2.探偵、依頼の内容を語る

「依頼は女の人からなんやけど、ある人物から手紙を取り返して欲しいっちゅう話。その女の人は、半年後に結婚を控えてるんやけど、ずっと前に付き合ってた別の男、つまり元カレに出したラブレターがいくつかあると。そのうちの一つを、たまたまある人物が入手して、彼女に脅しをかけてきた」

「おお、ホームズシリーズにそんなエピソードがありましたね。『ブラック・ピーター』やったかな?」

 いや、『犯人は二人』やと思うけど。

「そうやったかな。まあそれはええとして」

「先輩、探偵やのにホームズを読んでないんですか?」

「読んだけどタイトルなんかどうでもええやん。内容憶えとったらそれでええねん。探偵の仕事に重要なんはタイトルより内容や」

「そらそうですけど」

 友人は不満そうにしているが、彼も作品名を間違っているのでどっちもどっちやん。

「話を戻すと、その手紙を手に入れたある人物っちゅうのが、実はそれも元カレの一人なんやけど」

「えらいモテる女の人ですね。どっちの元カレが最近まで付き合ってたんですか?」

「二人同時。ちゅうか実は、結婚する予定の男と合わせて3人同時に付き合ってたことがあるらしい。これは実は依頼者の女の人から聞いたんやなくて、俺が調べてるうちにたまたまわかったんやけど」

「えー、で、もしかして結婚する男はそのことを知らんかった?」

「いや、うすうす気付いとったみたい。でも問題はその男やなくて、男の両親とか親戚。よくあるけど、考えが堅くて、何人もの男と同時に付き合ってるような女は尻が軽くて結婚相手として許さへん、と反対される可能性が大なんやな」

 考えが堅い、とは私は思わない。何人もの男と同時に付き合う女は明らかに尻軽であるというのが常識的な判断であるはずなのだが、いかがであるか。

 結婚を許す許さないはともかくとして、結婚する予定の男の人も、後で女の人の浮気に苦労するようになるのではないかと心配する。

「なるほどそれで、脅迫してる男は、自分のところへも同時期ラブレターが来てたから、それをもって二股あるいは三股の証拠にしようとしてるっちゅうことですね」

 男が3人も出てきてややこしいので、結婚しようとしている男をY、脅迫者をD、もう一人の元カレをGとしよう、と安里氏は言った。ちなみにこれらはそれぞれの名前のイニシャルであるらしい。名前を伏せるなら別にA、B、Cでも構わないと思うのに、どうしてそんな手がかりめいた言い方をするのだろう。

 ついでに、女の人はXさんと呼ぶことになった。もちろんイニシャルがXなのではなく(それだったら外国人だ)男がYなら女はX、という生物学ネタ(染色体のことと思われ)だった。だから、どうして女の人だけ完全な伏せ字にするのかと、小一時間問いつめたい。

「つまり、Xさんの依頼は、Yと結婚する前に、XさんがGに宛てて書いた手紙を、Dの元から取り返して欲しいと」

「なるほど、単純明快な依頼ですね」

 友人が納得してうなずいている。しかしこれほど単純なら、X、Y、D、Gなんていう伏せ字は必要なかったんじゃないかと思うけど。あれ、XさんがDに宛てた手紙は取り返さなくてもいいのだろうか。それとも手紙送ってない? まあいいか。

「それで、Dはどこに手紙を隠してるんですか?」

「そやから、それを探すねん。大事な手紙やし、いつでも手元に置いてることだけは間違いないと。ただ、常に持ち歩くようなことはしてないと思うねん。うっかり落とす可能性もあるし」

「スリの真似して荷物を奪い取って調べたりしないんですか?」

「それは無理やな。警察やったら堂々と職質して、内ポケットでも鞄の中でも調べることができるけどな」

「貸金庫に預けるとか、コインロッカーに入れるとかは?」

「貸金庫は銀行の審査があって、中に入れる物とか資産状況とか調べられるから難しい。それに預けた物は営業時間外に出されへん。コインロッカーは連続して入れとったら、けっこう金かかる。今時最低でも200円やろ。半年預けたら3万6千円。しかも入れてる期間が長すぎると業者が開けて調べることもあるからな」

「友達に預けるとか」

「その友達から逆に脅迫されたらかなわんから、ないやろ」

「ということは、結局、Dの家を探すんですね。でも、どうやってDの家に入るんですか?」

「そこは俺は探偵やから、鍵をちょこちょこっと開けてやなー」

「ええー、そんなんできるんですか! すごいですねえ。そんなんできる探偵、小説の中だけやと思ってました」

 いや、それ犯罪ですよね? ピッキングとか? 友人もミステリーばっかり書いてるせいか、道徳観が薄れてきてるんやろか。

「それで、家の中調べたんですか?」

「調べたよ。ただ、まだ全部は調べきってない。残ってるんは、簡単に調べられるけど、ひたすら時間がかかるところなんや。そこを手伝ってくれへんかなーと思って」

「いいですけど、その家ってここから近いんですか?」

「車で15分くらい」

「Dの職業は何で、何時に帰ってくるんですか?」

「普通のサラリーマンで、梅田の方に勤めとって、だいたいいつも7時くらいまで残業して、8時頃には家に帰ってくるようやけど、まあ俺らが探すんは5時か5時半には切り上げた方がええやろうな。マンションで、他の住人の目もあるし」

「じゃあ、すぐ行きましょう!」

「よし、行こか」

「行ってらっしゃい」

 二人が立ち上がったのを見て、声をかけた。が、二人は不審そうな目で私のことを見ている。

「一緒に行こ」

 友人が言った。いや、私、暇ちゃうし! この後バイトあるし! 3人で押しかけて行ったら目立ってしゃーないし!

「二人で探したら半分の時間になるけど、3人で探したらさらに1.5倍よ終わるで」

 そんなん言われんでもわかるわ。

「探すの手伝ったら、お礼もらえるんですか? 家の中の手紙を探すって、ポーの『盗まれた手紙』みたいな話ですけど、あの中の探偵って、すっごいいっぱい報酬もらったんですよね?」

「そうそう、確か5万フランやったかな」

 友人が細かい金額を思い出して得意そうにしてるが、今はそんなことどうでもええねん。今のいくらくらいかもわからへんねんから。

 それより、人の仕事手伝ったらお金のやりとりが発生するということを認識してくれへんやろか。安里氏は依頼者からお金もらってやってるんやから、手伝うんやったら分け前要求しても当然のことやと思うけど。探偵ごっこがしたくてお金のことに気が回らへんのか、それとも私が彼をただで手伝ってるんが悪いんか。

「しゃあないなあ、ほんなら5千円」

「二人で? 安里さんの取り分から払っていただかなくても、調査人数を増やしたら、その分を依頼者に請求すればいいんじゃないんですか?」

 友人の手伝いをして、探偵料金のことを調べていたので、相場くらいは知っている。もちろん、私と友人は探偵ではないが、『調査協力に対する謝礼』を依頼者の請求分に加えたって問題ないはず。

「じゃあ、一人5千円。その代わり、俺の言うことちゃんと聞いて、Dの部屋を傷付けたり、足の付くようなもん残したりせんとってや」

「それはもちろんですよ」

 というわけで手袋なども貸してもらえることになった。安里氏の車に乗ってDの住むマンションへ行く。大阪湾の海底をトンネルでくぐり、咲洲人工島へ渡り、そのさらに南の南港エリアも通り過ぎて、ニュートラムの平林駅近くまで行った。ワンルームマンションで、友人の住んでいるところよりもちょっとは立派な感じに見えた。


(つづく)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る