8月2日③
再び通りに戻ってきた彗は、辺りをキョロキョロ見回す。
「そういえば、あの提灯も夏祭りの飾りつけとか?」
各建物の店先に吊られている提灯を指して、薫に尋ねた。
「ああ」
「マスターが三日間もやるって言ってたけど、けっこう規模の大きい祭りなんだね」
「いや、規模が大きいというか……。単純に長いんだよな」
「長い?」
いまいちよく分からないという風な彗に、薫は説明する。
「夏祭りってどこも神輿持って練り歩いたりしてるだろ? ここの祭りもそうなんだけど、歩く距離が長いんだよ。この商店街の奥にある神社から海まで、だいたい三キロくらい」
「うわー、それは大変だね」
「だから、二日掛けて往復する感じ。三日目は、神輿を運んでた奴らの打ち上げみたいな。例年通りなら、海の方で花火が見れる」
「へー、楽しみ! かおくん一緒に回ろうね! ……あ、それとも先約とかあった?」
笑顔を見せていた彗の表情が、少し心配そうなものに変わる。
「いや、オッサンのとこで演奏するくらい」
それを聞いた彗の表情は再びぱっと明るくなった。
「よかったー、じゃあ約束ね!」
「わかったよ」
有無を言わせない彗の勢いの前に、薫は頷く以外の選択肢を持たなかった。
「それにしても、お神輿を持たせてそんなに人を歩かせるなんて、なんだかすごく偉い神様みたいだね」
「偉いかどうかは知らねーけど、なんか季節を動かすことができるんだってさ」
「季節を動かす?」
「ああ、春夏秋冬の季節の移り変わりはその神様がいるから起こるんだと」
「へえ……」
興味を惹かれた様子の彗は、薫に提案する。
「その神様ってこの先の神社に祀られてるんだよね。ちょっと行ってみたいな」
「まあここからならすぐ着くし、行くか」
二人はすでに視界には捉えていた神社の方へ、歩き出した。
石畳の道を歩くこと数分、二人は大きな赤い鳥居の前に辿り着いていた。
境内に足を踏み入れると、何よりもまず前方にある本殿が目に付く。この土地の核となる建物は、見た者を畏まらせる圧倒さを持つと同時に、寄り添うような自然さもあり、この地を神聖な空間へと調和させていた。
「おー、けっこう広いね。あんまり人はいないみたいだけど」
「神社なんて、いつも用があるような場所でもないだろ」
「それもそうだね。……とりあえず、手を洗っていこうか。お清め、だよ!」
そう言うと、彗は手水舎の方へと歩きだす。とりあえず薫も、その後をついていくことにした。
手水舎に着くと彗は手を洗う素振りを見せず、薫の方を見ていた。
その視線を怪訝に思った薫は、彗に尋ねる。
「おい、洗わないのか」
「あ、私のことは気にしないで先やっちゃって」
どこかソワソワしている彗をよそに薫は手を洗うことにした。右手で柄杓を持ち、左手に水をかけた後、左手に持ち替えた柄杓で右手に水をかける。そして柄杓を元の場所に置いた。
その瞬間、彗が愉快そうに声を上げる。
「ざんねん~、作法が抜けていまーす」
「なんだよ急に」
「しょうがないからお姉さんが見本を見せてあげるね」
「なんか知らんが、すごくうぜぇ……」
そう言って柄杓を右手に取った彗は、薫と同じ動作をしたあと、最後に右手に持ち替えた柄杓で左の手のひらに水を注いで、口をゆすいだ。
柄杓を元の場所に置いた彗は、薫の方を向くと得意気に胸を張る。
「このように、最後は口をゆすぐのがマナーなんだよ」
「へいへい」
そう言うと、薫は本殿に向かって歩き出す。
「え、かおくんやり直さないの?」
「当たり前だろ面倒くさい。だいたいそんなことくらいで、ばちを当てに来るほど神様も器小さくないだろ」
「そうかもだけど~。せっかくお姉さん面出来そうだったのに」
残念そうな声音で、彗は薫の後についていく。
すると、本殿までの道の途中で、神社の説明が書かれた看板が設置されているのが目に入った。
「あ、かおくん。ちょっとこれ読んでもいい?」
「ああ」
一通り説明を読み終えた彗は、ある程度納得したように呟いた。
「季節を動かす神、地神伝承……」
「大体俺が言ったとおりだっただろ?」
「うん。お祭りは季節が変わることへの感謝として行われてきたみたいだね。……それじゃ、お参りしにいこっか」
本殿の前に着くと、彗は再び薫のことを見つめだした。
「ちっ、またか」
薫は一円玉を賽銭箱に投げ入れると、二回礼をして、二回拍手した後、一回礼をした。
すると、今度は彗の得意気な声が聞こえてこない。その代わりにぶすっとした表情をしている。
「かおくん、普通に正解するとかバラエティーの基本を分かってないよ……」
「なんじゃそりゃ」
楚々とした動作で拝礼を済ませた彗を見た薫は、彗が何を願ったのか少し気になった。
「彗はどんな願い事をしたんだ」
問われた彗は悪戯そうな笑みを浮かべる。
「えへ、内緒」
「気味が悪い」
「ひどいなー。ミステリアスな女の子って感じでカッコイイでしょ? そういうかおくんは何をお願いしたの?」
「一億円くれって」
しれっと言う薫に、彗は呆れる。
「うわ、無謀だねー」
「どうせ祈ったって叶いやしないんだから、無謀なくらいで丁度いいだろ」
「なんかそれはそれで深い、かも? ……あ、せっかくだしおみくじ引いていこうよ」
社務所に向かった二人は、『一回、百円』と書かれた料金箱にお金を入れて、それぞれおみくじを引いた。
「やった! 私、大吉! かおくんは?」
「吉。なんか微妙だな」
薫の引いたおみくじは、どの運勢についても可もなく不可もなくというような内容が書かれていた。なんだか無駄に百円を失った気がした薫は、彗のおみくじを覗き込む。
「大概、良いこと書かれてんな」
「まあ大吉だからねえ~」
「お、『健康運 患わず、すこやか 病は治る』だとよ。良かったな」
軽い気持ちで口にした薫の言葉に、彗は苦笑いしてしまう。
「あ、あはは。そうだね、よくなると良いかな」
どこか他人事のように言う彗に少しひっかかりを覚えた薫だったが、彗の身体のことに深い入りしようという気は起きなかった。
神社から出て、日差しを遮る木陰に入ると、薫が口を開いた。
「さて、とりあえず商店街周辺はこんな感じだな。まだどっか行きたい所とかあるか?」
「そうだね、一度に回っても疲れちゃうだろうし。今日のところは帰ろっか」
彗が帰宅の意思を示すと、薫も頷く。
「じゃあ帰るか」
「うん、今日はありがとね!」
先程の綻びなどまるでなかったかのように、彗は屈託ない笑顔で感謝を口にした。
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