第7話 後編

「あ、5人いるところ見つけたよ〜!!」


「よし、行くぞ!!」




 助かったと言わんばかりに顔を輝かせて、レオンはナシュタの腕を引っ張って行ってしまった。




「追いかけるぞ」




 急いで追いかけると、レオンが女に囲まれていた。ナシュタは上手く逃れたのか、周りで心配そうにウロウロしている。レオンの顔色は、今にも吐きそうなほど悪い。気のせいだろうか、レオンの女性恐怖症が酷くなっている気がする。


 レオンのもとに女達をかき分けてどうにか向かい、連れ出すことに成功した。




「死ぬかと思った。」




 とりあえず壁際に並ぶ椅子に座らせ、ユーヴィスが取ってきてくれた水を飲ませる。しばらく休めば、レオンの顔色も戻ってきた。




「これから声かけに行くが大丈夫か?」


「グッ……大丈夫じゃないが、そっちの方が来なくなるんだろう?」


「そうだな」


「なら行くしかないだろう……」




 ふらふらと立ち上がるレオン。本当に大丈夫だろうか?




 ライナークを先頭に歩く。何故だか人が端に寄って道が出来ていく。そしてそれを当たり前のように進む我が従兄弟殿。




「……最初からこうすれば良かったんじゃない?」




 そう言うナシュタに、レオンが項垂れた。ユーヴィスがレオンの頭を撫でていたのが、印象に残った。




 ライナークの後ろについていくと、その先の壁際に5人の女達がいた。その中の一人を見て、心臓がドクンと1つ大きく鳴るのが分かる。姫だ。後ろ姿で髪色も姿も違うが、ミューシェン様だ。




「少々時間を頂いても宜しいでしょうか?」




 1番前にいたライナークが声をかける。姫が振り返り、そして目が合う。美しく輝く銀色の髪、宝石をはめ込んだかのような紫の瞳。姿は違えど、相変わらず美しい姫は、俺を見て目を見開いた。




「私の名前はライナーク・センディオン。センディオン王国王太子です」


「ユーヴィス・ドルトース。ドルトース国第三王子だ」


「レオン・クヴァルトだ。ドルトース国のクヴァルト公爵家の次期当主だ」


「僕はナシュタ・スズビナ。スズビナ皇国の第二王子。よろしくね?」


「ルディリオ・メイフォン。センディオン王国のメイフォン公爵家を継ぐ予定です」


「クレナマリア・ヴィスカルドですわ」


「フォンティーナ・ユディリスです……」


「ヨルシャナ・レンルーだ」


「ツィアローゼ・ヴァイスです〜」


「ミューシエンナ…マリンレイ、ですわ」




 姫はミューシエンナ様と言うらしい。前世のお名前とそっくりだ。姫の名前に驚いていると、ライナークがちらりと俺を見る。どうやら、それぞれ気に入った相手と別れようと言うことらしい。コクリと1つ頷くと、ライナークとクレナマリア姫、レオンとフォンティーナ姫、ユーヴィスとヨルシャナ嬢、ナシュタとツィアローゼ嬢に分かれる。そして、姫に何と声をかけようか少し考えて口を開く。




「ミューシエンナ姫は、前世を信じますか?」


「もちろんよ………ルディメル」




 久しぶりに前世での名前を呼ばれて、胸が熱くなる。どれだけ、この時を望んだことか。




「お会いしたかった、ミューシェン様。私の姫」


「今の名前はミューシエンナだから、そっちで呼んでくれないかしら」


「なら、私のこともルディリオと」


「分かったわ、ルディリオ」




 ルディメルの名で呼ばれるのも嬉しいが、やはり今世の名前で呼ばれるとまた違った喜びを感じる。感極まってミューシエンナ様の名前を呼ぶと、様をつけないでほしいと言われた。それどころか愛称で読んでほしいとも。流石に姫の名前を愛称でなんて呼ぶことなんてできないと断ろうとしたが、姫に詰め寄られてお願いされて断ることが出来ず、結局“ミュー”と呼ぶことになってしまった。




 その時の可愛らしい笑顔といったらもう……!!前世から俺と対等に喋るのが夢だったって……!!姫はどれだけ俺を虜にするつもりなのか。




 クスクスと笑う姫が前世と変わらずとても眩しく感じ、思わず目を細める。姫が本当に俺の目の前にいることを感じ、また温かいものが胸に込み上げてくる。




「ミュー」




 胸のものを受け止めきれず、名前を呼ぶ。




「愛している。


 前世では俺はミューの騎士だった。自分の抱いているこの想いがいけないものだと分かっていたが、それでも想わずにはいられなかった。願わずにはいられなかった。貴女と結ばれる運命があると、隣に立てる日が来ると。それ程までに、俺は貴女に恋焦がれていた。貴女を愛していた。けれど、俺を平民だったから貴女の騎士としてしか側にいることを許されなかった。貴女の盾となり死んだことは、後悔はしていない。むしろ、俺の誇りだ。貴女を守り抜き、貴女の腕の中で死ねたのだから。


