今をときめく人気俳優は俺が主演男優

ちびまるフォイ

俺は多くの人に支えられて演じている

「つまり……俺自身を別の誰かが演じてくれるってことですか」


「いかがですか? 興味があれば

 今イチオシのイケメン俳優があなたを演じますよ」


「イケメン俳優がどうして俺みたいな一般人を?」


「売れっ子俳優であればあるほど一般の感覚からは離れるのに

 映画の脚本では一般人として演じることが多いですからね」


「それじゃ……お願いできますか?」



俺 : 一ノ瀬 真悟


演技はイケメン俳優の一ノ瀬さんに演じてもらうことになった。

骨格からちがう人に演じてもらって大丈夫なのだろうか。


「心配ありませんよ。そうだと言われればそうなります」


「はあ……」


俺を演じている俳優と俺自身の鉢合わせは厳禁とされるため、

学校へいかなくてもいいが、家にも帰れなくなった。


「俺が演じられてからもう1ヶ月。

 いったいどんな感じなんだろうなぁ……」


鉢合わせさえしなければ問題ないだろう。

学校の様子を確かめるためにお忍びで校門へとやってきた。


校門にはまるでアイドルの出待ちをするように女子生徒が並んでいた。

俺を演じている俳優が登校するや歓声があがる。


「キャーー!!!」


「おはよう。みんなおはよう」


芸能人のキラキラオーラを振りまきながら俺が登校している。

校庭の雑草くらいの価値しかなかった自分とは思えない。


様子を確かめたその日、俳優契約の解除を決めた。


「俳優契約の解除!? どうしてですか!

 まだクランクアップは先のはずでしょう!?」


「いやぁ、その、俺も学校に戻りたくなったっていうか」


本音としては女子に群がられるあの状況を早く手に入れたい。


「嫌です。僕は途中で仕事を降りたことはありません。

 自分の仕事をきっちりとこなしたいです!」


「お前は俺を演じているに過ぎないだろう!

 俺がいいっていったらいいんだよ!」


「断ります! あなたに考えがあるように

 僕には僕なりの演技プランもあるんです!」


「あ、そう。じゃあいいよ」


口答えされたことにムッときたが、あっさり引き下がった。

というのも俺には考えがあった。


翌日、俳優が登校したタイミングで俺も学校へやってきた。

変装用のサングラスとマスクを外すや俳優は驚いていた。


「ちょっと! 何考えているんですか!!

 外で本人同士の接触は厳禁でしょう!?」


「お、お前は誰だ!?」


俺はわざとらしく俳優を指差した。


「なんでここに俺がいるんだーー!?」


「いやそれは……」


「まさかお前! 俺になりすましていたのか!

 この偽物めーー!」


俺はこれみよがしに俺自身の証拠をばらまいた。

個人情報なんて知ったことか。


「みんなコレを見てくれ! 俺こそが本物だ!

 今まで登校していたこのイケメンは偽物だーー!」


熱弁したにも関わらず周りは冷ややかだった。


「……うん、それで?」

「だからなんなの?」

「つか、こいつキモくね?」


「いやだからそいつは偽物で……」


「偽物だから、演じているから友達やめろって?」

「本物だからってお前が好きなわけじゃねぇから」

「本当はお前こそ偽物なんじゃない?」


誰もが求められているほうの存在を優先していた。

俳優は感情の光がない目で言った。


「みんな、"偽物"の言うことなんて聞かなくていいよ」


「「「 だよねーー 」」」


もう俺の居場所なんてなかった。

俳優エージェント呼ぶとすぐに苦情を言った。


「どうなってるんだ! 俺が乗っ取られちゃったじゃないか!

 これじゃクランクアップしても、俺は俺に戻れない!」


「はぁ、それでしたら第二の人生を歩んでみては?」


「どういうことだよ」


「今度はあなたが俳優になればいいんです。

 こちらのカタログをご覧ください」


「これは……今をときめく俳優たちじゃないか」


「この人達になりたくないですか?

 本当はあなたもちやほやキャーキャー言われたいんでしょう」


「バカ言え。俺みたいな顔面便器が

 こんなイケメン俳優を演じられるわけ無いだろ」


「そこは俳優エージェントの力の見せ所です」


ごくりと生唾を飲み込んだ。


「え……本当に、俺でも……できるの?」


「俳優だって同じ人間ですよ。

 なにも突然変異で生まれたミュータントじゃない」


俺は「自分俳優」を募集していたひとりのイケメンを演じることになった。


エージェントの働きは本物で、グループのメンバーはもちろん

ファンからマネージャーまで全員が俺を俳優本人だと信じている。


「タカシ君。いやぁ、今の演技よかったよ。

 なんかすっごく素朴な感じで一般の人っぽかった!」


「光栄です。でへへへ」


「今日の撮影はここまでだ。

 どうかな、この後みんなで打ち上げとか?」


撮影スタジオにいるきれいな女優さんが俺の返事を期待している。

どんな高級キャバクラよりも豪華な飲み会だろう。


「いえ、俺はそれよりも外で待っているファンへサインしたいんで」


あえて断って、こんなのにがっつく俺じゃないと悦に浸る。

スタジオの外には出待ちのファンがキャーキャー騒いでいた。


「フフ。わざわざ俺を取り戻す必要なんてなかったなぁ」


ちょっと誘えば目をハートにしたファンがくっついてくる。

俺がその気になればハーレムなんて秒で完成するだろう。


テレビをつければいつも映っている多忙なイケメン俳優。

頑張れる理由はこういう役得があるからだろうか。


その夜、ホテルに入ると俳優本人がベッドに腰かけていた。


「え!? 誰!? 警備員さーーん!!!」


「ストップ! 待てよ! 落ち着けって!!」


「あ、ああ……俳優本人さんですか。驚いた。

 なんでここにいるんですか。本人の接触は厳禁でしょう」


かつての言葉を逆の立場で言うとは思わなかった。


「あのさ、オレの俳優だけど降りてもらえねぇか?」


「は? 話がちがうじゃないですか。

 音楽の道を極めたいからって俺が俳優を演じて

 あなたはミュージシャンになったんでしょう」


「いやさ、やっぱり音楽の道って厳しくて……。

 俳優が音楽をやるっていうならみんな見てくれるけど

 音楽だけだと誰も聞いちゃくれなくって……」


「知りませんよ! それはあなたの才能の問題でしょう!」


「あーーもううるせぇな! いいからオレを返せよ!

