第二話 流浪の女騎士-3
アリアはジーンの効果によって無制限に魔法を唱えられるようになると、息巻きながらメイスを振り回す。その周期に従って、彼女の手首に嵌められた腕輪たちがジャラジャラと音を立てた。
メイスが彼女の頭上で輪を描くと、そこに軌跡をなぞるように円形をした真空の刃が多重に現れ、飛散する。風の魔法「クレイブウェーブ」が襲い来る狼達を同時に薙ぎ払った。
更に、アリアはその刃をメイスと両腕を使って、まるでチャクラムか何かのように自在に操り、続いて他のヘルハウンド達に向けて放った。空気を研磨するかのような甲高い音が辺りに響きわたり、ほとんど不可視の真空の刃が魔獣を襲う。
「ギャンギャイン!」
あるものは打ちのめされ、あるものは風の刃が地面を穿つ衝撃よって吹き飛ばされてその場で動かなくなった。
禿げあがったリーダー格の一匹はその様子に忌々しそうに牙を剥き出すと、上空に口を向けて、
「アオォォォォン!!」
と高らかに吠え声をあげる。そして、後ずさるように腰を低くし、大きく後ろに跳んでその場から離れようとした。
それと同時に深緑の木々の隙間を縫うように、それまでの個体とは比べ物にならないほどの巨体の魔狼が姿を現した。先ほどまで風上で囮役に徹していた二匹の雌が、情けない雄達の劣勢を見てやってきたのだ。
彼女たちは、それまでの雄よりも遥かに獰猛そうな視線でアリア達に睨みをくれる。次に、転がっている同胞の姿を目にして怒りを顕にした。
アリアがすぐに「むっ」と反応してクレイブウェーブをそちらに向ける。
鋭利な風切り音をあげて真空波が二匹を襲う。
……しかし。
「グルルァガァ!!」
なんと、雌の一匹が思い切り振りおろした前脚はその真空の刃を叩きつけると、それをかき消してしまった。その気になれば大木をもやすやすと切り倒せる威力をもつはずの風の刃をだ。
「げっ」
アリアが思わず声を漏らす。それからチラリと涼しい顔をしているリアスの方を見て。
「師匠は手伝ってくれる気とか……」
とまで言って口をつぐみ、彼女がこちらに向ける笑みに辟易したように嘆息した。
「ないですよね、やっぱり」
「柄にもないこと言うなって」
「グルルァァァ!!」
巨体の一匹が威勢よく吠え声をあげると、アリアに向かって狙いを定める。対するアリアは面倒臭そうに手にしたメイスを振りかざすと、力をこめながら前方の二匹へと向けた。
その仕草を合図とするように、彼女を中心として静かな光を放つエネルギーが集まり始める。その不思議な力に呼応するように、辺りの木々がざわめきながら揺れ動き、大地がなだらかに震えだした。
周囲の異変を感じ取ったのか二匹のヘルハウンドも驚いたように辺りに目をやり、喉を鳴らす。まるで森全体がその二匹に対して敵意を向けているかのような、奇妙な雰囲気が魔狼たちを取り巻いていた。
やがて彼女の元に集まったエネルギーは収束すると、一つの小さな光球へと変わり、それと同時に木々と大地のさざめきが収まった。アリアはその光球を、最後に優しく押し出すように、ヘルハウンドに向けて放つ。それは拍子抜けするほどちっぽけで穏やかな光で、フワフワと綿毛のように漂いながら対象に向かって近づいた。
そして。
――カッ!
