第15話 カルマへ③


 メルディナに着いたと言ってもまだ中には入れていない。

 街に入るには衛兵のチェックが必要だ。

 ここはアウステリア王国の国内なので戸籍カードを見せればよい。

 または冒険者タグでも通用する。

 ハモンドはというと商人ギルドのカードを見せているようである。

 あと、商人の場合は積荷のチェックもされる。一般人の場合でも大きな荷物を持っていた場合は調べられる事がある。

 国内なので関税は発生しないが、変なものを持ちこまないか調べられるのだ。

 ハモンドの荷馬車五台分も例に漏れないはずなのだが、ハモンドは何か交渉している。


「衛兵隊長を呼んでくれ」

 

 そう言っているようだ。

 やがて一般の衛兵よりも少し装備とその装飾の良い者がやってきた。

 彼が衛兵隊長なのだろう。

 ハモンドは彼に一言二言、言葉をかけると、「通ってよし!」との返事が返ってきた。

 どうやら積荷のチェックはされないようだ。

 王都でもこのような確認が行われているのでレヴィンは衛兵の役割を知っていた訳だが、何故ハモンドは検査を省略されたのかは解らなかった。

 もしかしたら見かけよりも大きな商家なのかも知れない。それとも衛兵に顔が効くのか。


 街に入り、一件の宿屋の前で荷馬車は止まった。そこでハモンドは全員に各自で、宿に泊まるように言ってきた。


「え、荷物の見張りなどはよろしいので?」

 

 テオドールが疑問を口にする。

 商人の護衛任務には街での荷物の見張りも含まれるのか。とレヴィンは参考になるなと考えていた。


「ああ、構わない。二日も野宿で君達も疲れたろう。今日はゆっくり休んでくれ」


 テオドールも別に食い下がるほどの事でもないと思ったのだろう。あっさりと引き下がる。

 

「では明日はこの宿の前に九時集合という事でよろしくお願いします」


 ハモンドはそう言うと、荷馬車に下男を残して宿に消えて行った。

 取り残されたレヴィン達の後ろを一陣の風がひゅるると吹きすさぶ。

 どうしよう。初めて来た街である。しかもそこそこ大きな街なのだ。当然宿などどこにあるかも検討がつかない。

 その時、テオドールがレヴィンに声をかけてきた。


「君は護衛任務とかって初めてだろう? 私達がよく使っている宿に来るかい? 大丈夫。そんな値の張る宿じゃない」

 

 天使がいた。レヴィンは顔に喜色をたたえ、二つ返事でOKした。

 やだ。値段の事まで考えてくれるなんてなんてできた人なの……。

 テオドール達が歩き出すと、レヴィンも後ろに着いて歩き出す。どうやらイザーク達も着いてくるようだ。おのぼりさんよろしく周囲をキョロキョロと見渡しながらレヴィンは後を着いてゆく。


 ハモンドの宿から五分くらいのところだろうか、そこに目的の宿は存在した。

 それぞれ部屋が空いているか確認し、一人部屋を借りる。

 一泊、銀貨四枚と大銅貨五枚であった。そこまで金持ちでないレヴィンからすれば高く感じるが、ここら辺では良心的な値段のようだ。

 部屋に荷物を下ろすとレヴィンは早速散策に出かける事にした。

 迷いながらも彼は薬屋、武器屋、防具屋、魔導屋を次々と周って歩いた。相場は王都とさほど変わらないようだ。

 種類も王都ほど豊富ではない。周ったついでに色々な事も聞いた。


 メルディナは王国直轄地で、代官はバートラント・フォン・ウリリコ男爵というらしい。

 彼について特に悪い話は聞かなかった。それなりに有能なのだろう。単に印象が薄いだけかも知んない。

 この街の名産はガラスとワインらしい。王都に並んでいたガラス製品の多くはここで作成されたものだという。

 一区画丸ごとガラス工房が立ち並び、税も一部免除されているそうだ。

 ちょっと見学に行こうかとも思ったが工房は情報流出を食い止めるために見学はできないと聞かされた。

 代わりに大通りに面した商家にいくつものガラス製品が置かれているそうなので、冷やかしに向った。

 大店おおだなに入ると、確かにグラスや瓶、紅茶用のティーセットや皿などが所狭しとディスプレイされている。

 なるほど。高い。早く稼げるようになって両親に何か買ってあげたいなとレヴィンは思った。

 アリシアにあげても喜ぶだろうなと考えながら、大通りを当てもなくさまよっていると、そのうち少し雰囲気が違う場所に出た。

 

 露出の多い女性達が客引きをしている。

 ここは風俗店の通りか。前世では一度もお世話になった事はない。

 この世界でもまだ十二歳だ。通りに入るなり、「子供の来るところじゃないよ」と言われた。


 確かにまだ身長も150㎝ほどしかないが、まだまだこれからよッ!

