第8話 新年のパーティ


 新しい年が始まって早六日、アウステリア王国では恒例の新年のパーティが催されていた。今年は貴族となったのでレヴィンも参加する事になったのである。

 絶対参加ではないものの、毎年、数多の貴族が王への挨拶のために集まる。

 わざわざ地方の領都から日数をかけて王都までくる者も多い。


 貴族服も新調したので、マッカーシー家でそれを着てマッカーシー卿らと共に王城へと向かった。何故、自分の家で着なかったかと言うと、上手く着付けできないからだ。一般的に、貴族は衣服をメイドや従者に着せてもらうようだ。

 慣れない身としては、なんだか照れくささと恥ずかしさで、やるせない。

 ちなみに、パーティにはベネディクトやクラリスも参加するらしい。

 家族同伴で来る者も多く、かなり大規模なパーティなのだ。


 パーティは、現国王、オーガスタスⅢ世の第一王子である王太子ラウルスの挨拶で始まった。

 

「皆の者、まずは新年おめでとう。昨年は、シ・ナーガ民国の馬賊討伐があったが、各騎士団の活躍もあり、無事征伐する事ができた。皆、誠に大儀であった。今年も万民の心が安らかにあるよう統治に力を注いでいく所存だ。皆も心して励むように」


 その後も長々と王太子の言葉が続くのだが、割愛する。

 要約すると、隣国インペリア王国の城塞都市レムレースが落ちたけど、お前達もヴァール帝國に備えて軍備を怠るなよ。それに去年は小麦の高騰があったので、農民をしっかりケアして多くの税収を期待しているぞと言った感じである。

 最後に王太子の「乾杯!」の声と共に、会場に貴族たちの乾杯の声が大きく響いたのであった。乾杯が終わった空間に静かな音が流れる。王家のお抱え楽団の演奏である。


 後は、自由にしてもよいという事だったので、レヴィンはベネディクトとクラリスと話をしつつ、国王への挨拶の機会をうかがっていたのだが、他の貴族はと言うとレヴィンとの接触を持とうとうかがっていたのである。

 そんな中、最初にレヴィンの下を訪れたのは、昨年、レヴィンと同様に平民冒険者から貴族になったローラン・フォン・アーヴルであった。

 彼は北の辺境でヴァール帝國と一戦交え、局地戦ではあるが大勝利を収めた男である。本来なら後輩のレヴィンから挨拶して然るべきところであったが、ローランの事をレヴィンはすっかり失念していたのだ。


「やぁ、お初にお目にかかる、ローラン・フォン・アーヴルだ。君と同じ、成り上がりさ」


 お互いに平民冒険者出身のため、わざと砕けた挨拶にしたアーヴル卿であった。

 アーヴル卿に名乗られたところで、ようやく気づいたレヴィンである。


「これは、失礼しました。先にご挨拶にうかがわなければならないところを……」


「気にしないでくれ。君はまだ十三歳なんだろ? こういうのは大人の役割さ。気軽にローランと呼んでくれ」


 ローラン・フォン・アーヴルは、25歳の義を尊ぶ青年貴族である。

 王都の北西のヴァール帝國との国境付近の都市、テセルの町を領有している。

 テセルの町と言っても、元々、村だったものを体裁を取り繕うために町と呼ぶようになっただけであるが。彼が冒険者時代に率いていた『白銀騎士団』はほとんどの者がそのまま正式な騎士に昇格した。レヴィンは、領地経営について、参考にする事もあると思い、彼と懇意にする事に決めた。


 その後も軽く話をしていた二人であったが、去年の話題の二人の揃い踏みだけあって目立ったようだ。次々と、貴族達が詰めかけ、てんやわんやの出だしとなった。

 貴族と言っても、王都で文官や武官を務める、男爵や準男爵、騎士爵の者ばかりで、たまに子爵が訪れる程度である。

 階級に厳しい貴族であるから、階級が上の者は軽々に動かないのであった。


 しばらくして、マッカーシー卿がレヴィンの下へとやって来た。

 挨拶回りをするから一緒に来いという事である。

 まずは、カルヴィン・フォン・ゴルードリッチ公爵からであった。

 彼はマッカーシー卿の寄り親的立場であり、王太子夫人の父親でもあり、宮廷内での発言力は大きい。

 レヴィンにカルマ東の地を与えるように国王へ進言したのも彼である。

 精強なアストルム騎士団を持ち、軍への影響力も強い。

 かなり豪胆な性格で、年齢を感じさせない六十五歳であった。


 レヴィンは、叙爵のお礼を述べ、無難な挨拶をしておいた。


「叙爵の際は大変お世話になり、ありがとうございました。不肖レヴィン、身を粉にして国家のためにまい進する所存であります。是非、閣下には格別のごひいきを頂けますようお願い致します」


