第9話 勧誘


 学校から帰ると、近所の女性が家にいた。ベネッタも一緒だ。

 何度も話した覚えがある。確かリリナの親友のはずである。

 せっかくの長く美しい金髪はボサボサになっており、顔色はすこぶる悪い。

 しかし、その顔には満面の笑みが浮かんでいた。

 何ともミスマッチな光景に違和感を覚えていると、女性はレヴィンを見るや否や声をかけてきた。


「まぁ、レヴィンちゃんじゃない。あなたもどうかしら? 今度マルムス教の集会があるのだけど……」


 そう言って、チラシのようなものを手渡してくる。

 リリナの顔をうかがうと、沈痛な面持ちをしている。

 それを受け取ると、レヴィンはさっと文面に目を通した。


 それは、神殿が崇め奉る絶対神ソールを批判し、国民を惑わす邪教だと弾劾する内容になっており、貧困層やスラムに住む者達の救済を謳っているものであった。

 その女性は別に貧困層ではなかったはずだが、己の正義感から集会に参加しているのだ。自分達だけでなく、レヴィンまで勧誘し始める事を流石に見過ごせなかったのか、ベネッタが止めに入る。


「アマンダ、やめなよ。あたしらで良かったらいくらでも聞くからさ」


 文面の最後には、集会の日時が記されていた。

 今週の休日に予定されているようだ。

 リリナもベネッタも疲れた顔をしている。長時間マルムス教の話を延々とされていたので当然である。レヴィンはどうやって潜入しようか考えていたので、これ幸いとアマンダの提案に乗る事にした。


「アマンダさん、この日なら空いてますので僕も連れて行ってくださいますか?」


「!?」


 リリナとベネッタは驚いた顔をしてレヴィンを見つめている。

 何故、受けたのだと視線が語っていた。

 レヴィンの言葉に感激したアマンダは、その事に大喜びして、帰って行った。

 彼女が出て行った瞬間、ベネッタがレヴィンに問い詰める。


「レヴィン、一体どうして行くって言ったんだい? あからさまに怪しいじゃない?」


 まさか新年のパーティでマルムス教の件を調べろと命じられたとは言えない。

 それと、理由の一つは、リリナの親友が何やら怪しい宗教にハマっているので、母親の心労を取り去ってあげたいという純粋な気持ちからだ。


「解ってるさ。でもあの人って母さん達の親友なんでしょ? 何とか宗教から抜け出させてあげたいと思ってさ」


「その気持ちはありがたいけど、宗教をなめたら痛い目にあうのよ? 悪いけど、関わらない方がいいの」


 リリナも心配そうに言った。


「まぁ、ミイラ取りがミイラにならないようにするから大丈夫だよ」


 それからレヴィンは二人からマルムス教の事について詳しく聞き始めた。

 話によれば、アウステリア王国の貧困は貴族の贅沢によって引き起こされており、民を虐げる国家は最早、人の上に立つ資格はないと言う。

 そして、それを見て見ぬふりするマグナ教の神殿は万死に値するとまで言っているそうだ。彼女が劇的に変わったのは死産を経験してからだと言う。心の空隙くうげきをマルムス教に突かれたのだろう。


「なんか教義みたいなものってないの?」


「ローズマダーって神様を信仰しているらしいわ。唯一神で平和を重んじていて、軍隊があるから戦争が起こる、貴族がいるから階級社会になるってアマンダは力説してたわね」


「宗教団体って言うより、政治団体みたいだね」


「そう言えばそうね……」


 リリナも神妙な顔をしてそう言った。




◆◆◆




 次の日、学校の帰り道、レヴィンは冒険者ギルドを訪れていた。

 マルムス教関連で何か依頼はないか確認するためだ。

 教団の討伐依頼なんてものはあるはずないが、信者に悩まされる、相談者がいるかも知れないからだ。

 掲示板には期待をしていない。ギルドマスターに直接聞くべきだろう。

 念のため、掲示板を見ると、何とマルムス教関連の依頼があった。あるのかよ!

