4.家捜し開始!

 友人が最初に指摘したのはベッド。

「ベッドの木枠は合わせ目とかを虫眼鏡でしっかり観察して、異常なし。叩いてみて、中空になってないことも確認した。布団も、中身とカバーを分けて見たし、縫い合わせをほどいて縫い直した形跡もない。布団と底板の間にもなかった」

 虫眼鏡持ってるんや。さすが探偵。次にメタルラック。

「パイプが中空になってるから、両端のキャップの状態を確認した。ぎっちり堅くはまっていて、道具を使ってこじ開けたような形跡もない」

「でも買ったときはキャップがはまってなくて、手紙を入れてからはめたのかもしれませんよ」

「メーカーに確認したら最初からはまってるものらしい。安全のためやと。それにラックを買ったのは手紙を入手した時期よりもずっと前」

 メタルラックってそこそこ有名なメーカーの製品と、それにそっくりなディスカウントショップで売ってる物があるよね。これはどっちなんかな。続いて机とその上のパソコン。

「机もベッドと同じくよく観察して異常なし。パソコンは、一応筐体を開けて中を見た。ディスプレイ、キーボード、マウスは解体した形跡なし」

「僕、実はすごい隠し場所思い付いてるんですよ。これいつか作品に使おうと思ってたんですけどね。ハードディスクを増設したように見せかけて、実はその中に物を隠せるちゅうアイデアなんです」

「ハードディスクやなくてソリッドステートドライブやったけど、増設はされてなかった。CPUやメモリやその他のボードなんかに偽装しているということもなかった。お前のアイデアは古い! 探偵の世界では常識や」

「ええー、そうなんですか。残念……」

 お次はエアコン。もちろん、ベランダに置かれている室外機も。

「室内機は前面パネルを開けてみたけど、隠せそうなところはなかった。エアの吹き出し口も当然見た。フィルター掃除したことないみたいやな。埃だらけやった。不衛生な奴やで。室外機は埃や汚れから見て、数年間は動かしたりバラしたりした形跡なし」

「壁の通気口は?」

「見たよ。埃だらけ。掃除が嫌いなんやな」

「そういえばこの部屋の掃除は? 床はそこそこ綺麗ですけど」

「あれかな」

 入り口に近い壁の隅に、ロボット掃除機が鎮座していた。安里氏はもちろんその中も調べたと言った。

「電灯のかさの中に隠してたりしませんでしたか」

 天井を見る。普通の洋室用のシーリングライト。かさとはまた古い言い方で、シェードは天井にくっつくタイプの丸形だった。

「かさをはずそうと思ったけど、これも埃だらけやったからやめた。一応点灯させてみたけど、影は見えんかった」

 その他、電灯のスイッチやコンセント、窓もカーテンもベランダも安里氏が調べ済み。友人はぐうの音も出なかった。

「そやから、残るのは本棚。そもそも、この部屋不自然やろ」

「何がですか?」

「だって、本以外の物は徹底的に何もないんやで。それやのに、本だけがこんなにたくさんある。テレビもパソコンで見るくらいなら、本も電子ブックにすればええやないか。お前もそうや言うたやろ? 昔の蔵書は本のままっちゅうのならわからんでもないが、結構最近の本も買ってるんやで。そうすると、この中に隠してるんやなっちゅう気がするやろ。木を隠すのは森の中、紙を隠すのは本の中、や」

 確かにそれはそのとおり。ちなみにこの蔵書の中に、私の友人の書いたものは1冊もないのではないかと思う。

「なるほど、一理ありますね」

「一理とは失礼な。言葉の使い方間違ってるで、作家ともあろう者が。まあ、それはええとして、今日中に残り6列を全部見るのは難しいかもしれんけど、とりあえず一人で1列ずつ担当しよ」

「えっと、ちょっと待って下さい、安里さん。そもそも、探す手紙ってどういう形状なんですか? 大きさとか色とか模様とかを教えてもらってないです」

 私はこの部屋に入ってから初めて発言したのだが、手紙の特徴を教えてもらってないのに、どこに隠しているかを考えるのはナンセンスだと思っていた。もちろん、手紙というからには便箋に書かれているのだろうけど、それがどんな便箋かというのを知る必要がある。それに封筒があるならその特徴も。

「そやな、肝心なこと説明すんの忘れとった。封筒と便箋が対のデザインになってる、いわゆるレターセットなんやけど、大人向けのシンプルなデザインでな」

 便箋は薄い青地で、表は青い横罫に青い縁取り、裏は白。大きさはB5サイズだから縦が257ミリで横が182ミリ。字はおそらく水性ペンか万年筆による手書きで、インクの色も青。

 封筒は紺色あるいはネイビーブルーだったらしいのだが、受け取った男すなわちGは封筒を捨ててしまったらしい。本文の中にGの名前が書いてあるので、封筒がなくともG宛であることはわかる、ということだった。

「便箋に書かれた内容をデジカメで撮ってパソコンの中に保存しておいて、便箋そのものは捨ててしまった、っていうことはないんですか?」

「内容も大事やけど、デジタルデータだけやと偽造と指摘される可能性が高いやろ。もちろん中身もデータに取ってあるやろうけど、便箋そのものも重要なんや。Xさんの指紋が残ってるはずやし、動かぬ証拠になる」

 3Dデータにして取り込んで、必要なときは3Dプリンターで再現、とか考えてしまったが、指紋が重要というのは納得した。

「なるほど。じゃあ隠しやすいようにこよりにしたり、切り刻んだりしたら、指紋を採りにくくなるから、そうじゃない状態で隠してるっていうことですよね」

「そう。折りたたむか、丸めるか。本の間に挟んであるとしたら、折りたたんであると思うけど」

 ただ、いくつかに(幅を広めに)切って、しおりに偽装するということまでは考えられるとのこと。

「わかりました。じゃあ基本的な探し方を教えて下さい。みんな同じ観点で探さないと、見逃すかもしれませんから」

「それはもちろん、今から言おうと思ってた」

 友人はもう数冊の本を手に取って調べようとしているので、安里氏はそれを制して説明を始めた。

 まず、本棚の状態を写真に撮る。原状復帰させるのに必要(友人はこの時点で既に失格)。次に数冊ずつ取り出し、1冊ずつカバーの状態を確認する。カバーといっても、本そのものに初めから付いてるカバーと、書店でかけてくれるカバーがあるが、後者の場合は写真に撮る(これも原状復帰のため)。

 それからカバーを外して、手紙が隠されていないか確認する。次に本のページをめくって確認する。1枚ずつ丹念に見たいところだが、時間がかかるためパラパラとページ送りして(ただし早過ぎない程度で)、間に何か挟まっていないかを見る。しおりにも注意。見終わったらカバーを戻して、次の本を見る。

 以下、これの繰り返し。1冊に1分程度時間をかけて欲しいとのこと。左から2番目の棚を安里氏、その右の棚を友人、そのさらに右の棚を私が探すことになった。


(つづく)

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