終章 少女たちの生き方

エンディング

 女王が怪獣として暴れてから半年。完全には復興していないものの街は活気に溢れていた。未だに残る瓦礫の撤去、建材を運ぶ若い衆たち、建物を建てる大工たちは忙しなく街を直す。一方で日常を取り戻した人々は学校に通ったり、通勤を始めたり、家でゆっくり過ごしたりと思い思いのペースで過ごしている。そしてそれら双方には甘い匂いがまんべんなく広がっている。

 女王が怪人態を解いた時、その巨大質量は崩壊の一瞬街を、いや州を飲み込むほどに広がった。それに飲み込まれた人々は口をそろえて「患者・怪人たちの悲しみや楽しさを我が事のように感じた」と語っている。

 そこからは話が早かった。怪人たちに寄り添う事を意識出来るようになった人間と、人間以上に部位を扱えるモンストピアの怪人たち。まずは彼らが中心となって街の復興作業を始めた。モンストピア人々は行き場を失い、街の人々は猫の手を借りたいほど働き手を求めていたので自然と両者は手を取ったのである。

 人間側の意識改革とモンストピアのリハビリ技術のおかげで患者たちが人間社会に馴染むのはあっという間だった。フェーズ2でも人と変わらずに動けるようになれる。それはスラムでくすぶっていた患者たちの意識も変え、モンストピアの人々は彼らに積極的にリハビリ技術を提供し、社会が働き手として受け入れるとあっという間に匂いの偏りは無くなってのである。

 もちろん病の性質上肉体を動かせないフェーズ2の人々はいるし、そんな彼らへの偏見を人間側は取り払えたわけでは無い。しかし双方がお互いの事情を当事者意識を持って考えられるようになったのは互いに大きな前進だった。

 街から始まった怪人と人間の助け合いの姿はこれから到来するであろう怪人社会のロールモデルとして注目されている。荒療治ではあるものの「怪人と人間が手を取り合える社会」は確実に世界全体に広がり始めていた。

 そしてそんな忙しない街の一角で、とある一団が日常を過ごしていた。

「はいこちらスイフト派遣事務所。え? 職員が働かない? 何ですって『依頼人の思考は旧時代の物で辟易すると』言われた……366らしいわね。ああ、そうじゃありませんね、大丈夫です一度私に代わって下さい。すぐ働かせますんで――」

「はいもしもし。あ、いつもお世話になっています。またウチに依頼ですか! 27に来てほしいと。ありがとうございます。彼女は今別の仕事に当たっておりまして、明日であれば予定が空いておりますので、ええ、ではそのように手配させていただきます――」

「今度はメールか……なになに……ドタキャンされたモデルの代わりにグラビアの被写体になって欲しい……これは要検討ね。報酬とかコンプライアンスをキッチリ詰めないと妹達をどう扱われるか――」

 ハンバーガーを頬張りながら少女は車いすにもたれかかる。彼女は先ほど受けた種々の依頼と職員四百人分のシフト表とにらめっこし、予定を組み立ててゆく。シフトはそれなりに埋まっていて繁盛しているようだ。

「姉よ、根を詰めるのは良くないのではないか? ただでさえ体質が不安定、すぐに動けるわけでもない。後継である我々が前面で仕事をこなし、しばらく静養に努める方が効率的だろう」

「その喋り方がどうにかなればそうしたいところなんだけどね。仕事はともかくみんな何でノヴァみたいな態度が抜けないのよ。それが原因でクレーム処理とかクライアントとの交渉はどうしても私持ちにならざるを得ないの。私に楽をさせたかったら最低限礼儀作法を覚えなさいよ……」

アイヴィーの言う態度とは曖昧な概念で分かりにくい」

オリジナルは細かい所を気にしすぎるのだ。賃金に似合わぬ仕事ならそれなりお態度と仕事の質で臨むべきだ。我々は怪人としての完成度が高い。文句を言ってくるクライアントなど結局その程度の存在」

プロトタイプよ、帰って来たぞ。タケルは今日も優秀な成績を修めたそうだ」

「お姉さんただいまー! 俺体育なら絶対に負けないからね。今日もバッチリ一位だった!」

 妹の顔をした白山羊たちとタケル少年がぞろぞろと事務所へ入って来る。彼女たちの会話を聞いて車いすの上のアイヴィーは頭を抱えた。どうしてこんな事になったのかしら。彼女はここまでに至る経緯を白山羊に車いすを引かれながら思い返す。

 女王から解放されると同時に女王の記憶を体感した人々はノヴァと機関の人々が行っている非人道的な実験を知り、彼らの存在は白日の下に晒された。これによりアイヴィーは本来の身分を回復し、社会に復帰することが出来るようになったのだが――

「フェーズ2……私が?」

 女王の細胞を取り込んだ事と彼女から解放された時に首元のライザーが壊れた事が原因でアイヴィーの肉体は変身能力の消失と下半身が麻痺を起こしていた。これは機関が持っていた技術とモンストピアの技術の双方をもってしても解明できず、細胞の状態が目まぐるしく変化していることだけしか分からなかった。何かしらの刺激でひょっとするとフェーズ4に戻れる可能性があるらしいが、今のところ彼女の両足はうんともすんとも言わない。首元が楽になったのは気に入っているものの、アイヴィーは自分がまさか妹のような車いす生活を送る事になるとは夢にも思わなかった。

