8月1日④
すっかり日も暮れた夕飯時、和倉家の食卓では鍋がぐつぐつと煮えている。
同じ釜の飯を食いながら同じ鍋の飯を食えば二倍なので最強、という謎の持論を掲げる美奈子が、彗の歓迎会のために用意したものだった。
「うわー!おいしそー!」
「彗ちゃんの歓迎会だもの、お肉も奮発したわ」
嬌声を上げる彗を見て、美奈子が得意気に言う。
「というわけでそろそろ始めましょうか。あなた、乾杯の音頭よろしく」
美奈子に言われ、黙っていた薫の父、隆文がゴホンと咳をする。
「今日は遠路はるばる千条彗君がこの和倉の家を訪ねてきてくれた。我々はこれを歓迎し、そのことを示すために歓迎会を用意した。ぜひ楽しんでいってもらいたい。それでは、新しい家族の来訪を祝して、乾杯」
「「かんぱーい!」」
「乾杯」
隆文の堅苦しい音頭と共に、美奈子と彗が砕けたトーンでグラスを上げると、薫もその後に続いた。
「改めまして、千条彗です! こんな風に歓迎会を開いてもらってすごく嬉しいです! ご迷惑をおかけするかもですが、これからよろしくお願いします!」
ジュースを飲んだ彗は、元気一杯という様子で和倉家の面々に返礼した。
それに応えるように仏頂面の隆文が口を開く。
「そういえばまだしっかりと挨拶していなかったな。和倉隆文だ、よろしく頼む」
「あ、はい! お願いします」
「先ほども少し話したが、私たちは君のことを新しい家族だと思っている。何かあったら何でも相談してくれ。必ず力になろう」
「心強いです、ありがとうございます!」
彗と隆文がそんな会話をしていると、台所から戻ってきた美奈子が新たに持ってきた食材を机の上に置いた。
「ほら、いつまでも堅苦しい挨拶なんてしてないでどんどん食べちゃいなさい」
「そうですね、いただきます。……おいし~」
鍋をつつく彗は幸せそうに呟いた。
「お父さん、お酒」
「ああ」
美奈子が空になった隆文のグラスに酒を注ぐ。
「かおくん、いっつもこんなに良いもの食べてるんだー」
「いやいつもはもっと普通の飯だよ。母さんも奮発したって言ってただろ」
「ふーん。かおくん体つきがっしりしてるから、その秘訣は食事にあるのかなーって思ったんだけど。あ、なんかスポーツやってるとか?」
「たまに筋トレを少々。あと一応、野球部だな。行ってないけど」
「え、なんで行ってないの?」
「ウチの中学、何かしら部活に入ってなきゃいけないんだよ。肩書だけなら何でも良かったから友達に誘われた野球部に入った」
彗は美奈子の持ってきた魚の刺身に手を付ける。
「これもおいしー。でもせっかく入ったなら活動してみればいいのに」
「練習初日に頭を丸めろと言われた瞬間に帰った。だいたい棒っきれで球を打つだけの何が楽しいんだか」
「前半はともかく、後半は一生懸命やってる人に失礼だからあんまり言わないほうがいいよ……」
そんな会話の中、薫がふと隆文の方を見ると、笑顔の美奈子によってグラスに酒が注がれている様子が確認できた。
「ちょ、おまっ……!」
「ん? どうしたの、かおくん?」
彗が不思議そうにしていると、注がれた酒を飲んだ隆文が厳かに口を開いた。
「ところで彗君。今日のパンツは何色なんだ?」
「? ……っ!?」
彗は一瞬、隆文が何を言っているか分からなかったが、その意味が分かると紅潮する。
「ああ、無理して答える必要はない。何だったらバストのサイズを答えるだけでも構わな……」
「死ねっ!!」
「ぶへらっ!」
薫は自らの父親の頭をつかむと机に向かって叩きつけた。叩きつけられた隆文はそのまま失神する。
「ええっ!? かおくん!?」
「すまん。父さんは普段バカがつくくらい真面目だが、酒を三杯飲むと、変態になるんだ」
「そ、そんなマンガのキャラみたいな設定が!?」
薫の告解に、彗は大仰に反応する。
「母さんも知っててやっただろ」
「いやー、なんか面白くなるかなーと思って。でもやっぱり最低だったわね」
相変わらずこの母親の思考回路はよく分からない。
「ごめんね、彗ちゃん。後で私が二重に罰しとくから」
「自分でやっといて何言ってんだあんた……」
美奈子は脱力した隆文を寝室へとずるずる引きずっていった。
その様子を見届けた彗は可笑しそうに笑いだす。
「ふふふっ。やっぱりかおくんの家って面白いね」
「今のを見てそんなことを言えるお前の方が面白いよ……」
彗の歓迎会は一人の退場者を出したものの、その後は特に支障もなく幕を閉じた。
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