光球が二匹の魔狼の元へ到達した途端、それは眩い閃光を放ち、内蔵したエネルギーを発散させた。あの小さく淡い光からは想像も出来ないほどのとてつもない力が、二匹のヘルハウンドを中心に猛威を振るう。
食らっている者の体感としては森全体を傾かせるかと思えるほどの衝撃が幾度となく全身を打ちのめす。そしてある程度の距離まで広まってから、まるで時間を巻き戻すかのように今一度収束、そして今度こそその暴力を無制限に爆発させた。
それほどのエネルギーがヘルハウンド達を襲っていながら、周りにいるアリアやリアスは何事もないかのようで、それどころか辺りの木々、草木なども風一つ吹いていないかのように静まり返っている。
魔導に聡明な者がその光景を見たならば、驚きのあまり思わず言葉を失うだろう。
彼女が今使った魔法は基本の六大属性、そしてそれら組み合わせや派生とされるどの魔法とも異なっていた。分類上としては根源魔法とされるものの一つであり、開発者の名をとって「アルミダ」と名付けられたものだ。そして、この根源魔法を使えるほどの魔導師は昨今の世の中にはほとんど存在しないのだ。
魔法の根源たる世界に満ちるマナを、元素に変換することなく純粋なエネルギーとして扱う「根源魔法」。
これは莫大な魔力と、そしマナに対する深い理解がなければ到底扱えるような魔法ではなかった。本来ならば魔道を極めた者が人生の余暇を持て余さないための余興として手を出すほどのものなのだから。
途方も無いほどの魔力の爆発が収まると、後には再び穏やかな静寂だけが残った。根源魔法「アルミダ」はマナの意思によって、魔法少女に敵対する者にだけ的確に牙を向き、打ち払ったのだ。
辺りに倒れ伏す魔狼達の姿を見てリアスは思わず苦笑いした。
「ヘルハウンド相手に根源魔法か。容赦ないな」
「疲れるのは嫌なんで手加減はしたつもりですけど、ちまちまと細かくやるのは好きじゃないんですよね。やるなら一気にやらないと!」
アリアはガッツポーズをしながら、リアスに向かってそんなことを言ってのける。生意気な台詞とは裏腹に、その姿には全く消耗したような様子もなかった。
通常ならば彼女のような若齢で根源魔法を扱える、などというのは有り得ない話しである。十年に一人と呼ばれる程の天才でさえ、その領域への到達には、数十年という月日を要するだろう。
しかしながら、そんな途方もない程の魔法の才能でさえ、過去に実例がないわけではないのだ。大陸の長い歴史を見れば、そのような「天才」達は確かに存在したらしい。産まれる以前より魔道の究極をその身に宿して生を受けた者達。
今ではそれらの殆どが伝説やおとぎ話の世界にその身を昇華させているが、そう言った有り得ない人間達はかつて、この世界に生きていたという。今でも彼らは、あるいは「勇者」、あるいは「魔王」などという異名で呼ばれ、現在の世界にも遍く伝えられている。
そしてこの少女もまた、そんな稀有な才能を持って生まれた存在の一人なのだろう。
彼女の魔法の才能は控えめに言っても、それらの天才達と決して遜色のないものであった。リアスは、アリアというこの少女がとてつもない魔法の才をその身に宿した少女であり、いずれ将来大陸中に名を馳せるであろう大魔導師のタマゴであるということを見抜いていた。
リアスは得意げなアリアに向かって頷きながら、
「ふふ、まあいい。さぁ、さっさとこんな物騒な森からは抜けようか」
と笑った。
「はい」
アリアもそれに頷き、超然的なまでに大人しく佇んでいるミリスの手綱を引いて進ませると、再びコンパスを片手にゆっくり歩き始めた。
ー☆ー☆ー☆ー☆ー☆ー
幸いな事にそのコンパスは正常に機能してくれていたらしく、真っ直ぐ北に向かって歩いていたリアス達はなんとか、日暮れ前までに森を抜ける事が出来た。
更に幸運なことに、あのヘルハウンドの襲撃以降これといって魔獣に遭遇するようなアクシデントもなかった。魔の森を抜ける、という意味ではこれ以上ないほど安全にやり過ごすことができたと言っていいだろう。
途中から若干顔を青くしていたアリアは森の出口に辿り着き、目の前に街へと通じる石レンガの街道が見えた時には、かなり安堵した様子で胸を張った。
「ほらほら見てくださいよ。ちゃーんと抜けることが出来たでしょ? どうってもんです」
リアスはそんな可愛い弟子の姿を眺めながら、ため息混じりに笑う。
「はいはい、よくできました。さ、暗くならない内に街に行くぞ」
そう言って、ミリスの腹をポンと軽く踵で挟んでやると、石レンガの街道を進ませた。
「あ、ちょっと待ってくださいよ!」
と、アリアは慌ててそれに追いすがった。
石畳の公道に馬蹄の足音を響かせて、特に慌てる事もなく、しばらく道沿いに進んでいると、やがて向こうから何者かが馬を走らせてこちらに向かって来るのが見えてきた。何事かと見やると、その出で立ちは紺色の十字架を象った兵服に縦に長い帽子を被っていて、どうやら警兵の一人のように思われる。
彼は大急ぎの様子ですぐにリアス達の目の前までやってきて、そのまますれ違おうとした所でリアスに声をかけられた。
「一体何事ですか?」
呼び止められて、憲兵は思い出したように手綱を引いて馬を止めると、こちらに向かってソワソワと低頭した。
「やぁ、これは旅の方。実は中央政府の方から急務の通達がありまして。こうして書簡を街から西の関所まで届けに行っているというわけです。では、急ぎますので」
それからもう一度だけ小さく頭を下げると、こちらの返事も聞かずに再び馬を走らせて、すぐ向こうの分かれ道を森林を西に迂回するルートに曲がっていった。
アリアはその背中を見送りながら呟いた。
「急務の通達?」
「ふむ、気になるな」
リアスも顎に手を当てながら考え込む。
「街に着いたらギルドの方に顔を出して、情報を貰っておくか」
何となく捨て置けないような予感を感じて、リアスはそう言ったのだった。
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