 金がほしけりゃ払うっつってんだ!」


怒っている俳優本人を見て、血が冷えていくのがわかる。


今の自分の楽園を追放されるという恐怖。

そして、俺こそが今は俳優本人であるという事実。


もしコイツがいなければ、

俺は俳優期限も気にしなくてよくなるんじゃないか。


「なんとか言えよ!! この偽物!!!」


その言葉を聞いた時、俺は相手の首を締め上げていた。

やがて男はただの死体となって床にころんだ。


「はぁ……はぁ……これからは、俺が本物だ……」


死体を窓から投げ捨てて自殺を演出。

売れないミュージシャンの飛び降りなんて掃いて捨てるほどあるだろう。

詳しく他殺の可能性なんか調べない。


遠くからサイレンが近づく音が聞こえる。

きっと俺以外の誰かが死体に気づいて警察を呼んだのだろう。


「さて、と。あとはアリバイ作りでもしておくかな」


部屋にいた証拠としてテレビ番組でも見ておこうかと思った。

テレビを付けると俺の俳優名で、別の人が生放送に出ていた。


『生放送でちょっと準備に時間かかってるみたいです。

 それまで主演映画の見どころを語ってもらえますか』


『はい。僕の出演した映画は人の恋する気持ちを言えない男の子が……』


俺はテレビに釘付けになった。


「なんで!? この俳優は俺のものだろう!?」


連日連夜ひっぱりだこの人気俳優。

いつもどこで寝て、どこで休んでいるのか不思議だった。

その謎がこのタイミングで解消してしまった。


「……俳優は一人じゃなかったのか!?」


本家を殺せば俺が本物になると思っていた。

でも偽物は他にも複数いる。


死んだ俳優が本物だということは、俺以外の偽物も知っているはずだ。

他の偽物によって俺が犯人だと特定されるかもしれない


「くそ! どうすればいい!?」


今から俳優エージェントに頼んで俳優契約を解除してもらうか。

そんなことしたら「本物が死んだ直後に解約した奴」としてますます怪しまれる。


「そ、そうだ! これらの犯行はアイツに仕立ててやろう!」


最後の最後で脳裏に浮かんだのは、元々の自分自身だった。

といっても、すでに本来の自分はイケメン俳優に乗っ取られている。


俺を乗っ取ったアイツにすべての罪を着せてやろうと思った。

幸いにも個人を特定できるものなんていくらでもある。


急いで屋上にかけあがると、元々の俺ともみ合ったように

ペンケースやら学生証やらをぶちまけておいた。

丁寧にダイイングメッセージとして俺の本名も書き残しておく。


俳優として部屋に戻ると、息を整えて平静を装った。


(大丈夫。今の俺は俳優なんだ。

 警察が来ても残された証拠からあのイケメン俳優にたどり着く。

 すべてアイツがやったことなんだ)


コンコン、とノックの音が聞こえた。

ドアを開けると警察が待っていた。


「こんばんは。今、ちょっとよろしいですか?」


「はあ、なにかあったんですか」


俺はなにも知らない風を装う。俳優の真価だ。


「実は先ほど、このホテルで飛び降りがありましてね。

 なにかご存じないですか?」


「ああそういえば、屋上?の方でなにか揉めている声がしました。

 その後、ドンという音が聞こえて騒ぎになってましたね。

 それで犯人はいったい誰なんですか」


「まだ調査中です。ただ、屋上には証拠が残ってました」


「そうなんですか。ひどい話です。

 早くそいつを逮捕してください。証拠はたくさんあるんでしょう?」


警察はフムと顎に手を当てた。


「……なぜ、証拠が複数あると知っているんですか」


「あっ……いやっ……」


「それにこの部屋は神経質なあなたのために用意された

 特別な防音ルームのはずでしょう。なぜ屋上の声や

 死体が地面に落とされた音が聞こえたんですか」


「そ、それはっ……たまたま窓を開けてたんです!」


「窓を開けていたんなら死体が落下するのも見えませんか?

 人体が窓の外を横切るなんてなかなかショッキングでしょう」


「……!」


「あと、私は飛び降りと言った時

 あなたは"犯人は"と聞きましたね。

 なぜ他殺だと知っていたんですか」


もうダメだと確信した。

俺はなにもかも認め、すべてを話そうと決めた。


ところが、先に話したのは警察だった。


「はぁ……いつもいつも言っているでしょう。

 なにかあったときは真っ先に事情を伝えてくださいと」


「え?」


「人員を違和感なく確保するのも大変なんですよ。

 俳優エージェントに連絡しなくちゃいけませんから」


「あの! さっきから何を言っているんですか!?」


警察は繭ひとつ動かさず、手慣れた様子で手続きをはじめた。




「今回の事件は、この学生証の人が犯人でいいんですね?

 適当な人に演じさせて逮捕しときますね」

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