 俺の成長はまだ始まったばかりだ!と男坂を登ってやるぜとレヴィンは意気込んだ。来世にご期待くださいなんてまだ言わせない。


 来た道を引き返すと一軒の店から金持ち風の男が女性を引き連れて出てくるのが見えた。女性は獣人のようだ。頭にもふもふした耳がついている。あれは何族だろうと興味をそそられた。何せ獣人などめったに見た事がなかったのだ。王都はほぼ人間族で占められている。何の店だろうと入ってみると受付に禿頭で強面の男が居た。

 

「なんだ? ここは子供の来るところじゃねえぞ!」

 

 また同じ事を言われた。


「ここは何の店なんですか?」


「ここは奴隷商の店だ。なんだ坊主。奴隷が欲しいのか?」


 奴隷に興味はなかったが、参考のために色々聞いてみた。何事も勉強である。

 この店では戦闘奴隷、愛玩奴隷が主な商品らしい。

 聞いたところによればなんと冒険者にも戦闘奴隷を購入する者がいるという。

 愛玩奴隷は金持ちに買われていくようだ。

 何をしたら奴隷になるのかと聞いてみたら、子供に聞かせる話ではないと思ったのかしかめっ面になったが一応教えてくれた。

 少しばかりの良心は持ち合わせているらしい。

 だいたいは犯罪者だが、貧しさから親に売られたり、自ら奴隷になる者もいるという。

 この店は違うぞ。と前置きをした上で、獣人の集落を襲って奴隷化する悪徳業者もいるらしいとも教えてくれた。

 一応、この国でもそれは犯罪とされてはいるらしいが守られているかどうかは解らない。レヴィンはお礼を言って店を退出した。


 次は大通りに戻り、冒険者ギルドを探す。

 やはりいい場所に建てられている。ギルドはすぐに見つかった。

 今は夕方だが、中に入って飲食ブースを見るともう既にできあがっている冒険者がチラホラ見られる。

 かなり騒がしい。そんな中、依頼掲示板を見に行く。

 この街の依頼も王都と似たり寄ったりと言う感じだった。

 護衛依頼、素材採取依頼、薬草採取依頼、害獣駆除依頼などの依頼書が掲示板に貼られている。

 時計を見ると、もう十七時過ぎであった。

 もう少し時間があるなと思い、受付嬢に確認して資料室へと向かう。

 部屋に入ると、棚にたくさんの書類が詰め込まれている。

 聞いたところによると、この街には図書館はないそうなので数こそ少ないが本も並んでいた。ざっと目を通していくが魔法に関する本や資料はなさそうだ。

 

 この街は王都と北と東を結ぶ行路に作られたようだ。

 交通の要所であり、東の魔の森から王都を護る最後の砦としての役割も持っているらしい。人口は五万人ほど、ガラスやワインの出す利益で街が潤う一方、大きなスラムも存在する。スラムには農奴や身寄りのない子供、犯罪者などが隠れ住み、中々に治安がよろしくない場所のようだ。


 さすがに疲れてきたので、ご飯を食べて宿に戻る事にした。

 レヴィンは飲食店区画をギルドで聞き、ビッグホーンのステーキを食べた。

 うん。前世の牛肉のステーキと同じだ。しかしたまに外食するのも悪くない。家では味わえない味だった。

 今度は白米が食べたいなぁと思いながらお店を後にした。


 宿に戻る途中には大通りで大きな掲示板を目にした。

 広告や会合のお知らせなど、いろんな紙が貼られている。

 周知したいものが貼り出されているようだ。

 

(まぁ関係ないな。あれ? あれはハモンドさんじゃね?)


 宿への帰り道で荷馬車を引いたハモンドが路地裏の方へ消えていくのが見えた。


(この街でも何か仕入れるのか……商人も大変だ)


 レヴィンは特に気にする事もなく宿に戻ると、七時に起こしてくれるようお願いすると部屋に戻った。

 そして自分に向って魔力が尽きるまで治癒ヒールをかけまくった。

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