 そんな彼女の助けになったのは意外にも四百人の白山羊たちだった。彼女たち曰く「性能は落ちるが直属の上司であるノヴァがいないのであれば彼の部下であるアイヴィーに従うのが道理」とのこと。言い方に角があるものの、アイヴィーは彼女たちを受け入れる事にした。どこもその辺の軍隊よりも強力な彼女たちを持て余していたし、クローンであれ妹の面倒を見るのは姉の務めだろうとアイヴィーは思ったからである。白山羊たちも上司だからか、それとも妹だからかアイヴィーに対して悪い感情を持たずに――態度は悪いようだが――自然と彼女を助けている。姉妹の絆は意外な形で繋がっているようだ。

 一度に四百人の妹が出来たことでアイヴィーの頭を悩ませるのは生活費だった。機関に対する補償金だけではフェーズ2になってしまった自分の生活だけでもカツカツ。とてもじゃないが家族全員を養う事が出来ない。

 私はモンストピアで、いや外の世界にいた頃だって周囲の状況に驚かされて流されてばかりいて何か状況を変えることが出来なかった。ブロッサムたちだって立場は似ている。結局私達は兵隊根性が身についている。だったらそれと社会を知る事の双方を仕事に出来れば良いんじゃないか。そうして生まれたのが「スイフト派遣事務所」だった。いわゆる何でも屋で報酬次第で様々な依頼をこなす。愛想こそ良くないが、白山羊たちの高すぎる能力のおかげで今のところ経営は黒字。利益のほとんどは彼女たちの食費に消えてしまうが、アイヴィー自身金銭欲は無いし、彼女たちに様々な仕事を経験させることで個性が生まれ、独自の思考を持つ存在として成長する姿を見るのを楽しく感じている。体は不自由かもしれないが、アイヴィーは今が一番充実していると感じていた。

「お帰りなさい、って言えばいいのかしらね。ねえタケル。ご両親は本当にあなたをウチに置いておくつもりなのかしら。あなたの分の生活費は頂いているから構わないっちゃ構わないけど、騒がしくないかしら」

「お姉さんそれを言い続けてもう半年だよ。大丈夫だって。お父さんもお母さんも街の復興事業で忙しくて当分家に帰って来れないし。それにお姉さんたちと一緒の方が勉強教えてもらえたり、一緒に遊んでもらえるから楽しいよ。6番のお姉さんはヒーローが好きみたい。結構一緒に見ているんだ」

「あの子がたまに変身ポーズを取っているのはタケルが原因だったのね……まあ個人の趣味はとやかくいうことじゃないわね」

「お姉さんはどこかに出かけるの? 相変わらずハンバーガーくさっつ! 余所行きの格好なのに臭いで台無しだよ……」

「うるさいわね。仕方ないじゃない。フェーズ2になっても眠った患部は執拗にカロリーを求めるんですもの。どうせ食べるなら好きな物をたくさん食べる方が安心するの。私の仕事、ただでさえストレスが溜まるんだから」

「姉のジャンクフード癖には私も疑問を覚える。我々のようにカロリーブロックと水、栄養剤の注入の方が精神的にフラットになれるし効率的だ」

「いや99番のお姉さんも偏っているというか……この事務所、ひょっとして料理するの俺だけ⁉」

 任務が終わればアイヴィーは一人になると思っていた。機関とモンストピアとは縁が切れて一人でひっそりと怪人病を知らないような人々が住む田舎で隠居しようと、そう考えていたが実際は妹が四百人も増え、何故かタケルには好かれ、不思議と縁は地続きだった。

「この子とちょっと外回りに出かけるから。夕飯までには帰ると思うわ。課題とかちゃんとやっておきなさいよ。ご両親からあなたのお世話を請け負っている手前、遊んでいるとは思われたくないし、成績は高いに越したことは無いわ、分からないことがあったら空いている妹達に聞いてちょうだい」

「お姉さん相変わらず優しいね。うん、そうする。夕飯はラップでもかけて用意しておくからジャンク以外もたべてよ。いってらっしゃい!」

「行ってきます」

 妹に車いすを押されアイヴィーは町を行く。復興の音が響く街中は今日もにぎやかで、それを見ていると思わず口元が笑みを浮かべる。甘く不衛生な下町はいつの間にか匂いを薄めて多くの人々が共同で働く場へと変わっていた。よそよそしかった住人達も今では患者たちに一定の敬意を持って過ごしている。この様子を見れただけでもアイヴィーは自分の足の機能を失ってもお釣りが来たなと思えるのであった。

「姉よ、首を下げる事を推奨する」

 ブロッサムに言われるまでも無く、アイヴィーは脅威の匂いを感じ取って首を前へ傾けた。甘栗のようないぶした熱のある匂いが彼女の上を通過すると工事現場から爆発が起きる。

