第三話 出会いの街-2


 突然の事に、唖然とその姿に注目する酒場野郎組合一同をよそに置き、少女は不機嫌そうな表情でズカズカと足早にこちらに近づいてきた。


 恐らくはリアスに向かって来てるのだろう。というか、そもそもレミルには身に覚えがないので間違いなくそのはずだ。


 少女はそのまま二人の座るテーブルにまでやって来ると、やはりと言うべきか、リアスを見下ろしながら眉を潜めた。


 茶……というよりは栗色のボブヘアに、あまり見慣れないルビーのような緋色の瞳。ローブというのだろうか、黒くて丈の長いドレスのような服に身を包み、腰に巻いたベルトには小物を入れる用のポーチをいくつも提げている。レミルよりは幾分背が低いが、恐らく年齢は彼と変わりないだろう。


 何よりも目につくのは彼女が全身にこれでもかと身につけた装飾品の数々だ。ピアスに指輪にチョーカーに髪飾りという、その華美なまでの装飾は、酒とカビたチーズの匂いが充満したこの空間において、少々眩しすぎるようにさえ思えた。


 と、片やリアスの方は、こちらに向かってくる少女のその姿を見て額に汗を浮かべ、微妙に苦笑いなどしている。


 少女はリアスのその様子を見ると一つ、困ったように嘆息した。そして、


「いったいこんな所で何やってんですか! せっかく街に寄ったからと少しほっつき歩かせてればまたこんな野良臭い所に!」


 思わず周りのお客様達まで肝っ玉が竦み上がってしまいそうなほどに声を張り上げ、少女はリアスに向かって怒鳴り散らす。


 怒鳴られたリアスの方は瞬間、面くらったように目を丸め、無意識に姿勢を正したほどだった。


「わ、わ、そう怒鳴るなって。悪かったよ、勝手に行動して」


「悪かった!?  何が悪かったんですか! もう何度目ですか私の目を盗んで呑気にお酒なんか飲んで! 自分がどういう身柄の人間かちゃんと分かっているんですか!?」


 リアスのなだめる言葉も甲斐なく、少女は更に声をあげて彼女に詰め寄った。完全に蚊帳の外なレミルは肩をすくめながらその様子を眺める。


 ――うーん、これは苦手なタイプの女子かもなー。


 などと他人事な様子で呑気に考えながら。


「だ、だからそう声をあげるなって。それにそもそも、私は酒は飲まない。というかお前こそなんだ、いきなり入って来て野良臭いなんて失礼だぞ」


「むっ」


 少女はリアスにそう言われ、辺りを見回す。


 どちらかといえばその場の雰囲気は不快というよりも驚嘆と言ったものに近かった。しかし少女は周りのことになど頓着せずにふん、と腕を組み、傲然と返した。


「私は本当のことを言っただけです」


「……あ、すまなかったね、急に取り乱したりして」


 リアスはわざと話を逸らすように、その様子を眺めていたレミルに向き直った。それから、腕を組んで眉を寄せる高慢な少女の頭にポンと手を乗せる。


「この娘はアリア。私の旅の従者というか、まあ弟子というか」


 リアスがそう言うと、アリアという少女はレミルに目を向け、そしてジロリと睨みつけた。


「なんですか、このボロ雑巾みたいな男は」


 ――なっ、ボロ雑巾!?


 と、レミルが心外な様子で自分の身なりをを眺める。……が、確かに破れかけの上衣にすすけたようなシャツとズボンだけ、というあまりと言えばあまりな彼の格好は、その表現を否定することが出来ていない。


 割と気にしていたのか、バチっと二人の視線の間に何かが一閃した気がした。リアスもその様子を見てアリアに苦言する。


「お、おいっ、その口はどうにかならないのか」


「お生憎さま、生まれつきなものですから」


 リアスはアリアのその物言いに、参ったなとばかりに額を抑えた。


 それから割とショックを受けているレミルに向かって苦笑しながら言う。


「あー、本当にすまない。根は悪くないんだがこいつ、ちょっとした所以があって少々口がやんちゃでね」


「ほお、そりゃどーも」


 レミルはリアスにそう言われて、アリアの事をしかめっ面で睨みつけながら頷いた。アリアはそんなレミルを、まるでちっぽけな虫でも見るかのような目で眺めると、またこぼす。


「ま、この師匠が男の子を口説こうなんて甘ったるいこと考えるわけないですし、大方通り裏で倒れていた物乞いの少年に慈悲の心で持って今日の朝食をご馳走してあげたって所ですか」


「あ、あのな……」


 今度はレミルだけでなくリアスもムッとした表情でアリアのことを睨んだ。しかしアリアの方はそんな視線など意にも介さずに、困った困ったとため息をつく。


「それで? お師匠様、本日は一体どのような御用でこちらへ?」


 その慇懃な口調とは裏腹に腰に手を当てて高圧的に聞いてくるアリアに、リアスは何事か抗議をしようとして口を開きかけた。だが、すぐに調子が狂ったように肩を落とし、諦めて自分の弟子に降参した。


「……情報集めだよ。ほら、ギルドの場所、聞かなきゃだろ?」


 とほほ、と肩を落として観念するその様には、哀愁すら覚えなくもない。


「あ、そうだ」


 そこでリアスは人差し指を立てると、アリアの事はともかくとして食事の続きにありついているレミルを見下ろして言った。


「君……レミルくん。この街のギルドの場所とか分からないかな?」


「ギルド……?」


 片手にビールジョッキ、もう片手に骨付き肉を持ち、口に芋を含みながら少し滑稽に首を傾げる。


 その様に心底軽蔑した様子のアリアが「うわっ」などと目を細めたりしたが、それは聞こえなかったらしい。


 リアスは彼の言葉に頷くと。


「そう、この町のギルドなんだが。場所を知っていたら案内してくれないかな? そう、食事代分、私を助けると思って」


 レミルはそう言われて、ビール一杯思い切り飲み干すとジョッキを机の上に戻し、テーブルに無造作に積まれた紙切れで口周りを拭きながら答えた。


「まあ、別に構わないけど?」

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