第5話 宿屋 さくや館
僕は家の地下室に案内された。
そこには大きな扉があって真ん中に大きな紙が貼ってあった。
「御札?」
「ここから先はあの世とこの世の境があるんだ。普通の人間にはこの扉は見えない。ましてや入ることもできない。さて、行くぞ。」
おじいさんは何もないようにその扉を押し開けた。御札は破れることもなく真ん中から音もなくその大きな扉は開いた。
一瞬まぶしいと思ったのは気のせいだったのか、その奥には大きな和風の建物が立っていた。建物の入り口には「旅館さくや」と記された看板があった。
「旅館?」
「ここはこの世とあの世の狭間にあって、この世からあの世へと行く魂のいわば一時の休憩所といったところか。この世に未練を残したままではあの世へは行けぬ、さりとてあの世へ行かねばならぬ期限もある。ここで未練を洗い流し、あの世へ行くための場所だ。」
おじいさんの言葉にそういうものなのかとしか思わなかった。実感があまりにもなさ過ぎた。
「俺はここの番頭だ。主人は元々のこいつたちの主人だったが今は名前は言えない。いろいろと決まりごとがあってな。」
「主様はここを豪太様にお任せして、今は長の休養を取られておる。」
シロはいつの間にか小さい姿で僕の肩に乗っていた。
「へぇ、寂しいね。」
「意味が分かっていっておるのか?翔太殿。」
僕が首をかしげるとシロは「まあ良い」とだけ言ってうつむいてしまった。
「ここには主にその寿命を断ち切られたものが参ります。」
「断ち切られるって?」
「人にはあらかじめ決められた寿命というものが与えられております。それが故意であろうと病気や事故であろうと途中で全うできなかったもの事です。そういったものには未練が残りやすいのです。」
「その未練は時には危険なものになるの~。そうならないようにするのが豪太様のお仕事だよ~ンで、お手伝いするのがぼく達なの~」
アカネはシロとは反対側の肩で足をぶらぶらさせている。
「そんなことできるの?」
「期限内にしてやらないと、人は成仏できない。霊となってこの世に残り魂がすり減れば消えていくしかない。」
「消えるとどうなるの?」
「何も残らないさ。無になるんだ。生まれ変わることも、大いなるものと共になることもできない。」
「よくわからないけど、消えちゃうなんて…」
「自業自得だ。人間だけではない、魂を持つものがそれをおろそかにするなどあってはならないんだ。」
シロは少し強い口調で言う。
「そう言うな、シロ。魂の価値などわかるものなど少ないのだから。」
おじいさんは少し寂しそうに言うと、旅館の入り口を豪快に開けた。
「獅子尾~獅子尾はおらんか~」
おじいさんの叫びが聞こえたらしい、奥からバタバタと足音が近づいてきた。
「はーい。ただいま、ただいま参りますー。」
息を切らせて駆けつけてきたのはとてもきれいな女の人だった。
「おぉ、獅子尾。遅くなったな。翔太を連れてきた。」
獅子尾と呼ばれた女の人は僕のほうを見てとても丁寧なお辞儀をしてくれた。
「初めまして、わたくし、ここで女中頭をいたしております、獅子尾糸と申します。わたくしのことは、糸とお呼びくださいまし。よろしくお願いいたします。」
「あ、初めまして。榊原翔太と言います。」
僕が勢い良くお辞儀をすると肩に乗っていたシロとアカネが振り落とされてしまった。
「あぁ、ごめん。痛かった?大丈夫?」
二人を抱え上げるとシロは「大したことはない」とまた同じ位置に戻った。アカネは頬を膨らませて今度は頭に飛び乗った。
「アカネ!」
それを見ていたヒスイにアカネは掴まれてしまう。身をよじってその手をすり抜けたアカネはあっかんべぇをしておじいさんの肩へ飛び乗った。
「あら、あら、今日もお元気そうですこと。」
糸さんはくすくすと笑っている。
「ささ、こちらへ今日は客室のほうへご案内いたします。」
糸さんに促され僕たちは大きな旅館の中を歩きだした。
見た目は普通の旅館と変わらないように見える。きょろきょろと周りを見ながら廊下を歩いていると女中さんらしき人とすれ違うたびにみんながぼくを見ていくし、僕も見返してしまう。
糸さんの頭には昔話の鬼によく見る角があったし、すれ違う女中さんたちにもあった。
「彼女たちは鬼人です。」
僕の心を見透かしたようにシロが肩から教えてくれた。
「鬼人?」
「そう、人間たちは妖怪と呼んでいますね。。昔は悪いことをした奴らもいましたが元々はいたってまじめな者たちです。」
「へぇ。いろいろありがとう、シロ。」
「何がですか。翔太殿が知らなさすぎなんです。」
「うん。そうだね。教えてもらわないとわからないことだらけだよ。だから、ありがとう。」
シロは不意っとそっぽを向いた。頬が真っ赤なのが見えたけどそっとしておくことにした。
パーソニア 睦月忍 @mutsukisinobu
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