「はっはっは! 任せておきなさい。クライヴの子は儂の孫みたいなもの。カルヴィンと気軽に呼びなさい」


 公爵だけあって権謀術数には長けているのだろう。敵に回さないよう気をつけねばなるまい。

 まぁ、マッカーシー卿の寄り親なので、レヴィンにとっても味方も同然の人なのだが。


 それから次々と挨拶をこなしていく。彼等は全て同じ派閥なのだろう。

 名前を覚えるのが大変で、名刺が欲しいところであった。


 宰相の任にある、デイモン・フォン・バルキュラス子爵にも挨拶をした。

 子爵にして宰相まで上り詰め、非凡な才能を見せる野心家の男であった。

 茶色の髪をしており、帽子をかぶっている。アウステリア貴族にはめずらしく髭は生えていない。


「貴公が叙爵された時以来だな。それにしても貴族になってもまだ冒険者は続けて行くおつもりか?」


「はい。冒険者として、その名の通り色々なところを冒険してみたいと思っております」


「そうなのか。南斗旅団やレムレースの件のように、王国のために尽くして欲しいところだ。ところでこれは独り言なのだが……」


 そう前置きをして勝手に話始める。


「最近、マルムス教の活動が目に見えて活性化しているな。噂では、秘密集会なども行われているらしいが尻尾が掴めない。民に人気があるので王国としては下手に出ているが、扇動されて蜂起されてもやっかいだ。陛下も心配されておるし、何とか手を打ちたいところだ」


 レヴィンは考える。この男が敢えて独り言という名目でマルムス教について語る意味を。

 

(まぁ、普通に何とかしろって事なんだろうけど)


 国として何とかできない状況なので、冒険者として動けと言う事なのだろうが、レヴィンは庶民の間で結構有名になってしまっている。

 頼む相手を間違っていませんか?と思うレヴィンであった。

 挨拶を終えて、他の貴族の下へ向かう。

 すると、一緒に挨拶回りをしていた、マッカーシー卿がレヴィンに声をかけてきた。


「レヴィン殿、さっきのアレは、あくまでも独り言だ。気にせん事だな」

 

「はい。解りました」


 レヴィンも今はナミディアの事だけに集中したいところだ。

 厄介事は避けておきたい。


 何人もの貴族に挨拶をして疲れ切ってしまったレヴィンであったが、まだ最大の難関が待ち構えていた。

 国王への挨拶である。オーガスタスⅢ世こと、オーガスタス・アウスト・アルカヌム・ファクスノームは気難しい性格をしている。気分でコロコロ態度が変わるのだ。なのでマッカーシー卿は、国王の様子を見て接見する機会をうかがっていた。

 しばらくベネディクトとクラリスと合流して話をしていたのだが、動く時が来たようだ。マッカーシー卿がレヴィンに「行こう」と声をかけ、国王の下へと向かう。

 近づくと、国王の傍には五人ほどの取り巻きがいた。これでも減った方だ。

 マッカーシー卿が国王に恭しい態度で挨拶する。レヴィンが紹介されたので、彼もマッカーシー卿に倣って挨拶をする。


「そなたは、カルマの東に領土を与えたレヴィン男爵じゃったな。どうじゃ、もう領都の名前は決めたのか?」


「はッ! 畏れながら、『ナミディア』という名前に致しました」


「ほう。良いではないか。家名もそれにするのか?」


「はッ! レヴィン・フォン・ナミディアと名乗ろうと思っております」


「よいッ! ナミディア男爵、確か開拓は春からだったな。しかと励むように」


 挨拶は済んだのでさっさと撤退しようとした、その時、別の人間から声がかかった。


「キミが噂のレヴィンくんかぁ……。キミも新年早々大変だね」


 誰だか解らないので、チラリとマッカーシー卿の方を一瞥すると、彼がボソリと教えてくれる。

 この馴れ馴れしい男は、第二王子のコーカサス殿下らしい。


「これはこれは、コーカサス殿下におかれましてはご機嫌麗しゅう……」


「マッカーシー卿か。麗しくなどないぞ。今、宮廷内ではマルムス教の事で持ちきりだよ」


「それで、大変とは一体何事でございましょうか?」


「なんだ。聞いてないの? そこのレヴィンくんにマルムス教対策委員の実働部隊として動いてもらうことになったんだ。冒険者の経験を活かしてね」


「は!?」


 何も聞いていなかったのだろう。マッカーシー卿の間の抜けた声が響き渡る。

 もちろん、レヴィンも初耳である。

 そんな事とは露知らず、国王は喜色を浮かべて同意する。


「それは良いな!」


「はッ! ナミディア卿は、誘拐事件や南斗旅団の件、そしてレムレースの件で多大な功績を上げました。その手際は見事と言う他なく、宮廷内の文官、武官問わず彼を推す声は最早、勢い天を突かんばかりです」


 取り巻きのうちの一人でザ・ピエールという感じの貴族――ゲメナストス侯爵という――が、思い切りレヴィンを持ち上げだす。

 あまりの成り行きにレヴィンが茫然としていると、国王も後押しとも言える発言をする。これはもう断れる流れではなかった。


「マルムス教については余も、苦々しく思っておったところじゃ。そなたが力を貸してくれるなら心強い。忌々しいマルムス教を何とか潰してくれ」


 国王も実は教団を潰す気であったようだ。


「このレヴィン、謹んで拝命致します……」


 なんとか声を絞り出したレヴィンであった。

 思えば、バルキュラス卿は、単にマルムス教についての現状を教えてくれただけなのかも知れない。単に、やっかいな仕事を押し付けようとしただけかと思っていたのだが。親切心で教えてくれたのかも知れない。顔に似合わず律儀な男である。


 その後も、貴族達と歓談し、交流を深めたレヴィンである。

 こうして嵐を呼んだ新年のパーティは幕を降ろした。

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