雪を溶く熱

除夜のカネの音と雪

 遠く、鐘の音が鳴る。

 除夜の鐘だ。

 煩悩の数だけ叩きつけるイベントのせいで、煩悩が高まってきてイライラする。


 私はひとり孤独に年越しそばを食べながら、イラつきを高め続けていた。

 独り身にはこんな行事はツラい、ちょっとした騒音でも嫌になる。

 騒音で寝る事もできない私は、室内でダラダラ過ごしながらイライラしていた。


 鳴り響く鐘の音は、風流なのかもしれないとは思う。

 けれど、今年は大晦日にオールナイト営業しやがった近所のパチンコ屋の音まで聞こえてきて、最悪な音色になっていた。


 許すまじ、防音をケチった娯楽施設。


 コロナで営業できず、こんな時期に売り上げを取り返そうと営業しやがったパチ屋のせいで、私のイライラは有頂天に達していた。


 ズルズルイライラとそばを啜っていると、窓の外に雪が降ってくるのが見えた。

 祝福の雪だ!

 騒音が静かに降る雪に吸収され、心なしか静けさが取り戻された気がする。


 これなら寝ることができるかもしれない。


 明日の雪かきを思うと憂鬱になるけど、それも忘れて布団に潜り込むことにした。

 ジャラジャラとどこからか鳴る音を、脳内でしんしんと降る音に変換させて寝る。

 これは美しい冬なのだ……雪の鳴る綺麗な音……そうそうその調子、頑張れ空耳。


 私の名前をも武器にして、無理やり騒音を追い出す……がんばれ私のプラシーボ。


 嘘のような夜の音が、夢現の脳裏によぎる。

 名前に入っていた季節のせいで、嫌な記憶を思い出してしまった。

 季節感なんて嫌いだ。イベントなんて大嫌いだ。あの男を思い出してしまう。


 懐かしい日々が走馬灯のように、まぶたの裏に映る。


 大晦日に、ふたりで打ちに行った除夜の鐘。

 雪を打ち叩いてふたりで楽しく遊んだ記憶。

 あの頃は楽しかった。ふたりで笑いあった。それが、どうしてこんなことに……

 幼馴染だったアイツは、いまは別の物を打っているのだろうか……


 うつらうつらと布団の中で過ごしていると、急に騒音が鳴りだした。

 鐘の音より高く響く、インターホンの音。

 ピンポンピンポン、ドンドンドン! と玄関の扉を叩く音まで高鳴る。


 ――こんな時間に、いったい誰……?


 寝巻の上からコートを羽織り、明日のため備えていたスコップを担ぎ表に出る。

 チェーンをつけたドアの隙間から見えたのは、いつか別れた私の彼氏だった。

 彼は髪に少し雪を乗せ、申し訳なさそうな顔で、拝むように手を合わせた。


「頼む! 美冬! 金を貸してくれ!」


 新年最初にして最低のセリフを私の耳に叩きつけてきやがった。

 あけまして金を貸してくれ、か。

 ふふっ……別れた頃から変わってないなぁ……


「秋人……? 深夜に……いきなり来て……なに、言ってるの……?」


「いやぁ、ゴメンって! ……でもな、聞いてくれよ。もうちょっとで来ると思うんだよ。あと少し打てば、絶対に来るって俺のカンが告げてるんだよ、だから頼む!」


「あなた……もしかして、まだあそこに行ってるの……?」


 肩に担いだスコップに力を入れ、震える声を出してしまう。

 私の声を、寝ぼけた声だと勘違いしたのか、秋人がへらへら笑って言う。


「あそこ? おうモチロン、パチンコよ! これが当たれば、おまえに借りてた昔の借金も返せるはずなんだ! 頼む! 何も言わず、もう一度だけ貸してくれ! おまえだけが頼りなんだよ!」


 幼馴染の……疎遠だった間の彼は、何も変わっていなかった……

 いや、より悪化していた態度に、私はブチ切れた。

 チェーンを開け、笑顔を見せるヤニ臭い男に向かってスコップを振り上げる。


「遺言は、それでいい?」


 ニコリと微笑んで、秋人に聞いた。

 いつかのあの頃とは打って変わってしまった彼は、小首を傾げる。


「へあ? 何言ってんだよ。冗談はいいから、早く金貸してくんね? 急がないと席が取られちまうかもしれねえ!」


 私は無言で、両手でしっかりと握ったスコップを、雪が残る彼の体に叩きつけた。

 雪を溶かす熱量の全てを込めて殴り抜ける。

 秋人の体が、私から遠く離れるように吹き飛んでいった。


「ぎゃあああっ! いでぇ、痛ぇよ……何すんだよ美冬!」


「もう二度と来ないで!」


 バタンとドアを閉め、しっかりと鍵をかける。

 寝床に戻る私の耳に、騒音が聞こえてきた。


「頼む……頼むよぉ美冬。今日勝たなきゃ、俺は借金取りに連れ去られるハメになりそうなんだよぉ……漁船は嫌だぁ……頼むから金を貸してくれよぉ……地元を離れたくねぇよぉ……」


 なんだかいい音色だ。今年は新年早々、よく眠れそうだ。

 しんしんと降り積もる雪の音が響く。

 私はすべてを忘れるように、深い眠りについた。



 ザクザクと、家の前に積もった雪をかき分ける。

 昨夜の雪はよく積もった。

 扉の前にだけはあまり積もっていないのは、きっと気のせいだろう。

 滴り落ちる汗を拭きながら、わっせわっせと作業をしていく。


 雪かきをしていると、幼馴染だった男の家の前に、黒いミニバンが止まっているのが見えた。

 なにやら騒がしい音を立てながら男を連れ込み、どこかへと運び去っていく。

 私は無言で見送り、積もっていた雪を叩いてカマクラを作ることにした。


 ――完成だ! よくできた! こんなに熱中したのは子供の頃以来だろう……。


 静かな雪の家の中、私の発する余熱で雪が溶けていく。

 あの頃の、秋人くんとカマクラを作った思い出を脳裏に浮かべながら、寝転がる。

 遠くでジャラジャラと鳴る音がここでも聞こえてきて、私は雫で雪を溶かした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

雪を溶く熱 @suiside

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