 見てみると、マルムス教の信者から嫌がらせを受けているので何とかして欲しいと言ったものだった。宗教関連の依頼は関わり合いになりたくないのか、忌避されているようだ。レヴィンは依頼書を取り外すと、受付へ持って行き、ギルドマスターとの面会を求めた。


 しばらく待っていると、ギルドマスターの部屋へと通された。

 部屋には、ランゴバルトが執務用のデスクの椅子に、ノンナがソファーに座っている。


「今日は何の御用かしら?」


 ノンナがまた来たのかこいつ、みたいな雰囲気でこちらを見もせずに話しかけてきた。受付嬢から用件聞いてんだろ、と心の中で突っ込んでおく。


「マルムス教の依頼について聞きたくて来ました」

                                      

「ああ、それな。商人のキッドマンさんのからの依頼だ。なんでもマルムス教の幹部らしき男が信者を引きつれて金の融資をらしい」


「はぁ、頼まれたんですか。んで断ったら嫌がらせを受けたと」


「店の前で木の板に文字を書いたものを掲げて、不買運動のデモンストレーションしたり、娘の事で脅迫文が届いたりするらしい」


「公共の場で集会をするのは認められているんですか?」


「認められてないに決まってんだろ? というか、それはお前の方が詳しいんじゃないのか? 貴族だろ? 」


 ランゴバルトが若干、呆れ顔でそう言った。


「なりたてですから……。警備隊は出動していないんですか?」


「一応、双方から事情を聞くくらいはしているらしいが、鎮圧してもらえないそうだ」


 そう言えば、国はマルムス教に対して下手に出ているって何かで聞いたな、とレヴィンは思う。何か事情でもあるのだろうか?


「ところで、ギルドって守秘義務はありますよね?」


「ああ? 個人の情報は誰にも話さないぞ?」


 前に、受付嬢のレオーネから忍者の話を聞いたんですがそれは……。


「それでは話しますね。僕はマルムス教対策委員の実働部隊に任命されまして……、このキッドマンさんからも聴取したいので、依頼を受ける訳ではありませんが、ご協力願えますか?」


「解った。そう言う事なら、すぐに彼にコンタクトを取ってみよう」


「ついでに紹介状書いてもらっていいですか?」


「まぁいいが」


 そう言うと、ランゴバルトは自らペンを取って羊皮紙に何か書き始めた。

 最後にインクの渇きを確かめて押印をし、丸めて封をするとレヴィンに手渡した。


「ありがとうございます。では本日はこれで……」


 レヴィンはそう言ってギルドマスターの部屋から立ち去った。




◆◆◆




 レヴィンは、紹介状をもらった翌日にキッドマンの家を訪れた。

 冒険者ギルドからも連絡がいっていたらしく、すんなりと応対してくれる。

 仕事が速くて助かる。ランゴバルトには感謝である。

 レヴィンが応接室に通されると、高級そうな張りが良くてツヤのある革を使ったソファーが目に入った。

 何革だろうと思ったが、よく解らない質感であった。心当たりがない。

 とりあえず座って、しばらく待っていると、使用人が温かいお茶を持ってきてくれた。


 お茶を飲みながら待っていると、恰幅の良い成金趣味な服装をしている人物が部屋へと入ってくる。

 その男は、ズンズンと歩いてレヴィンの向かい側に来るとドッカと座った。

 紹介状を手渡すと、中を確認した後、テーブルに置く男。

 見かけ通り、横柄な人物なのかと思ったが、次の態度で評価を改める。


「本日は、わざわざ、ありがとうございます。私はエイブラハム・キッドマンと言います。国から派遣された方なのですね? 助かります」


「こちらこそ、ありがとうございます。ナミディアと申します。本日はマルムス教について聞き取りに参りました」


 念のため、レヴィンと言う名前は伏せておく。


「それが、連日、店の前で不買運動や誹謗中傷が行われていて困り果てております。私共は主に生活雑貨や日用品を扱っておりまして、農民層の中にはそれを真に受ける人も多いようで……」


「嫌がらせをする人物に心当たりはありますか?」


「直接家にまで押しかけて来たのはケルンという人物です。お金を出すよう恫喝され、娘の安全についても脅されました」


「そのケルンとはどのような人物でしたか?」


「燃えるような赤い髪に赤い目が印象的でした。額に傷があり、紅の腕章をしていました。ケルン様と呼ばれていたのでそれなりに偉い人物なのではないでしょうか?」


「なるほど。では次は、マルムス教に関して、知っている事を教えてください」


「ローズマダーという神を崇める、宗教団体で、スラムなどで炊き出しなどの慈善活動を行っているそうです。孤児や貧民を積極的に救おうとしない神殿勢力をよく批判していますね……」


 この辺りの情報はレヴィンも聞いた事がある。

 マルムス教団は、貧民やスラム街の住人から絶大な支持を集めているのだ。


「裏稼業の者を雇って、教団に潜入させたのですが、どうやら裏組織があるようで……情報ではかなりの武闘派集団らしいとの事です」


「他に情報はありませんか?」


「すみません。潜入してまだ日も浅いので、それ以上の情報は得られませんでした」


「いえ、ありがとうございます。とりあえず、こちらでも色々調べてみますので、お待ちください。長期戦になるかも知れませんが、お願いします」


「はい。何卒、よろしくお願い致します」


 キッドマンはそう言うと、深く頭を下げたのだった。

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