8月3日①
「……うーん」
意識が覚醒したのが先か、身体が室内の冷たさを感じ取ったのが先か、とにかくとてつもない寒さを感じた薫は布団から起き上がる。見ると、エアコンがゴウゴウと冷気を送り出していた。
「エアコンのタイマー付け忘れたか……」
薫はリモコンを手に取るとエアコンの電源を落とした。
二度寝しようかとも考えたが、すでに目が冴えてしまっていた薫は、とりあえずカーテンを開いて部屋に日の光を取り込んだ。
すると、背後でドアが開く音がした。
「あ、かおくん起きてたんだ。おはよー」
「お、おはよ……」
突然現れた彗に少し驚いた薫の挨拶は、どこかぎこちないものになる。
彗は部屋に視線を向けると何かに気づいたように話し出す。
「あ、ギター……じゃなくてベースか。昨日来たときは気づかなかったけど、ホントにやってたんだね」
「なんで嘘つく必要があるんだよ」
「あはは、別にそういう意味で言ったんじゃないよ。かおくんは、その、ロックとか好きなの?」
「いや、特別好きでもないし嫌いでもない」
「そうなの? バンドやったりしてるっていうから好きなのかと思ってた」
「あれは適材を適所に配置する感じというか……。オッサンたちから頼まれない限り俺から積極的に動くこともないし。やってるから好きってこともないんだと思う」
「ふーん、そんなものかな。……そうだ、朝ごはんだよって呼びに来たんだった。先に下行ってるね」
彗は適当なところで会話を切り上げると、部屋を出ていった。
薫はとりあえず身支度を整えることにした。着替えをしていると先程の会話が反芻される。
「やってるから好きってこともないって、じゃあ俺はなんでベース弾いてるんだろうな」
ふと思いついた疑問だったが、深入りするのも面倒くさそうなので、それ以上考えるのはやめた。
リビングに向かうと、彗と美奈子がテーブルに朝食を配膳しているところだった。
薫に気づいた美奈子が声を掛ける。
「おはよ、あんたも並べんの手伝って」
「二人がテキパキ動いてるところに俺が加わっても効率が悪くなるだろうから座ってるわ」
「御託はいいからさっさと動け」
美奈子に尻を蹴り上げられた薫は、仕方なく配膳の手伝いをする。
用意を終えた三人は、いただきますと食前の挨拶を済ませた。
ごはんを食べながら、彗が薫に話しかける。
「かおくん、今日もヒマ?」
「ベースの練習しようかと思ってたけど、まあ、絶対やらなきゃいけないということもない」
「そう? じゃあ、今日も一緒に行って欲しいところがあるんだよね」
「いいけど、どこ?」
薫が尋ねると、意気揚々と言った様子で答える。
「図書館! ここ来たら行ってみようと思ってたんだよね」
「ここの図書館なんて、別段変わったところのない普通の建物だぞ」
図書館なんて地味なところに行くことに意欲的になっていることを疑問に思っていると、彗は得意気な様子で言う。
「ちっちっ。私が興味あるのは外側じゃなくて中身なのだよ」
「中身って言うと本か。俺、文字ばっかりの本とか読まないんだよな、眠くなるし」
「それはもったいないよー。君が手に取った本が、君の世界をより良いものに、より新しいものに導いてくれる鍵になるかもしれないんだぜ?」
演技かかった口調で彗が言う。
「えぇ、なんか微妙にうざいな」
「なんでよ! カッコよかったでしょ!」
「それ、自分で言ったら余計ダサい」
「ぐぬぬぬぬ……」
彗が唸っていると、美奈子が会話に入ってくる。
「いいじゃない。図書館で勉強でもしてきなさいよ、夏休みの宿題あるんでしょ?」
「これは義務教育を長年受けてきた俺の所感だけど、夏休みの宿題って八月三十一日に始めるからこそ意義が生まれるんだと思うんだ」
「いや、意味わかんないから」
美奈子が冷静にツッコむと、確かに意味わからんなと薫は思った。
「とにかく行ってみようよ。きっと、知った気になってても知らなかったことがあるよ」
その彗の言葉が、なぜか薫には印象的に聞こえた。
「まあ、行ってみるか」
「うん、ありがと」
彗は笑顔で薫に礼を言った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます