5.それでも手紙ですか?

 二人とも上から本を取っていたが、私は上に手が届かないので、下から探すことにした。7冊ほど抜き取ったが(抜き取った後で、棚の奥に手紙が隠されていないかを確認したが)本は版型も違えばジャンルもバラバラ、本屋のカバーが付いてる・付いてないまで見事に不統一。D氏は一体どんな基準で本を並べているのだろうと思う。タイトルでも著者名でもなさそうだし、こんなことではどこに本を置いてるか、D氏自身でもわからなくなるんじゃないか。冊数だけがやたらと多くて整理されてない古本屋みたいだ。

 それに探しながら考えているのだけど、このやり方は『盗まれた手紙』の中に出てくる警視総監と同じだ。こんなのでは見つからなくて、もっと意外な隠し場所があるのではないかという気がする。もちろん、本棚の横に安っぽい状差しがぶら下がっていて、その中に破りかけの手紙が、なんていう今さらなやり方ではなくて(当然、そんな状差しなんてないし)もっと現代風のやり方があるように思うけど。D氏の性格とかは考慮しなくていいのだろうか。

「ページの間に挟むんやなくて、ページそのものに偽装してるっちゅうことはないですかね」

「本とは紙質が全然違うからすぐにわかるやろ」

「そしたら、このカバーそのものは?」

「字が書かれてたらすぐわかるやん。裏返しにしたとしても、字が透けて見えるって」

「最近さわった本かどうかとか、積もってる埃でわかりませんかね」

「それが、どこも同じような埃の積もり方してるんや。本棚だけは掃除をまめにしてるらしい。そこの棚にあるやろ、埃取りが」

「ああ、静電気で埃をくっつけるやつですね。パソコン用のをそのまま使ってるんやろうな」

「そういうことしてるのが、また怪しいやろ。埃で隠し場所を知られんようにしてるいうのが」

「確かにそうですね。そうや、部屋に隠しカメラ仕掛けといて、一度探されたところに隠しなおすっちゅうようなことしてませんかね」

「俺らがどこから探そうとするかDにはわからへんし、最初の隠し場所を見つかったらアウトやんか」

 安里氏と友人が時々話をしながら探している。それにしても、本当にジャンルがバラバラ。ビジネス書もあれば自己啓発本もあり、小説もあれば漫画文庫もあり、ラノベもあればBLもあり……しかもちゃんと推理小説もあるし。

 気になるのは、本屋カバーにタイトルを書いてないのが多々あること。必要な本はどうやって見つけてるんだろう。もしかして置いてる場所を全部暗記してる? あるいはパソコンの中にデータベースを作ってて、そこで蔵書検索できるとか?

「どうしたん、手が止まってるで」

「もしかして見つけた?」

「いえ、ちょっと考え事」

 ぼけっとしているところを見つかったのか、二人が声をかけてきた。そもそも無理矢理連れて来られたというのもあるけど、こんな効率の悪い探し方をするのは勘弁して欲しいと思っているのでやる気も薄い。科学捜査に関する本まであるみたいだし、こんな前近代的なやり方で手紙が見つけられるとはとても思えない。

 『盗まれた手紙』では心理的な盲点を利用していたけど、ここでもそうじゃないのかという気がする。『盗まれた手紙』は置き場所と見かけを工夫した。ここでは置き場所がある程度わかっている。だったら見かけを工夫したんじゃないだろうか。手紙が手紙に見えないように。便箋が便箋に見えないように。青い便箋がそうでない色に見えるように。あるいは?

「だから、なんで手が止まってんのって」

「別のやり方考えてるんです」

 友人は私が考えているのが気に入らないらしい。でも最初にやり方を決めたら後は考えずに手だけ動かすって、最近の友人によく似ている。プロットを作ったらひたすら書くだけ。途中でもっと面白いストーリーにしようとか思わない。

 それはそれとして、本棚から離れて、反対側の壁のところから見る。『盗まれた手紙』でも、地図の中の文字を探すたとえが出てくる。本棚全体を模様としてとらえて、それが文字になっているなんてことはないだろうけど、遠くから見ればわかりやすいこともある。例えば、私がこれから探そうとしている特徴の本とか。それは意外と真ん中の辺りで見つかった。もう1時間ほど私が探していたら、手に取っていたと思うけれど。

 その本を取り出して、カバーを外す。中身は新書版の推理小説だった。

「この本が何か?」

 安里氏が私の手から本をもぎ取って、眺めている。パラパラとページをめくるが、もちろん何も挟まってない。

「いえ、本じゃなくて、このカバーです」

「はあ?」

 友人が呆れ声を出した。カバーは両面とも紺色だった。クラフト紙で作った本屋カバーなら、普通は片面はクラフト紙そのものの色、つまり薄茶色のはずだ。

「これ、便箋じゃないですか?」

「いやでも、色が……」

「便箋の両面を、紺一色で塗りつぶしたんですよ。インクジェットプリンタか何かで。それをブックカバーに見せかけてるんです」

 便箋の横は182ミリ、新書版の本の縦は182ミリでぴったり同じだ。長さも申し分ない。

「そんなことしたら何書いてあるかわからへんようになるやん」

「でも科捜研みたいなところで調べたらきっと復元できますよ。それに裏返しておいたら指紋は消えませんし、最近は手に付いていたタンパク質とかを検出するんですよね? こんな状態でもきっとできますよ」

 安里氏は天井の電灯を点け、その光で透かしてブックカバーを見ている。「微かに文字が書かれているように見えんこともないけど」と言う。

「これやとしても、今持って帰るわけにはいかへんな。Dが帰ってきたら本棚を見るやろうから、なくなってたら気付く。これと同じようなブックカバー、どっかの書店にないかなあ」

「あるいは文房具店で似たようなクラフト紙があるか探してみたらどうですか。なかったら、同じようなのを作るしかないですね」

 これがズバリではなかったときのために、他に同じようなカバーを掛けた本がないかを手分けして探し出した。色違いも含め、数冊見つかった。青系統でない他の色では青い字が浮き出してしまうと思われるため、そういうカバーは無視した。

「書いてあることが読まれへんような状態のものを、果たして手紙と言うんやろか」

 Dの部屋を出るときに、安里氏が呟いた。しかし「便箋そのものも重要」と言ったのは安里氏自身で、見つけ出したのはまさに紺色で塗りつぶしただけの「便箋そのもの」だ。代わりのカバーになる紙を探したり、もう一度やって来てカバーを掛け替えたりするのは安里氏に任せるとして、車で友人のマンションまで送ってもらった。1万円も無事受け取った。

「先輩、困ったことがあったらまた相談に来て下さいよ」

 友人が偉そうに言ったけど、見つけたの私やねん。ちゃんと後で5千円分けてよ。


 後日、安里氏から友人に電話がかかってきた。うまく手紙を回収できたらしい。私が最初に見つけたのがまさにそれだったとのこと。電話を切った後で聞いてみた。

「ブックカバーの裏に、メッセージでも書いといたんかな」

「何も書かんかったって言うてたで」

 『盗まれた手紙』では、最後にすり替えた手紙にメッセージを残しておいた、となっている。でもそれって、誰がすり替えたかを知らせるためだから、安里氏もさすがにそんなことはしないか。

「ところで、Gってもしかして安里さんのことかって思ったんやけど違うかな?」

「なんで? イニシャル違うやん。……ああそうか、義助よしすけを『ぎすけ』と読むんか。彼女から『ぎすけ君』って呼ばれてたとか。それで彼女も先輩に依頼した? ふーん」

 友人は文章をパソコンに打ち込む手を止めて考え込んだ。

「もしそうやったら、探偵としてはめっちゃ間抜けやな。自分で持ってた手紙を盗まれて自分で探しに行くなんて」

 それもそうやけど、よ5千円分けてよ。


(おわり)


※以下の関連エピソードもぜひご覧ください。

https://kakuyomu.jp/works/1177354054895145323 『真夏の夜の現場不在証明』

https://kakuyomu.jp/works/1177354054895145116 『アリバイの冷やし中華』

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隠された手紙 葛西京介 @kasa-kyo

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