3.作家、隠し場所を推理する
近くのコンビニの駐車場に車を停め(それってあんまりよくないことと思うけど)マンションの入口まで行った。郵便受けがたくさん並んでいる。
「先輩、今思い出しましたけど、手紙を郵便にして送ってしまうっちゅうのはどうですか? ええ加減な宛先を書いて、届け先不明で戻るようにしておくんです。『盗まれた手紙』のパスティーシュにそういうのがありました」
「郵便受けは毎日こっそりチェックしてるんや。そやから、それらしい郵便が来てたらわかるねん。それに、郵便も紛失する可能性があるからな。滅多にないけど」
海外へ船便で送るという手もあるが、それも紛失リスクがあるし、そもそも手元にない期間が多すぎる、と安里氏は言った。
さらに、簡易書留にして配達時不在→郵便局で保管、という手も考えたらしい。しかし保管は最長7日で、毎週同じことをやっていたら郵便局員も不審に思うだろう。それに郵便料金も発生する。
「宅配ボックスは?」
「一つも使われてない日があるのを確認した。それに、ずっと入れっぱなしやと、1週間経ったら管理会社が開けに来るらしい」
やはり家の中に隠すのが一番安全で確実で管理が楽なのである。
さてマンションの入り口はオートロックで、鍵がないと入れない。安里氏はこんなところでもピッキングをやるつもりなのだろうか、と思っていたら、何と鍵を取り出してきて、それで入り口を開けてしまったではないか! 私も彼も飛び上がりそうになった。
「先輩、鍵あるやないですか! ピッキングやるんやなかったんですか?」
「大きな声で言うなよ。この鍵は依頼人から預かったんや。Dと付き合ってたときに、合い鍵をもらったんやて」
「付き合うのやめたときに返さへんかったんですか?」
「返したけど、合い鍵の合い鍵を作っとったらしいんや。理由はわからへんけど」
もしかしたら、持ってくるのを忘れたときのために、「置き鍵」にしていたのではないだろうか。他人の家の鍵とは言え、無茶をする。
とにかく、その鍵で中へ入り、エレベーターに乗って、Dの部屋へ行った。もちろん入るにも合い鍵を使う。入る前に白い手袋をはめた。
「先輩、ここは?」
友人がドアの横のメーターボックスを指差す。
「もちろん見た。だいたい、そこは家の外やないか。鍵もかかってないし、関電や大阪ガスや水道局も開けに来るから、不用心やろ」
私でもそう思う。しかし、そういうところに「置き鍵」をしている不用心な人もいるのは確かである。何を隠そう、我が友人のことだが。
「靴はどうするんですか。
友人が警察用語を使って得意気に言う。今時、テレビドラマで頻繁に使ってるし、隠語でも何でもないのに。
「玄関にビニールシート敷くから、その上で靴脱いで」
中へ入り、言われたとおりにした。友人は靴下を洗いたての物に履き替えてきたし、私のは常にきれいだから問題なし。
上がるとワンルームマンションの定跡どおり、ミニキッチンがあり、洗面所とバスルームがあり、その先に部屋がある。部屋以外は探した、と安里氏が言い張るのに対し、友人が「どこを探したのか聞かせて下さい」と食い下がった。完全な興味本位だと思う。
「先輩より僕の方がミステリ小説をたくさん読んでるから、探し場所もたくさん知ってるかもしれませんよ」
「ほな、どこ探したらええか言うてみい」
「冷蔵庫」
ツードアの小型であるが、冷蔵室も冷凍室も隅から隅まで調べたそうだ。そもそもミネラルウォーターのペットボトルしか入ってないという、すっかすかの状態らしい。当然のことながら、冷蔵庫の裏や、下も調べたとのこと。
「洗濯機」
普通の全自動。洗濯槽の中も、本体の裏も下も、排水ホースの中も調べたらしい。だいたい、洗濯機の中に隠したら、ビニール袋に入れていたとしても浸水してしまう可能性がある。
「排水溝は? ビニール袋に入れて、針金で吊り下げるとか」
キッチン、洗濯機、洗面、バスルームの洗い場と湯船、全て調べ済みらしい。これも浸水の可能性あり。
「石鹸の中をくりぬいて空洞を作って……」
洗面所、バスルームとも、液体石鹸。いずれもボトルの中は調べ済み。ついでにシャンプー、リンスのボトルも同じく。
「換気扇の中」
当然調べ済みだそうで……
それ以上、友人からアイデアは出なかった。
「キッチンと洗面所の戸棚も全て調べたし、床やタイルが浮いてないかも細かく見た。だから、残りはあっちの部屋だけやねんって」
友人のアイデアは全て撃退された。そもそも、冷蔵庫の中がそうだったように、戸棚の中にも物がほとんど入ってない、食器や調味料すら最低限しかないという、シンプルライフの行き届いた状態であったので、探すのも簡単だったようだ。
で、ついにたどり着いたのが、というほど大げさなものでもないが、「部屋」の方だった。床に置いてある物が少ないのに比して、その異様さが目立つのが本棚だった。窓は南側にあるが、その右手、すなわち西側の壁一面が、本棚なのだ。
ワンルームによくもこんな巨大な本棚が、と思うほどだが、一部は小物を置くスペースとして使われている。しかし、およそ7割が本で埋められていて、まあ少なく見積もって1000冊といったところだろうか。よく床が抜けないものだ。
ただし、棚自体の奥行きは浅くて、20センチもないくらい。つまり、ハードカバーを置けば手前が2、3センチ余る。文庫本の前後置きは不可能で、実際にそうなっているところはなかった。さらに本の大きさに統一性というものがなく、どこを見ても面も頭もデコボコしているという状態だ。何となく気持ち悪い。
「すごい数の本ですね。え、これも全部調べたんですか?」
「そやから、まだやねん」
本棚の状態に比べると、その他の物は少ない。家具と言えるのは高いベッド、低い机、衣類置き場として使われているメタルラック。高いベッドは2段ベッドの上だけ持って来たような感じで、本来はその下を物置に使うと思うのだが、下には何もないという変な状態になっていた。
机の上にはパソコン。デスクトップ型で、机の上は本体とディスプレイとキーボードとマウスで埋まっていると言ってもいい。これではどこで食事をするのかと思うほどだが、冷蔵庫があの状態なので、全て外で済ましてくるのだろうか。座椅子もなく、薄っぺらいクッション型座布団が1枚あるのみ。カーペットもないが、これは床暖房だからだろう。
「テレビもないんかあ」
友人が呆れたように言う。パソコンにアンテナケーブルがつながっているので、これでテレビも見るんやろう、と安里氏が言った。
「それで、本棚は左端の1列だけは全部見たんやけどな」
本棚はよく見るといくつかのブロックに分かれていた。3列の棚が一つと2列の棚が二つ。そしていずれも7段の棚の上に3段の棚が載せてある。天井にはもちろん転倒防止の突っ張りが付いていた。
一番下の段と一番上の段は空いていた。下は取り出すのにかがむのが面倒だからで、上は手が届かないからだろう。棚の一番上に手紙を置いておいたら、下から見ると死角に入るので、ちょっと見はわからないと思うが、安里氏はきっとそこも見ただろう、と期待する。
「いや、先輩、ちょっと待って下さい。この部屋の他の隠し場所がありそうなので」
友人がまた安里氏に挑戦しようとしている。面倒くさい奴。
「一応聞いたるわ。でもあんまり考えなや。どんどん時間なくなるだけやで」
「任しといてください。もう思い付いてます」
友人は得々とした表情で部屋の一角を指差した。
(つづく)
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