8月1日⑤
家の近くにある林の陰。薫は、夜空に向かって白い煙を吐き出した。
タバコを吸い始めてからしばらく経つ。きっかけは友人の圭介だった。
『先公とかクソな親とかよぉ、そういう腐った社会に対して俺たちの反抗を示してやろうぜ! ……すぅーっ。ゲホッゲホ! うえぇぇ……』
記憶の中の圭介は、勢いよくタバコの煙を吸い込むと、思いっきりむせた。
『なんだよこれ、クソだな! こんなもん好き好んで吸ってるやつの気が知れねー。これ、お前にやるよ』
タバコとライターを受け取った薫は、直情的な圭介を見て馬鹿だなと思ったが、その馬鹿さ加減が嫌いではなかった。
そして薫は持ち帰ったタバコを吸ってみた。別に特段気分が良くなることも悪くなることもなかった。しかしそれ以来、なんとなく夜にタバコをふかすのが習慣になっていった。
「反抗ねぇ……」
圭介の言葉を思い出していると、視界の端で黒い影が動くのが見えた。
「ん?」
「あ……」
見るとそこに彗が立っていた。
「ごめんね、覗き見するつもりはなかったんだけど……」
「ああ、まあ別に……」
「こんな時間に外に行くのが見えたからついてきちゃった」
薫なりに注意は払っていたつもりだったが少々迂闊だったかと反省する。
「タバコ、吸ってるの?」
紫煙が立ち上る指先を見つめて、彗が尋ねた。
「あぁ、悪い。肺、弱かったんだよな」
薫はタバコを携帯灰皿の中に突っ込む。
「ありがとね。でも、私のことを抜きにしてもあんまり良くないよ」
彗は薫の側に寄ると、その場にしゃがみ込んだ。
「こんなに綺麗な星空、初めて見たなあ」
「……」
「きっと光が少ないから、よく見えるんだね」
静寂の中、鈴虫の鳴き声が響く。水田地帯に吹く夏の夜風は、少し肌寒いくらいだった。
「……かおくん、何か悩みとかあるの?」
「なんで」
「そりゃ健全な青少年がこんな遅くにタバコなんて吸ってたら、何かしら勘繰りたくもなるのが人情ってもんですよ~」
「……悩みなんてないよ。ただ、なんとなく習慣みたいになってるだけなんだ」
「ふーん」
彗は言葉では相槌を打ったが、そのトーンはあんまり納得していないようでもあった。
「彗はなんか、楽しそうだよな」
「うん? そうだね、この町のことはまだちょびっとしか知らないけど新鮮で楽しいよ」
「なんか、そういう新鮮なものを新鮮だと思えるの、すごいと思う」
薫はまるで独り言を呟くかのように話を続ける。
「俺にとってこの風景はありふれたものだ。まあ、ずっと住んでるから当たり前なんだけど。でも、仮にここではないどこかに行ったとしても、そこもいずれ、俺にとってありふれたものに変わっていく……」
夜空に瞬く無数の星々をつまらなさそうに見つめた。
「そんなことを考えてると、なんだかいつ死んでもいいような気がするんだよ」
「ちょっと過激だね」
彗はクスクスと笑う。
「でも、ホントに死んじゃだめだよ?」
「大丈夫だ。そんな度胸、俺にはない。痛いのとか嫌だし」
彗につられて薫も笑う。
「そろそろ帰るか」
「そうだね」
形になった言葉が自分の体に溶けていくような、そんな不思議な気分を薫は感じていた。
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