声で返事をした。どうやらその男にすっかりビビってしまっているらしい。どういうわけかと、レミルが問う。


「あれ、リアスさんの知り合いなのか?」


 レミルがそう聞くと、アリアは一瞬「は?」と言いたげに目を丸めた。そして眉根を寄せると念を入れて聞き返す。


「も、もう一回言ってもらえます?」


「いや、だから。あの人はリアスさんの知り合い? それともお前?」


 レミルの言葉に今度こそアリアは明確な驚きを示した。


「し、知り合いって……知らないんですか? 彼を」


 アリアは大層驚いた様子でレミルに向かって聞いてくる。


 そこまで言うからには随分な有名人なのだろうが、生憎レミルはそう言った事情には疎い。残念ながらご存知ないので、肩をすくめてそれを示すしかなかった。


 アリアはレミルのその仕草を見て、信じられないというように口を開けた。


「い、いくら物乞いでも非常識すぎますよ! 彼は天秤座騎士モイラー、あの「黄道騎士イクリプティクス」の一人です」


 いや俺物乞いじゃないから、という抗言はまずは置いておいて、レミルは更に気になったワードについて突っ込んでみる。


「いくりぷてぃくす? ……って?」


「なっ!」


 途端、うええ、とアリアがドン引きしたように身を引いた。どうやら先にも増してレミルの非常識に驚かされたらしい。


「い、黄道騎士イクリプティクスを知らないなんて、ど、どんだけ無知なんですか」


 呆れるのを通り越して最早哀れみのような感情を覚えながら声を震わせてそう言うと、アリアはため息をついて仕方なくレミルに説明をはじめた。


「いいですか。黄道騎士イクリプティクスというのは六年前、大陸百年戦争を終結に導いた十三人の大英雄に与えられた称号ネームです。分裂していた八種族全てから指折りの英傑が揃い、大陸史上最大規模の戦争を終わらせた英雄として、知らない人はいないくらい有名なんですから」


 なぜか分からないが、どことなく得意げに少女はそう語ると、最後に「分かりましたか?」と聞いてくる。レミルはそれに対して頷きながら、改めてそのモイラーという男を見上げた。


 へえ、じゃあすごい人なのか、なんて思いながら見ていると、ふと相手の動かした視線が自分のものと重なる。すると、モイラーは少し不思議そうに首をかしげてきた。


「この少年は?」


 モイラーはそう、リアスに尋ねる。


「ああ、さっき偶然出会ったんだが。……まさか見覚えがあるのか?」


 リアスがまじまじと、レミルとモイラーとを交互に見交わす。しかし、モイラーは少年の元まで歩み寄ると、面食らった様子でこちらを見上げる表情をじっと眺めてから首を振り、答える。


「そうではないが……少し気になるところがあってな」


「気になるところ?」


「いや、いい。とにかく」


 モイラーはそのまま首を振って、レミルの脇をすり抜けて扉に手を掛けると、リアスの方を振り向いて言った。


「何の騒ぎかはすぐ分かる。受けるかどうかはあんたが決めればいいさ」


 そう言うと、静かに扉を開けてギルドから出ていった。リアスはそれを見送ると、もう一度だけレミルの事をつま先から頭まで眺めて、不思議そうに首を捻ったのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る