第16話 カルマへ④


 朝、部屋の扉をを大きくノックする音で目覚めた。

 ノックで起こすのかよ! 他の客に迷惑だったかも知れない。

 あわてて返事するとノックはやっとおさまった。

 階段を下りて宿の食堂に向うと朝食の準備を頼む。

 食堂に人はまばらだ。まだテオドール達は部屋にいるのだろうか?


 席についてすぐに朝食はやってきた。パンに肉と野菜のスープ、そして野菜とスクランブルエッグである。

 思っていたより豪華な食事に嬉しい方向に裏切られたなとニンマリ笑う。

 置いてあった朝刊を読んだが特に変わった事は載っていないようだ。

 朝食をさっさと平らげて部屋に戻ると、水筒に水を補充してもらい、昨日見つけておいた近くのパン屋さんへ向かう。そこでパンを二、三個ほど買ってすぐに宿に戻った。


 後はしばらく待合スペースで時間を潰す事にしよう。荷物をまとめるとチェックアウトをお願いした。

 そこにテオドールやイザーク達が姿を現した。


「おッ早いな」


「おはようございます。今日もよろしくです」


 全員と軽く挨拶すると、手を上げて彼等は食堂の方へ向かった。

 レヴィンは待合スペースでウトウトしながら九時前まで時間を潰すことにした。

 ここに居れば、寝ていてもテオドール達が起こしてくれるはずだ。

 そう考えてレヴィンは意識を手放した。




 時間は九時になった。

 全員がハモンドの泊まっている宿の前に集合していた。

 そこへ準備を終えた彼と下男二人が荷馬車を操作しながら現れる。


「やぁ。おはよう。ではカルマの街までよろしくお願いします」


 毎度の事ながら、腰が低い態度で挨拶をするハモンドであった。


 一行は街を出て一路、東へと向かう。

 東へと延びる街道の両側には畑が広がっている。

 ワインが名産との事だから葡萄畑なのだろう。美しく整備された畑の風景がしばらく続いた。

 その風景に別れを告げる頃、周囲はじょじょに荒野へと変貌を遂げていった。

 しかし、街道だけはしっかり整備されているようだ。

 横を歩む荷馬車に乗る下男に聞いたところ、カルマからは大量の魔物や獣の素材が輸送されているという。

 実際、カルマへの道すがら、何台もカルマからの荷馬車とすれ違った。

 こんなに往来が頻繁にあるならば護衛の必要もないのではないかと思ったが、カルマからの荷馬車にも護衛はしっかりついているようだ。

 人の目が多くても襲ってくるのは人間だけではない。

 魔の森に近づくにつれ、魔物の数は増えてゆくのである。危険な場所である事には変わりないのだ。

 メルディナから三時間ほど経過すると進行方向の左手100m付近にはもう魔の森がその領域を伸ばしてきていた。

 一行はお昼の休憩を挟み、更に進み続ける。

 お昼はメルディナで買った白パンを食べた。普段食べている堅いパンとは違い、柔らかく美味しく思えた。

 そう言えば、あの強烈な匂いはなくなっていた。残るは微かな移り香くらいである。メルディナで卸したのかも知れない。ガラスに詰め替えて売るのかな、とレヴィンは考えていた。


 レヴィンは荷馬車の右側を歩いている。右手を警戒しながら前を歩く神官プリーストであるチャーリーの背中に目をやった。


神官プリーストか。回復役と言えば、アリシアのヤツ、シーンの勧誘上手くやってるかな?)


 チャーリーは回復魔法が使える。参考までにパーティを組んだ時の事を聞いておこうと、レヴィンは彼に話しかけた。


「チャーリーさんチャーリーさん、ちょっとお聞きしたい事があるんですが……」


「なんだ? 俺に答えられる事ならいいんだが……」


 彼は顔だけ振り返るとそう言った。迷惑そうな顔はしていない。


「チャーリーさんは回復役ですよね? どうして冒険者になったんですか?」


 彼は前を向き、苦笑しながら答える。


「俺は北の方のタリース村で小さな教会の神官をやっていたんだが、同じ村の幼馴染にファバルとラッドがいてな。彼等に冒険者稼業をしないかと誘われたんだよ」


「はえ~幼馴染ですか。でもよくその教会を抜けられましたね」


 チャーリーはうーんとうなりながら返事をする。


「まぁ小さな村の小さな教会だからな。貴重な回復役でもあるんで止められたんだが大きな街に憧れもあったし……、まぁ頼み込まれたからというのもある」


「やっぱり回復できる職業クラスを授かって生まれてくる人は少ないんでしょうか? その教会はどうなったんですか?」 


「いや、少ないって事はないんじゃないか? 自分の職業クラスを自ら話す人はあまりいないから少なく感じるかも知れないけどね。それに教会なんかに囲われる人もいるし、大きな街には結構いたりするぞ? それに数が少なかったら冒険者のパーティがこんなに多く存在してないさ」


「なるほど。一家に一台、冷蔵庫みたいなもんで、冒険者のパーティにも一人は回復役がいるものなんですね」


「まぁ冷蔵庫が何かは知らないけど、そんな感じかな。ちなみに村の教会は領都から派遣されてきた司祭がいたからなんとかなっているよ」


「すみません。答えにくい事を質問してしまったようで……」


「構わんよ。俺は冒険者の先輩だしね」


 苦笑された時からマズかったか?と思ったが、やはり踏み込んだ質問は避けた方がいいかも知れない。

 今回たまたま一緒になっただけのパーティだ。

 でも逆にこれを機会に仲良くなっていければいいとも思える。コネクションを作っておいて損はない。


 一行は順調に旅を続けて行く。


 結局、今日はなんの襲撃もなく平穏無事に一日が終わった。

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