8月1日②

「あ~、おかしかった! ……改めまして、千条彗です! この度はよろしくお願いします!」


 ひとしきり笑った後、彗が挨拶する。


「はい、よろしくね。あたしが美奈子で、こっちが息子の薫。ほら、あんたも挨拶しな!」

「分かってるよ!」


 美奈子からメガネを取ることを許可された薫だったが、なおも不機嫌な様子だった。


「……和倉薫。よろしく」


 そんな薫を見ながら、彗はクスクスと笑う。


「うん。よろしくねー」

「ったく。もっと愛想良くしなさいよ、これから一緒に住むんだから」


 美奈子は薫の様子にうんざりしつつも、切り替えて彗に声を掛ける。


「彗ちゃん、長旅で疲れたでしょ? 車用意してあるから早いとこ帰りましょうか」

「ありがとうございます。でもすみません、ずっと座ってたからなんだか無性に歩きたい気分なんです。お家まで歩いてどのくらいかかりますか?」

「うーん、だいたい二十分くらいかしらねぇ」

「でしたら、歩いて行こうと思います。少しこの町を見てみたいですし」

「そう? じゃあ薫、あんたが家まで案内しなさい」


 美奈子に指名された薫は嫌そうに言う。


「はあ? なんで俺がそんなことしなきゃいけないんだよ」

「別にいいじゃない、あんた夏休みになってからずっとひきこもってるんだから。少しは日の光を浴びてきなさい。だいたい彗ちゃん一人で歩かせて、あんたはのうのうと車に乗って帰るつもり? それでも男?」

「ぐっ……」


 美奈子は強引そうに見せかけて、こんな感じに挑発するような、良心に訴えかけるような交渉がうまい。

 そんな風に言われたからには、薫も承諾するほかなかった。


「ちっ。分かったよ」


 駅の出口を抜けると、目の前に小さなロータリーがあり、その一角に美奈子の車が止めてあった。


「じゃあ薫、頼んだわよ。あ、彗ちゃん。このかばんだけ車に乗せていくわね」

「あっ、ありがとうございます。よろしくお願いします」


 彗からキャリーバッグを受け取った美奈子はそのまま車の方に向かっていった。


「なんか、ごめんねー」


 彗が少し困ったような笑顔を薫に向ける。


「あぁ、別にいいよ。それより、さっさと行こうぜ」


 薫は手に持っていたメガネを駅のごみ箱に投げ捨てると、家に向かって歩き始めた。


「あっ、それ捨てちゃうの? あんなに面白かったのに~」

「俺はちっとも面白くなかったけどな」


 勿体なさそうにしている彗を気にすることなく薫は続ける。


「母さん、ああいうろくでもないグッズを収集する癖があるから。どうせ捨てたところで、まだまだ変なのがでてくるんだよ」

「へー、それは楽しみだね!」

「なんか死にたくなってきた……」


 彗というギャラリーを手に入れた母親の今後を思うと、薫は憂鬱になった。


「でもホントにいい家族だよね。これから楽しく過ごせそう!」


 どういう感性をしてるんだと薫は思ったが、心からワクワクした様子の彗を見ているとなんだか否定する気にもなれず、ただ溜め息を吐くよりほかなかった。


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