 生まれ変わって、ルディリオとなった今も貴女への気持ちは変わらない。それどころか日に日に増していくばかりだ。生まれ変わって、貴女が側にいないことに絶望した。けれど、俺が生まれ変わっているのだから貴女も生まれ変わっているかもしれないと探し続け、今日ようやく見つけ出した。今世の俺は王家の血を引く公爵家の跡取りだ。貴女との隔たりは何もない。ようやく貴女をこの腕に抱きしめることができる」




 そこで一旦言葉を区切り、息をつく。前世の記憶を取り戻してから今までのことを思い出し、爪が食い込むほど手を握る。




「ミュー、貴女を手に入れることができるならば、何度だって愛を誓おう。何度でも愛してると言おう。俺と、結婚してくれないか?今度こそ、貴女を手放したくない。俺に貴女を…抱きしめる権利を、くれないか」




 キザな台詞になってしまったが、これは紛れもない俺の本心だ。姫がいなくなったら、自分でもどうなるか分からない。分かるのは、世界に絶望するだろうということだけだ。




 だからこそ、




「はい、喜んで」




 返事を聞き終わる前に抱きしめる。今の俺の感情は、姫にはきっと分からないだろう。そっと頭を撫でる手を感じながら、そう思った。














 パーティーも終わり着替えた俺は、父のいる部屋まで来ていた。




 あの後、ライナーク達はパーティーの途中だというのに姫を離さなかった俺を連れて会場を抜け出し、すぐに解散となった。しかし、姫に会えていなかった反動か姫をどうしても離す気になれず、しばらく姫を膝の上にのせたままそれぞれの話をした。本当はこのままでいたかったが、夕飯のこともあり、明日も会う約束を取り付けて渋々離した。しばらくしたらヨシュアが来たが、その頃にはもう着替え終わっていたため、ヨシュアには悪いが父のもとに向かうことにしたというわけだ。




「父上、婚約書って何処にあります?」


「ルディリオ!?ノックしてから入って!!っていうか、婚約書?え、どういうこと?」


「婚約に使うに決まってるでしょう。他にどうやって使うんですか」


「いや、うん。そうなんだけどね?そういうことじゃなくて、誰と婚約する気なの?」


「マリンレイ王国のミューシエンナ様ですが。あ、あった。では俺はこれで失礼します」


「去ろうとしないで!?何婚約書持っていこうとしてるの!!」


「チッ……」


「舌打ち!?」


「で、用件はなんです?俺はこれから婚約書を書かなきゃいけないんですが」


「ルディリオが押しかけて来といてそれは無くない?それ、当主が書かなきゃ駄目でしょう。何自分で書こうとしてるの」


「ハァ……早く書いてください。届けてきますので」


「父への扱い酷くないかな?なんか性格変わってる気がするんだけど。確かに全てに興味ない感じだったけど、家族は大切にしてたように思うんだけどな。どうしたの?」


「いいからさっさと書け。もうすぐ夕飯の時間になってしまうでしょうが」


「無理に決まってるでしょう。あちら側とも話し合わなきゃだから、せめて3日はかかる。5日後には婚約できるようにしとくから」


「……仕方ないですね。では必ず5日後には婚約出来るようにしといてくださいよ」


「で、相手誰だっけ?」


「ミューシエンナ・マリンレイ姫様です。さっき言ったばかりなんですから、この位覚えておいてください」


「え!?あのマリンレイ王国の王女様!?どうやって落としたわけ!?あ、ルディリオ!?」




 もうやることはやったと思い、父の言葉をスルーして背を向けて部屋を出た。




 夕飯を取り、体を清めて、寝る前の紅茶を飲もうとしていると、ヨシュアがクスリと笑ったのが聞こえた。




「ヨシュア?」


「いえ、何でも……フフッ」


「それだけ笑っておいて何でもないはないだろう」


「少し嬉しかったもので……」


「嬉しかった?」


「ルディリオ様が随分とご機嫌でいらしたので。それ程ご機嫌な様子を見るのはルディリオ様の幼少期以来です」


「そんなにか?」


「はい、それはもう。最近はご機嫌が良い時は目元が優しくなるか、それがないときは少し雰囲気が柔らかくなるくらいでしたから。今は鼻歌でも歌い出しそうなほどです」




 そんなに感情が表に出ないのか、俺は。




「……婚約するんだ」


「おやおや、それはおめでとうございます」




 言い訳するように言った俺に、ヨシュアが微笑ましそうな顔をする。




「ルディリオ様がお幸せそうで何よりです」




 幼い頃から世話してくれているだけあって、俺のことをよく知っているからか、余計に気まずい。




 誤魔化すように窓から夜空を見上げる。前世では、よく夜空を見上げていた。どこまでも広く、深く、青く、暗く、吸い込まれるような星の輝く空は、姫を想うこの心を許してくれるような、受け止めてくれるような、そんな気がした。ただの俺の勘違いだと分かっていたが、そんな月の浮かぶ夜の空が好きだった。しかし、今日はより一層星が輝いて見える。普段と変わらないように思うのに、より一段と綺麗に見えるのは、俺の気のせいなのだろうか。




 ミューの笑顔を思い出し、口元が緩みそうになるのを誤魔化そうと、とりあえず手に持っていた紅茶を口へと含んだ。

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愛が重い私は、来世を誓った騎士と結ばれたい お花見茶 @ohanami-cha

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