怪人俺達こそ進化した人類なんだ! 今まで抑圧された分、権利を行使したっていいじぇねえか!」

「確かに人間俺達も悪いことをして来た自覚はある! だがな、そうやって暴れるのは違うだろ!」

「そうだそうだ!」

「何だと! ヤンのか!」

 どれだけお互いを思いやる気持ちがあっても、人間はどこかしら理由を付けて争う生き物らしい。むしろ特殊能力を持った怪人たちが、変身しても迫害されないと言う理由で軽率に変身し暴れてしまうという社会状況が生まれた。ある意味優しい社会なのかもしれないが、怪人軽犯罪が増えてしまったことは復興の世の中の新しい頭痛の種だった。

「どうする姉よ。しばらくすればウォリアータイプやお人好しな野良怪人が駆けつけて事態を治めるだろう。クライアントの前に余裕を持って訪れるためにも、ここは無視を決めるのも一つの手だと思うが」

 そう言うブロッサムの顔は事件現場に注がれ、手は首輪のスイッチへ伸びている。それを見てアイヴィーは「あなただってお人よしじゃない」と笑いをこらえた。

「決まっているでしょ。五分以内に抑えなさい。それ以上はダメ、遅刻するわ」

「全く。マネジメントに関してはノヴァの方が上手だと思わざるを得ない」

「ほんと、あなた達の上司になってから初めて、あんな酷いヒトも偉大なんだなって思えて不思議よ」

 会話を打ち切ると同時に衝撃波が発生し白山羊怪人が現場に突入する。相手は自分の能力に慣れていないのかすぐにカロリー切れを起こし、あっという間にブロッサムに押さえられる。アイヴィーはそれを見て変身するまでも無かったなと、かつての戦いを思い返していた。

「…………外の世界はやっぱり野蛮」

 車いすの側にいつの間にかロリータファッションに身を包んだ一人の少女が佇んでいた。彼女は不愉快そうに怪人と人間の争う様子を見ている。

「ええ。でもしばらくすればこの町にもコロシアムが出来るんでしょ。そう思えば野良試合なんてそうそう見れなくなるわ。将来的にはこんな光景がオツな物としてもてはやされるかも」

「怪人はそんなこと絶対思わない」

 帽子や前髪の陰になって少女の顔は良く見えない。けれどもアイヴィーは口調から彼女がすねているように感じた。地団太を踏んでいるという事は怪人側の味方として乱入したいのだろうか。何がともあれ少女は怪人の肩を持つようだ。

「これ、今日の依頼の報酬の一つとして持ってきた」

 アイヴィーは少女から長方形の小箱を受け取り添えられたメッセージカードを読む。その署名にはこれから会う予定のクライアントの名前が書かれていた。

「これが……あなたの名前」

「次会う時は名前で呼んで。顔も……ちゃんと自分の物を取り戻すから」

 彼女に触れようとアイヴィーは手を伸ばしたが少女の姿はすでになく、周囲には砂糖を何重にも溶かしたようなドロドロに甘い匂いだけが残っていた。

「全く、何なのよ、もう」

 小箱を開ける。そこには武骨な真っ黒な色をした首輪と、同じく真っ黒な薬液が入ったインジェクターが入っていた。

「あの子の気持ちに近づけるから車いすもいいけど……確かに、これも私の姿の一つよね」

 アイヴィーは迷わず首輪を装着する。そして慣れた手つきでインジェクターを手に取るとそれを首輪の吸入孔に一気に差し込む。首輪から全身に薬液が循環を始め最初にアイヴィーの虹彩が濁った黄色に変色する。続いて瞳孔が水平に広がり――

「……変異」

 彼女の全身から強烈な衝撃波が発生。頭部に黄金に輝く縦巻角を生やし全身を黒色に変異させる。右手に硬質な籠手、両足にも同じ材質で出来たハイヒールを生やし、景気づけにコッコッと蹄のように鳴らす。車いすから立ち上がるとそこには黒山羊を思わせる怪人の姿、かつてと異なり左腕が黒く染まったままなのはあの少女の影響が残っているからだろうか。

「べえええ。まあいいわ。これで先の予定は無くなったし。夕飯前にお人よしの手伝いでもしますか」

 もはや諍いでは無くほかの怪人や野次馬が集まり、次第にプロレスのような盛り上がりを見せる人々の中へアイヴィーは飛び込んでゆく。暴走する野良怪人、殺意を出そうとする妹、怒り、囃し立てる人々、その仲裁としてアイヴィーは拳を振るい、蹄のハイヒールで屈服させ、頭を下げ、今までの、一年半の濃密な経験を発揮する。

 ねえブロッサム。私は色々変わったけど、いつの間にか街の方も色々変わって、いつの間にかあなたの言葉の時代がやってきているわよ。

 久々の戦闘ですべてが終わるとアイヴィーは車いすに座り込んでしまった。それを見てブロッサムは何も言わない。夕飯と家族が待つ家に向かって歪だが確かな絆を培った姉妹は車輪の歌が鳴る音を楽しむスピードで家路についたのだった。

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モンストピア 蒼樹エリオ @erio_aoki

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