雪を溶く熱核
祟
死の雪
空から雪が降ってくる。どこまでも暗く、黒い雲となったガスの下、人体にとって有毒な白い雪が降り積もる。人々は厚い防護服を着こみ、なけなしの神の加護にすがって震えて見上げる。その雪は、魔王が死に際に残した呪いの雪だった。
一人、また一人と、雪に触れて倒れて散り逝く。静かに降り積もる死の雪に触れ、儚く命が消え去っていく。しんしんと降る雪の晩。愛した大地が雪に侵される光景を美冬が、異世界から転移し、魔王を倒した勇者である美冬が呆然と眺めていた。
「こんな……嘘。嘘よ。私は、魔王を倒したのよ! それなのに、どうして……」
激闘の末、城に帰るまでは順調だった。皆が笑顔で美冬の偉業を称え、祝福した。空が曇り、陽を遮っているのも誰も不審には思わなかった。雲が厚みを増し続ける事も気にせず、美冬は笑顔でこれで地球に帰る事が出来ると喜び、城へ凱旋していた。
異常に気付いたのはその時だ。世界を救えば起動する筈の魔法陣が動かなかった。故郷に帰れると喜ぶ美冬の笑顔が凍り付いた。そして、黒い雲から雪が降り始めた。異常の原因は、世界が救われていなかったから。――帰還の魔法陣は正常であった。
ただ、魔王の力が世界を覆い、どうしようも無い状況に陥り、世界が終わっただけ。
魔を斬り裂く剣も空には届かず、邪を打ち祓う魔法も雲の一部に薄く当たるだけで何も効果がなかった。絶望した人々は、どうにか用意できた防具で身を守り震える。寒さはない、圧倒的な死の呪いが体に触れただけで、静かに死に絶える。世界でただ一人、美冬だけが、諦める事もできず、しかし、何もできずに慟哭していた。
「私なら! 私なら魔王を倒せるんでしょう!? 何か無いのッ!」
「ククク……どうすることもできないさ」
魔法陣を管理していた魔法使いが、何もかもを諦めた表情で美冬に語り掛ける。
「この魔法陣は、当代の魔王を倒せる力を持つ存在を呼び出すものだ……雲になった魔王を倒す力など、貴女に備わっているはずもない……もう、おしまいなのさ……」
「イヤぁっ! それなら、今までの私の旅はなんだったのよ……地元の外の世界も知らずに、こんな異世界で死にたくないっ……! 誰か助けてよ、神様……秋人っ!」
世界の終わりに、全てを閉ざす黒雲の檻の中に、少女の悲鳴が響いた。美冬の感情が爆発し、勇者の助けを呼ぶ最後の叫びが響いた、神はその声を確かに聞き届けた。
魔法陣が輝き、魔王を倒す力を持つ存在が召喚される。魔法使いが驚愕して叫んだ。
「馬鹿な……!? 世界転送の力など、もう残っていなかったはずだ! 魔王の力の吸収も無しに、この陣が動くはずなど……!」
魔法陣は美冬がこれまでの旅の中で吸い上げたわずかな魔力を頼りに、起動した。雪を溶く熱が赤く輝き遠吠えを上げる。魔法陣に納まりきらない巨体が姿を現した。陣を納めていた城が壊れ、中から赤い火竜が出現した。竜がジッと美冬を見つめる。
「久しぶりだね、美冬」
「その声……まさか、秋人? 秋人なの?」
美冬の声に応えるように低く唸った竜は、美冬の声に導かれてこの世界から来た。旅立ちの最初、故郷に残した幼馴染の名前を付けて可愛がっていた幼竜が来たのだ。
幼年期を美冬と共に過ごした竜は、旅の途中で見つけた火山を殊の外気に入り、そこを離れようとはしなかった。美冬は腕に納まらない程に大きく育った秋人を旅に連れて歩くのに困っていたこともあり、別れて疎遠となっていたのだ。
その火竜が、マグマの力を吸い上げて巨大に育った秋人が、美冬の危機に現れた。
秋人は恐ろしい鳴き声とは裏腹な、幼げな言葉で美冬に告げる。
「美冬、だいじょうぶ。ボクが世界を救って来るよ」
「秋人なのね。そんなに大きくなっちゃって……いつまでも甘えんぼなんだから」
秋人は巨体を窮屈そうに屈めて鱗に覆われた首を美冬に伸ばす。降り落ちる雪が、秋人の発する熱に溶けるように消え去っていく。陽ざしよりも暖かく柔らかい熱が、死の雪を遠ざけていく。秋人の頭に触れた美冬は笑顔を取り戻した。ありえない光景を見た魔法使いが唖然として呟く。
「何故だ……火山喰らいの火竜が人に懐く訳が……」
「人の子よ、我は懐いた訳ではないぞ。ただ、少し地元を離れたくなっただけなのだ――じゃあ、行ってくるね美冬。ボクにはこの世界は小さすぎるみたいだから」
城の全てを覆いつくす翼を広げ、秋人は羽ばたきを起こした。城下町に降り積もる雪が溶け、蒸発していく。星の命を吸った秋人の力が、雪に倒れた人々に熱を与え、呪いを遠ざけた。偉大な生命の熱に触れた人々が復活し、歓喜の声を上げた。熱が、雪を溶く巨大な熱核が、世界を温めていく。熱を振りまく秋人が、空の彼方へ昇る。
秋人が咆哮を上げると雲が吹き飛び日差しが姿を現した。魔王の力を物ともしない灼熱の息吹でガスを溶き消していく。陽光の下、世界を覆う黒雲が秋人に挑むように一点に凝縮していく。新たな魔王と秋人の最終決戦がはじまった。空の向こうへ飛び立ちながら戦う秋人の姿を、美冬は嬉しそうに眺め続ける。やがてその姿が宇宙へ消え去り見えなくなった時、青空の下の魔法陣が淡く輝き出した。
美冬は流れ出した涙に、自分の心を救った秋人の思いを知るのだった。
雪を溶く熱核 祟 @suiside
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